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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第10楽章  古代の劇場へ
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10-6 あの音の影

 帝国謹製の馬車は、以前乗った音動車カーオブマーチより速度は出ないものの乗り心地は決して負けない快適さだった。

 そのせいか、タクトは先ほどから船を漕いでは起き、そしてまた船を漕ぐを繰り返していた。


「なんやタク坊。昨日は寝れへんかったんか? 目もちょっとあこうなってるやんか」


 ネンディが心配そうに覗き込む。


「いや、心配事が一つ無くなったっていうか、小さくなったっていうか」

「ああ、トロンボーンやろ。あんたの親父さんすごい人やったんやな。ウチ関心したわ。あれなら確かに天奏楽士に呼ばれるの、分かるわ」


 ネンディはあの襲撃でタギングが演奏たたかいに参加しているのを見てる。それなりに月日は経っているが、それだけ衝撃だったのだろう。


「楽器鍛冶っちゅうんは古代楽機アーティファクト・ミュージリアの修理もできるんはなんとなく分かるんやけど、『音をかき集めて楽器に籠める』ちゅうのは初めて見たで。素人の発想やないわ」


 彼女はたまたまタギングがティファの『修理』を間近で見ていたらしい。それはタクトの楽器トロンボーンをあちこちで吹き鳴らしているだけだったらしいのだが、徐々に楽器の色が金色から銀色へと変わっていくのが不思議で仕方なかったらしい。


「言うて、手持ち楽器が一振り減ったみたいなもんやから、タク坊からしたらちょっと損かもしれんな」


 その楽器は、今馬車の荷台に置かれている。いつものティファのように客室に居るわけではない分少し広くなったかもしれないが、あの時から別の人間が増えているため差し引きではプラスになっているかもしれない。

 そんな馬車での移動時間も、馬の調子が良かったり意外と街道の整備が進んでいるなどの理由で半日以上早く目的のメドリック村へと到着した。


「村、と聞いていた割に結構大きな集落ですよねぇ」


 馬車を降りたリコードは周囲を見回し、素直な感想を口にした。

 近くにはそこそこ大きな峰がそびえ、恐らくそこから流れてきているのであろう河川が集落の奥からこちらへと伸びている。決して深くはないであろう川底への透明度はかなり高く、集落の生活を支えるライフラインであることは予想に難くない。

 また河川の周囲は畑が広がっており、時期があえば農作物で覆われているであろうが、今は冬に差し掛かろうとしている時期である。雑草もその背を伸ばそうとはしていない。


「おや? あちらも建物がありますが……」


 肝心の村のほうだが、ちょっとした高台にいくつか背の高い建物があり、羽振りのよい人たちが住んでいることは分かるが、その高台の下にも家屋と思われる建物がいくつかある。しかしこちらは吹けば飛ぶような質素な造りの建物ばかりで、数も高台のものに比べて数倍の数が存在している。


「……貧富の差が激しいんッス。ここは『土地持ち』が貧民街スラムに土地を貸して農作物を作らせたり、山で林の手入れをさせるんスけど、賃金が安くてその日を過ごすのがやっとなんッス。自分も今はソラルで楽士やれてるのも、家族や貧民街のみんなの助けがあったからッス。感謝してるッス」


 帝国を出たばかりのときからは想像できない落ち込みぶりのビオナは、それでもテキパキと荷物を出す。馬車はここまでのようだ。


「この先は街道も整備されてなくて、歩かなきゃいけないっす。村で買い出ししつつ横断して、川辺でキャンプッス」

「え、宿はないの?」


「富裕層地区にある超高級ホテルか、貧民街の馬小屋レベルのならあるッス。……正直、富裕層にお金を使いたくないッス。かわりに、貧民街のバザーはいいものが揃ってるッス! 美味しい肉や野菜を仕入れて食べるッスよ!」


 下ろした荷物の半分を担いだビオナは、その重さを感じさせない足取りで村へと歩きだした。


「ちょっ、ちょっと! 待って!」


 タクトたちは急いで残りの荷物を持って彼女を追いかけた。

 その時、村の方から誰かが馬に乗って駆けてくるのをビオナは見つけた。向こうもこちらを見つけたのだろう、一目散に向かってきた。近くまで来るとビオナはそれが知り合いだったのか、荷物を持ったままだというのにものすごい勢いで走り出した。


「おっちゃん! どうしたッスか?」

「ビオナちゃん! ビオナちゃんか! た、大変だ! 村が!」


 村人と思われる初老の男性がビオナに大声で救助を叫ぶ。その尋常ではない様子に、タクトたちも急いで男性のもとへと駆けつけた。


「何があったんですか!?」


 リコードは状況を確認しようと男性に声をかける。しかしそのわずか後、男性が助けを呼ぶ原因をタクトは察した。男性の体から、()()()()()()()()()()からだ。


「……この臭い、もしかして」

「そう、そうなんだ! 村のいたるところからこの臭いがしてきて、貧民街に住んでいるみんなが次々に呼吸困難に陥っちまって……」


 その場の全員が理解した。こんなことができるのは知る限りあの音怪しかいない。


「ちょっと待ってるッス!」

「あ、ビオナさん! 一人は危険ですぅ!」


 怒りに我を忘れたビオナは、荷物を持ったままの状態で村の中央に向かって走り出した。

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