9-7 こぼれた水をもう一度
会議が終わり、それぞれがそれぞれの場所へと帰る中。
タクトはまだ席から立てずにいた。
「どうしましたの? ずっと座り込んでらっしゃいますけど」
マーサはてっきり自分たちと一緒に帝国へ行くものと思っていたので、タクトの重い腰に声を投げた。
「タクト」
タギングが、長く離れていた息子の名前を呼ぶ。
「父さんが作ったトロンボーン、ソラルで見つけたぞ」
「無事だったの!?」
「ああ。お前が大事にしているのが分かった。早く会いに行ってやれ」
「……うん」
少なくとも動く原動力をもらったと感じたタクトは、会議室を後にした。
「では、まず私たちはソラルへ戻りますわ」
「あ、ちょっと待ってくれるぅ?」
先に会議室から出ていたリコードがマーサたちを引き止める。
「なんですの? 治療のお代はもうお渡ししたと思いますけど」
「ははは。違うよ。これからのことさぁ」
建物から出る間、リコードはタクトたちと歩いた。
「実はさ、考えてたことがあって、ロキマ様には報告済みなんだけどぉ…… 僕も行こうと思うんだ。ソラルへ」
唐突な提案に一同は驚く。特にタギングは声を上げて驚いた。
「おいおい! メルハンディーはどうするんだ!?」
「それこそ、冗談ではないですよぉ。有事か平時か分からない状況で他のメンバーを動員できないから、僕一人で遺跡の発掘してたんですから。今の状況なら逆に僕だけが動く名目も立ちますしねぇ。とりあえず、ソラルでの状況次第ではタクトくんたちと同行することも検討しなくては、ですけどぉ」
「なるほど、遺跡調査のプロがいれば、確かに安心して行動できるね」
タクトも、リコードが付いてくること自体には異議はないようだ。
「てことは、お前のメンバーを少しもらっても問題ないな?」
タギングは聞き覚えのない人の名前を何人か挙げる。リコードはそれに意を返さずにただ頷いていた。
「……いいのか? ほぼ半数以上はもらう形になるぞ」
「そもそも、天奏楽士のメンバー編成を変えるつもりだったんでしょう? なら、ちょうどいい機会だと思うんですよ。僕も、ノーランヴィルドからそろそろ出ようと思っていたしぃ」
「わかった。それ以上は野暮だな。タクトを頼む」
タギングはそれだけ言うと息子に向き直る。
「タクト。また少し離れ離れになる。だが、お前が楽士を務め続けるなら、またどこかで会える。その時は、どっちかが母さんを見つけてるはずだ」
「母さん…… 今どこにいるのか、父さんは知ってるの?」
タギングは、その答えには頭を振るだけだった。明確な拒否でもないが、安直な肯定でもない。正しく表現できないこと自体に、タクトはその複雑さを理解した。
「一つ、言えるとしたら母さんの居場所が、今回の解決へと繋がることだ。ゆっくり話をしてやりたいが、ちょっと父さんもやることがあちこちで待たせてる。近いうちにまた三人で飯でも食おう」
「……約束だよ」
久々の親子の再会は、こうして再びそれぞれの道へ分かれていった。
「忙しかったような、随分回り道したような」
会議の後、マーサはそのままディフロントの楽機に乗って直接ソラルへ戻っていった。彼の楽機には定員があるとのことで(ようは断られた)、リコードとタクトは海路でエフェレシアへ向かうことになった。
タギングは独自の移動手段があるとのことなのだが、知らないうちに姿が見えなくなっていた。そう言えばいつも帰ってくるときも神出鬼没だったのをタクトは思いだし、苦笑した。
残された二人は、ノーランヴィルド東の港町ペセトでチケットを取り、ベークレフ経由でエフェレシアへと向かった。直接向かうとフェルミー洋を流れる潮の関係で逆に日数がかかるということらしい。何より、ここから出る船はみな小型で、潮を乗り越えられる大型船は寄港しないのも理由だとか。
「でも、良いの? 他の仕事とか」
「僕の今の仕事は『天楽に至る情報の収集』が主です。あの会議も半分は形骸化してますし、状況を考えるとあなたについて行く方が色々と面倒が無くて良いと思いましたから」
いつもの満面の笑みでリコードは答える。
なんとなく、その笑い方に覚えがある。
「もしかして、遺跡発掘が好きだから、とか?」
「わかりますかぁ!? いやぁ、参ったな。まあ、タクトくんとは結構長くいっしょにいますから、多少見抜かれるのも仕方ないですけどぇ」
「恐らくそれだけが理由ではないと思いますよ」
一緒に着いてきたプレシアも、その分かりやすい反応を窘める。
「そもそも、リコードはお人よし過ぎです。なんでも受け入れ、なんでもこなし、なんでも解決してしまう。そんなのだから、楽士団団長なんて受けてしまうんです」
「それは仕方ないさ。ほかに適任者がいなかったんだから」
「今回のタギングさんの案が無ければ、団長の任務を置いてタクトさんについて行くこともできなかったはずですよ」
「うぐ、それを言われるとねぇ…… 感謝、しきりです」
そんな会話をしていると、船底から出発の汽笛が鳴り響いた。
今から出発する船は小型なために巡海楽士団の乗り込みは無いが、出港してから少し間を置いて、船上にて組合派遣の楽士が旅の安全を願って演奏を行うらしい。
「さて、久しぶりの外界ですねぇ。唇が鳴ります!」
その笑顔と仕草に、タクトはレイヤーを思いださずにはいられなかった。
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