7-7 確固たる想い
男はなおも叫んだ。
「忘れたなら思い出させてやる! お前はここに来るまでに学んだはずだ! 音楽の素晴らしさを! 共に奏でる楽しさを!」
『……下らない。我が使命とは程遠い価値観よ』
コーディルスは肩を震わせて嘲笑した。だが、なおも男はコーディルスにつっかかった。
「俺は知ってるぜ。神が愛した旋律を聞きたがっていた時のお前を。ハーモニーが整ったときの喜んだお前の顔を。音楽を知らない人間たちよりも人間だった頃のお前を!」
『いつまで喚く? 聞きあきたぞ』
『や、めろぅ!』
コーディルスの悪態を受け、エタンギルの演奏が男に放たれる。しかし、それは不可視の壁にそれは遮られた。
「無粋な真似はやめな。今、お宅らのボスがその師匠と大事な話、してるんだからよ」
シンバルを器用に擦りながら、ケイスは男をサポートする。打楽器同士ならではの打ち消しあいである。
「まだ残ってるんだろ? お前の中に! 俺と一緒に過ごした、タクトと一緒に過ごした、あのレイヤー・セルベイスが!」
なおもコーディルスは肩を震わせ、男の罵声に大声で反論する。
『そんなものは居らぬ! 我こそ音怪の君主、コーディルス! 命が惜しくないのなら、貴様から音怪に還してくれる!』
「……いいんだな」
二人は臨戦態勢をとる。男の周りにはまだ演奏に参加できる数人が、コーディルスの周りには怪旋律四重奏が集まった。
「指揮者、『神話』を貰いたい」
「……心得た!」
静観に回っていたゼフォンは、男の声に嬉々として指揮棒を振り上げた。
「楽機化……全霊開始!!」
男は叫ぶと、指にはめられた十個の指輪が激しく光り、背後に巨大なピアノが浮き上がった。
「さあ、おいたしたバカな弟子にはお灸をすえないとな!」
ゼフォンの指揮のもと、演奏は再び始まった。
「ん、ぶはあっ!」
タクトは、門をくぐった先でずぶ濡れになっていた。というのも、門はどこかの海の上に開かれたために、自由落下の後に海と熱いベーゼを交わしている最中だった。
さらに悪いことに、門は海面から少し上に作られており、すぐに戻ることは困難を極めた。
「なるほどぉ、これなら嫌でも門から離れることになるな」
感心しながらも周囲を見渡す。足はつかないがよく見ると陸地が見える。少し泳げばたどり着くだろう。とりあえず向かおうと体の向きを変えたとき、上からなにかが降ってきた。衝撃に驚いたタクトは、一瞬それを払い除けようとして、手に妙なぬめりを感じた。
「!!」
それは血だった。慌てて落ちてきたそれを見直すと、ぐったりとして動かないマーサだったことに気がついた。
「お、おい! 大丈夫か! しっかり!」
だが返事がない。奏者がこの状態ということは、と上の門を見ると、もう既に閉じ始めていた。もはや門を使って戻ることは絶望的だと感じたタクトは、マーサを担いだまま岸を目指して泳ぎだした。
マーサを背に泳ぎだすと、微かだが息をしていることに気がついた。自分を助けた恩人、とはいえこんな状況を招いた人間、だけど怪我人…… タクトはただただまとまらない思考を一旦やめて、まずは岸を目指した。
足がつくような所まで来ると、マーサをゆっくりと引き上げる。砂浜から離れた場所に寝かせて怪我の部分を確認すると、幸い(?)にも背中に傷を負っていたことに安堵した。なるべく肌を見ないように服を脱がせ、背中の傷を近くの川の水で濡らした自分のシャツで拭う。
「こんな、もんか…… な」
じわりと傷から出る血量から、そこまで心配する怪我ではないと悟ると、急にまぶたが重くなった。
「あれ…… 気のせいかな」
考えてみると前に眠ったのはいつだったか。
帝国についてから、ほぼ眠っていなかったのではないか。コーディルスが襲ってきたのは夜だったが、今は太陽が大地を照らしている。日差しが暑く感じるほどだ。おかしい。ソラルは夏ではなかったはずである。
「おかしい……」
しかし、タクトの意識はそこで限界を迎えた。柔らかな草むらは太陽の光を浴びて暖かくなっており、倒れ込んだタクトの体を優しく包み込んだ。
「おーい、大丈夫か? 脈はあるし、息もあるな。気を失ってるだけか。遭難者かもしれないなぁ」
「先生、こっちにも人が。どうやら背中に怪我してるようです。あ、でもとりあえず海水を拭ったあとはありますね。」
「ありゃりゃ。んでも、背中の傷はそんなにひどくないね。……ん? 吐血して、いや、これはもしかしたら内蔵がどこかやばいのでは?」
「先生、どうしますか?」
男は少し悩んでからぽつりとつぶやいた。
「どっちにしても二人とも運ぼう。女の子の方はちょっとマズそうだ」
「人、誰か呼んできましょうか?」
「そうだね、担架も用意してもらって運んでしまおう。特に女の子の方は下手に動かすと危なそうだ」
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