1-6 古代楽機の見た夢
「なるほど、古代遺産楽機とは恐れ入りましたね」
レイヤーは組合受付の女性に事の顛末を話した後、あれから気絶するかのように眠ってしまったタクトを背に、彼の家へと向かっていた。
『……驚かれないんですね』
「知り合いに、楽機持ちが居りまして。ですが人型で、かつこんなにもしっかりと受け答えができるのは初めて拝見した次第です」
楽機とは、簡単に言えば『命を持った楽器』の事だ。いくつか楽機となる条件を満たした楽器だけがそう呼ばれている。
その条件は様々で、命が宿るように楽器鍛冶が一から鍛え上げた楽器だったり、長年使われてきた楽器に突然命が宿ったりする。ただ、それでも命を持つ程度であり、演奏しないときに別の姿を取ったりするものはごくごく僅かである。人の形ともなれば、なおさら珍しい。そう言った珍しい楽機を『神が作り授けたもの』の意味を込めて『古代遺産楽機』と呼ばれている。
ちなみに、音怪が楽器などに入り込んで生まれた楽機(今回のパイプオルガンのような例)は『歪楽機』と呼ばれ、討伐対象として組合によって登録・処理される。
『やっぱり、おかしいですよね。人と同じ姿をした楽機なんて』
少しうつむき加減で話すティファに、レイヤーは変わらない口調で話す。
「ティファというのは、あなたが名乗った名前ですか?」
『え、いえ。タクトがつけて…… というか昔タクトが小さい時、私の事をきちんと言えなくてついた名前なんです。アーティファクト・ミュージリア、って』
「いい名前ですよね。ティファ」
名前を呼ばれ、ティファはレイヤーを見上げる。彼の背丈はタクトを背負って前かがみになってなおティファよりも高く、頭二つ上にあるその顔は満面の笑みを浮かべたままだ。
ティファはたまらず正面に向き直る。
『あ、確かあそこです。タクトの家』
ティファがひときわ大きな煙突が生えた家を指さして誤魔化す。
「大きな煙突ですね。確かお父さんが楽器鍛冶でしたっけ?」
だが、その煙突は今は仕事をしていない。フラップおばさんの話だと、組合の仕事でもう何年も夫婦で家を空けているのだとか。
『でも、もうすぐ十五歳になるから楽士登用試験の対象になれる、って喜んでたんですよ』
「ほう…… それはそれは」
―――
(おとうさん、おかあさん、どこにいくの)
『大事な仕事なんだ。行かなくちゃならない』
(だめ! ぼくもいく!)
『ごめんね、タクト。連れていってあげたいけど、あなたにはまだ無理なの』
(ちゃんと、がっきのれんしゅう、してるから! いっしょに、できるから!)
『じゃあ、約束しよう。父さんたちが帰ってきたら、みんなで合奏しよう』
『それまで、もっともっと上手くなって、タクトの音がどこにいても聞こえるようになってるといいな』
(……わかった、やくそくだよ!)
『ああ。約束だ』
『約束よ、タクト』
『タクト』
―――
『……ト、タクト!』
自分の名前を呼ばれたタクトは、ものすごい勢いでベッドから跳ね起きる。
『やっと起きた。早く着替えて! 今日は朝から組合に行かなきゃならないんだからね!』
「え、ティファ?」
「おお、お目覚めですか。早く支度してください」
「え、レイヤー??」
タクトは状況が理解できないままレイヤーが作った朝食を食べ、昨日吹っ飛んだはずのマイ楽器を持って、三人は組合へと向かった。
(―――夢?)
「おはよう、タクト。昨日はお疲れ様。よく眠れた?」
「おはよう、フラップおばさん。えっと、実はちょっと記憶が飛んでて……」
「だと思った。レイヤーさんから昨日の顛末を書類に起こしてるから教えておくわ」
フラップおばさんは、丁寧に最初から話をしてくれた。
レイヤーの依頼を受けてダルンカート劇場へと向かうも、パイプオルガンの歪楽機化によって劇場とパイプオルガンは大破。依頼のものは見つからないまでも、全員が無事に戻る。
「何にせよ、大戦中の設置型巨大兵器相手に無事だったって言うのがちょっと眉唾だけど、ティファがここにいるのを見ると、ねぇ…」
『申し訳ありません。役割を全うできず、その上タクト達を危険な目に…』
「あー、いいのよ! こんな音楽《戦闘》バカの相手なんて適当で。あなたになにかあったらそれこそタクトのお父さんに何を言われるか。ただね…」
豪快な雰囲気で語るフラップおばさんが、急に言い淀む。
「一応あんなんでも組合の管理備品だから、破損の報告を本部へしないといけないのよね。でも今コダの街にはちょうどいい正の楽士がいなくて…」
そう、コダの街は辺境であるがゆえにほとんど街の人間だけで事が成り立っている。組合に所属してまで楽士として働かなくてもよいのである。
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