表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第7楽章 器の中に潜むもの
49/120

7-7 確固たる想い

 男はなおも叫んだ。


「忘れたなら思い出させてやる! お前はここに来るまでに学んだはずだ! 音楽の素晴らしさを! 共に奏でる楽しさを!」


『……下らない。我が使命とは程遠い価値観よ』


 コーディルスは肩を震わせて嘲笑した。だが、なおも男はコーディルスにつっかかった。


「俺は知ってるぜ。神が愛した旋律(サレインズ・スコア)を聞きたがっていた時のお前を。ハーモニーが整ったときの喜んだお前の顔を。音楽を知らない人間たちよりも人間だった頃のお前を!」


『いつまでわめく? 聞きあきたぞ』

『や、めろぅ!』


 コーディルスの悪態を受け、エタンギルの演奏が男に放たれる。しかし、それは不可視の壁にそれは遮られた。


「無粋な真似はやめな。今、お宅らのボスがその師匠と大事な話、してるんだからよ」


 シンバルを器用に擦りながら、ケイスは男をサポートする。打楽器同士ならではの打ち消しあいである。


「まだ残ってるんだろ? お前の中に! 俺と一緒に過ごした、タクトと一緒に過ごした、あのレイヤー・セルベイスが!」


 なおもコーディルスは肩を震わせ、男の罵声に大声で反論する。


『そんなものはらぬ! 我こそ音怪の君主、コーディルス! 命が惜しくないのなら、貴様から音怪おとに還してくれる!』

「……いいんだな」


 二人は臨戦態勢をとる。男の周りにはまだ演奏に参加できる数人が、コーディルスの周りには怪旋律四重奏カルテリオスが集まった。

指揮者コンダクター、『神話』を貰いたい」

「……心得た!」


 静観に回っていたゼフォンは、男の声に嬉々として指揮棒を振り上げた。


楽機化マテリアライズ……全霊開始オーバードライブ!!」


 男は叫ぶと、指にはめられた十個の指輪が激しく光り、背後に巨大なピアノが浮き上がった。


「さあ、()()()したバカな弟子にはお灸をすえないとな!」


 ゼフォンの指揮のもと、演奏たたかいは再び始まった。




「ん、ぶはあっ!」


 タクトは、門をくぐった先でずぶ濡れになっていた。というのも、門はどこかの海の上に開かれたために、自由落下の後に海と熱いベーゼを交わしている最中だった。

 さらに悪いことに、門は海面から少し上に作られており、すぐに戻ることは困難を極めた。


「なるほどぉ、これなら嫌でも門から離れることになるな」


 感心しながらも周囲を見渡す。足はつかないがよく見ると陸地が見える。少し泳げばたどり着くだろう。とりあえず向かおうと体の向きを変えたとき、上からなにかが降ってきた。衝撃に驚いたタクトは、一瞬()()を払い除けようとして、手に妙なぬめりを感じた。


「!!」


 それは血だった。慌てて落ちてきたそれを見直すと、ぐったりとして動かないマーサだったことに気がついた。


「お、おい! 大丈夫か! しっかり!」


 だが返事がない。奏者がこの状態ということは、と上の門を見ると、もう既に閉じ始めていた。もはや門を使って戻ることは絶望的だと感じたタクトは、マーサを担いだまま岸を目指して泳ぎだした。


 マーサを背に泳ぎだすと、微かだが息をしていることに気がついた。自分を助けた恩人、とはいえこんな状況を招いた人間、だけど怪我人…… タクトはただただまとまらない思考を一旦やめて、まずは岸を目指した。


 足がつくような所まで来ると、マーサをゆっくりと引き上げる。砂浜から離れた場所に寝かせて怪我の部分を確認すると、幸い(?)にも背中に傷を負っていたことに安堵した。なるべく肌を見ないように服を脱がせ、背中の傷を近くの川の水で濡らした自分のシャツで拭う。


「こんな、もんか…… な」


 じわりと傷から出る血量から、そこまで心配する怪我ではないと悟ると、急にまぶたが重くなった。


「あれ…… 気のせいかな」


 考えてみると前に眠ったのはいつだったか。

 帝国についてから、ほぼ眠っていなかったのではないか。コーディルスが襲ってきたのは夜だったが、今は太陽が大地を照らしている。日差しが暑く感じるほどだ。おかしい。ソラルは夏ではなかったはずである。


「おかしい……」


 しかし、タクトの意識はそこで限界を迎えた。柔らかな草むらは太陽の光を浴びて暖かくなっており、倒れ込んだタクトの体を優しく包み込んだ。




「おーい、大丈夫か? 脈はあるし、息もあるな。気を失ってるだけか。遭難者かもしれないなぁ」

「先生、こっちにも人が。どうやら背中に怪我してるようです。あ、でもとりあえず海水を拭ったあとはありますね。」

「ありゃりゃ。んでも、背中の傷はそんなにひどくないね。……ん? 吐血して、いや、これはもしかしたら内蔵がどこかやばいのでは?」

「先生、どうしますか?」


 男は少し悩んでからぽつりとつぶやいた。


「どっちにしても二人とも運ぼう。女の子の方はちょっとマズそうだ」

「人、誰か呼んできましょうか?」

「そうだね、担架も用意してもらって運んでしまおう。特に女の子の方は下手に動かすと危なそうだ」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

↓にある☆☆☆☆☆で評価、感想、いいねなどで応援いただけると励みになります。

ぜひよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ