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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第1楽章 練習は独奏から始まる
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1-5 運命の始まり

 吹き飛ばされたタクトはその勢いからか楽器が手から離れ、自身も舞台から転がり落ちてしまった。


『タクト!』

『大丈夫、だけど楽器が……』


 そうこうしているうちにパイプオルガンはみるみる形を変えてゆき、ついに壁全体からパイプがはがれて大きな人の形を取り始めた。


「もしかして、劇場中の音怪がパイプオルガンに侵入したのか?」


 オルガンのあちこちから歪な音が鳴り響き、劇場の内部はその不協和音に満たされてゆく。音と音が重なり、パイプオルガンはさらに禍々しい形へと変貌していく。

 そして目の前の獲物タクトを捕らえると、体中のパイプをタクトへと向け始めた。


「まずい、このままでは……!」


 二人は舞台に乗り出してタクトを見ていたが、意を決したティファが突如響声管に引っかかっている『あるモノ(・・・・)』を指さしてレイヤーに叫んだ。


『レイヤーさん、これを、タクトに!』


 ティファに言われて指された先を目で追うと、そこには響声管に無理やり取り付けられた、ある金属の部品だった。


「! なるほど、分かりましたよ!」


 レイヤーはその部品を響声管に詰められていた紙束ごと引っこ抜くと、舞台へ続く窓から大声でタクトを呼んだ。


「タクトくん! これを!」


 放物線を描いて放り投げられたそれ(・・)を、タクトは見事にキャッチする。


「なにこれ…… マウスピース?」


 言われて受け取ったそれは、乳白銀のトロンボーン用のマウスピースに見えた。


「それは、『マスターピース』! それを口に当てて、『第一の構え(ファーストポジション)』を取るんです!」


「え、な、第一の構え(ファーストポジション)?」


 あたふたするタクトを尻目に、パイプオルガンの内部には限界近くまで空気が蓄えられていくのをティファは感じ取った。


『早く!』

「何だかわからないけど!」


 言われるがままタクトはマウスピースを左手でつまんで口にあて、右手は虚空を優しくつまんでマウスピースの前に添える。


〝新たなる奏者マスター候補の存在を確認〟


 突然周囲の音が止み、聞きなれたような聞きなれないような声が脳に響いた。


(な、なんだ、何が起こった!?)

〝汝は楽士か?〟


 声はタクトの意に介さず、唐突に質問をしてきた。


(も、もちろん!)

〝音を用い、何を求める?〟

(何を、って……)


 タクトは、確かに楽士になりたかった。だが、それはある目的があってのことだ。改めて言葉にするほどの理由ではなかったが、彼にとっては楽士を目指すには十分だった。


(届けたい人がいるんだ。俺の音を)


 そう言葉にすると、脳に響いた声の主から、何やら満足そうな気配を感じた。


〝ならば、演奏する(吹く)がいい。始まりの音を〟


 声が止む。同時に、再び不協和音の連奏(メドレー)が鼓膜を強烈に支配する。まだこちらに向けられた演奏《攻撃》ではないが、このままでは音に支配される。


 そこでまたあの声(・・)が、再びタクトの脳内に流れ始めた。


奏者マスター認証アクセプト完了コンプリート。―楽機化(マテリアライズ)開始ドライブ


 瞬間、ティファの体が青白い光で満たされ、幾筋もの光の束になってタクトに向かい、激しく空気を切り裂く音と共に彼を包み込んだ。


「これはこれは…… ここまで来たかい(・・)が早速ありましたね」


 レイヤーは吹き飛びそうになった帽子を押さえつつ、光の繭がタクトを包んでいるのを少年のような輝く笑顔で見守っている。

 光は徐々に収束し、タクトの手もとのマウスピースから一筋の光の管を描き、一度、二度曲線を描くと大きなベルを形成した。


「……トロン、ボーン?」


 乳白銀の美しいその楽器は、まさにトロンボーンそのものだった。


『さあ、演奏し(吹き)なさい、あなたのこえを!』


 再び脳にあの声がした。そして、その声で思いだした。


(ティファ!?)

『考えてる暇はない! 来るわよ!』


 パイプオルガンの配管は吸気用を除いてすべてこちらに向けられていた。タクトは覚悟を決めて短く息を腹に溜め、背筋と下腹部へ瞬間的な硬直を促す。


 轟音が響いた。

 ひと呼吸早く、パイプオルガンから巻き起こる不協和音がタクトへ向けて放たれた。

 しかし、その音圧は彼に届く前に霧散してしまった。

 なぜなら。

 轟音の中からどこまでも届く美しい基準音チューニングサウンドが、パイプオルガン目がけて放たれていたからだった。


 その基準音は轟音をかき消すだけに飽き足らず、舞台全体に広がってしまっていたパイプオルガンの連曲も巻き込み、観客席側に打ち込まれた反響版がさらに勢いを加速させ、周囲の不協和音を次々と打ち消していった。


 場内全体のパイプオルガンの音を浄化させたタクトは、再び息を吸いこんだ。今度はゆっくりと、腹膜が大きく歪みきるほどに。


「じゃあな」


 先ほどの演奏でコツを掴んだのか、再び放たれた音律は単音ながら先ほどよりも質も量も格段に美しくなって放たれた。

 パイプオルガンも再度吸気を行うが、演奏するには間に合わずその全身にタクトの演奏を受ける。機内の金属部品の中に巣食った音怪がその美しい音律に耐えられずに一つ、また一つ浄化されていく。


 オルガン内の音怪全てが打ち消されるまでにそう時間はかからず、一行は辛くも危機から脱した。


「お疲れ様です、お二人さん」


 タクトもティファもその場にへたりこんだというのに、レイヤーだけは笑顔で場内の二人に駆け寄っていった。

 いつの間にか、あの楽器はマウスピースだけに戻っていた。

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