1-7 『神が愛した旋律』
困った、というよりはヤレヤレと感じる言い方で視線だけティファからレイヤーに向ける。『どうしましょう?』と言いたげである。
「いい方法がありますよ!」
突然元気よくレイヤーが声を上げる。
「あら、聞かせていただきたいわ」
妙に演技がかった言い方で、おばさんが手元に別の用紙を引っ張りながらレイヤーを促す。
「タクトくんに正楽士になってもらって、彼に本部への報告の依頼をすればいいんですよ。ちょうど本人ですし、詳細を聞かれても問題ありませんよ」
「あら、でもご存知でしょう? 正の楽士になる登用試験は満十五歳以上でないと」
「大丈夫です。十二歳以上であれば『副楽士制度』が使えます。私が彼をパートナーとして登録すれば問題ないはずですよ」
副楽士とは、いわゆる弟子の登用制度のようなものである。師匠にあたる人物が別で登録が必要だし、弟子が正式な正楽士になるまで行動を共にする必要があるが、それ以外は正楽士と同じ扱いを受けることができる。ただ、今回のように副楽士に直接依頼をするケースは稀ではあるが、今のタクトたちにとっては願ってもない申し出でもあった。
「……いいの? レイヤー」
タクトが状況が飲み込めないまでも、申し訳なさそうな顔で見上げてくる。
「まあまあ。面白いものを見せていただいたお礼と言うか。興味本位というか」
「でも、副楽士登録するにしても、試験はしてもらうわよ」
「いいの? フラップおばさん! あんなに正楽士になるの、ダメって言ってたのに」
真っ先に却下すると思っていた最大の難所がこんなにあっけなく崩れるとは思っていなかったタクトは、思わず大声で聞き返してしまった。
「……まあ、いろいろあったしね」
何があったかは詳しく教えてくれないまでも、タクトたちは急きょ副楽士登用試験を受けることで話はまとまった。
試験と言っても、受験者が得意とする曲を演奏してその出来栄えを判定するという簡単なものだ。本来は十五歳になってからもっとちゃんとした基礎訓練や演奏技術を教え込む事がほとんどなので試験の突破自体は難しくなく、楽器経験があるだけでもかなり優遇されることが多い。
組合施設の少し奥まった部屋に全員が入り、早速試験を開始することになった。
「じゃ、いつでもいいわ。始めて」
フラップおばさんが先ほど用意した試験結果を記載する紙を手にしながらタクトに開始を促す。レイヤーもその後ろに立ち、タクトの演奏を心待ちにしている。
『大丈夫よ、普段の練習を思いだして!』
ティファもタクトに声援を送る。今回試験で使う楽器は彼がいつも使っている赤銅色のトロンボーンだ。
構え、一呼吸。
始まりは静かな長音符。舌使いと息使いの整った音の出だしが試験管の耳に清らかな音を届ける。
動き始めたのはその少し後。トロンボーンのスライドの長さにあわせた息圧が決して力ずくではないのは、その演奏の柔らかさが教えてくれる。丁寧な音が周囲の空間を包み込み、思わず目を閉じる。
旋律の所々が高音になる後半は、発育途中の肺に負担がかからないようにこまめな腹式呼吸で一定の空気を送り込むことで、無理のない音色が赤胴のベルから放たれる。それらはこの空間限定で音の喜びを思いださせるほど心地よいものだった。
曲の締めも、決して気を緩めることなく長音符を裏拍まで伸ばしきり、演奏は終わった。
「……すごいじゃない」
フラップおばさんは曲の後半からほとんど目を開けることなくタクトの演奏に聞き入っていた。
『劇場の練習の成果、まあまあ出てたと思うわ』
「な、なんという…… 美しい!」
ティファからもなかなかの好評価をもらえたようだ。レイヤーはむしろ顔の穴と言う穴から水分が溢れ出ていた。
「第六楽章『故郷の懐かしき景色』より。ありがとうございました!」
試験管を含む全員がその発表に大拍手で答えた。
「……ん? 第六楽章?」
タクトの曲名発表に、レイヤーが固まる。
「タクトくん、その、第六楽章というのは?」
「練習曲のタイトルだけど……」
「あの、もう少し詳しく」
『そう言えば、あの曲は私の本体を響声管に固定するのに使っていた紙束の一部に書いてあったような……』
「もしかして…… ?」
「恐らくそれは、練習曲では、ないのではないでしょうか?」
三人は、また日を改めてダルンカート劇場へと向かう計画を立てなければならなかった。
今度こそ、レイヤーの依頼である『神が愛した旋律』を見つけ出すために。
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