6-4 奇妙な組み合わせ
翌朝タクトが目を覚ますと、部屋にはもう既に誰もいなかった。
窓から外を見るとまだ太陽が昇り切っておらず、早朝によく聞こえる『朝日のさえずり』を演奏する楽士の姿が見えた。
「……やっぱりここも音怪が出るんだなぁ」
早朝に楽士が演奏して回るのは主に音怪の発生を抑制することで知られるが、タクトは「もしかしたらここはそんな常識は無いのかも」と思っていた。
もちろんそんなことはなく、しかしきちんと演奏がされていることから同じ世界の延長線上にこの港町がある事を再確認した。
だが、珍しくレイヤーが自分を起こさずに部屋を出たものだと少し意外だった。
「……ご飯、食べようかな」
あくびを噛み殺しつつ簡単な準備をして部屋を出ると、意外な顔と鉢合わせした。
「お、タク坊やんか。朝御飯?」
「ネンディ…… あ、うん。早く目が覚めてさ」
「ふぅん」
一瞬そのまま通り過ぎようとしたネンディは、その倍の速度で後退し、タクトに向き直った。
「せや! あんた暇やろ? 朝御飯くらい付き合ぃや」
「いいけど、カノぁぁあああ!」
こちらの返事を待たず、ネンディはタクトの腕を引っ張って宿の外へと連れ出した。
荷運びの仕事をしているときもそうだったが、港の朝は早い。朝焼けの残るこの時間にも、既に営業をしている店があちこちにある。漁師は忙しそうに魚の入った籠を下ろし、レストランはモーニングの準備でいい匂いをさせている。外海から入ってきた船からは様々な人や物が出入りしており、まさに『大陸の玄関』を思わせる。
ネンディもそんな空気を感じ取ったのか、とびきり酸味の強い香りのするレストランに狙いを定め、ぐいぐいとタクトを引っ張る。
「実は着いたときから狙とったんよ、一人ではちょっと入り難ぅて」
言われて入った店は、とてもオシャレな外観のレストランで、入り口のウェルカムボードには『モーニングサービス中!』と書かれていた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
中に入ると、オレンジのワンピースに白いエプロンをつけた、若い女性店員が迎えてくれた。
「二人!」
ネンディは相変わらず腕を絡めたまま店員に人数をアピールする。
「では、席までご案内します」
通された向かい合わせの小さな席には、小さなチラシとメニューが乗っていた。
「只今の時間はドリンクを注文されるとモーニングサービスで『赤実チゴのミルク和え』がついてきます。ぜひご賞味くださいね」
店員はそれだけ言って一度引っ込んでいった。
「……なあ、アカミチゴって何や?」
ネンディは手元に置いてあったチラシを拾い上げながら聞いてきた。タクトもそれを見ると、『赤実チゴのミルク和え』についての説明と価格が書かれていた。
「チゴの実っていう植物の果実があって、それの果実の色で白と赤があるんだよ。白は甘くておいしいんだけど、赤は酸っぱい。けど赤の方が他の果物や料理の素材として相性がいいから、よく目にするんだけど、知らない?」
「あー…… シロチゴの赤いヤツ、っちゅうことか。へぇ」
ネンディはそれ以上何も言わず、タクトと共にメニューに目を落とす。しかし。
「ねえ、このメニューの意味、分かる?」
「わからへん。どんな料理なんかさっぱりや」
「何とか読めるんだけど、材料が何なのか、どんな料理方法なのか、ちんぷんかんぷんだよ」
「お決まりですか?」
しびれをきらしたのか、先程の店員が声をかけてきた。
「あー、ごめんやけどちょっとメニュー教えてくれへん?」
「やっぱり、最近入国した方ですね。いいですよ。今日はですね、太鼓鳥の卵のいいのが入ったので、ゆで卵パンがお勧めなんです」
「あ、やっぱ外から来たってわかるんだ」
「ええ、おおよそは。ウチのお店、あまり『外向け』のメニューじゃないんです。だから本来のターゲットは国内の人なんですよ」
つまりターゲット外から来た客は注文に困るからすぐわかる、ということなのだろう。
「飲み物はどうされます? 大陸北地方名産茶葉の紅茶なんか、お勧めですよ」
「ほな、ウチはそれもらうわ! タク坊はどうする?」
「えーっと…… ミルク系で何かあっさりした飲み物あります?」
「もちろん! これは輸入品なんだけど、ノーランヴィルド大陸産の豆茶が苦みと甘みがマッチしておいしいの。いかがかしら」
「豆茶……? 聞いたことないな」
「飲んだらエエやん! それにしとき! ほならそれとさっきのゆで卵パンを二つ!」
「ありがとうございます!」
「ネンディ! 何勝手に決めてるんだよ!」
「アホ! どうせ迷うんやからパパっと決めたらええねんて。お勧め言われて外れることは滅多にあらへんて」
そう言われてタクトはメニューへ再度目を通す。確かに、注文リストの一文一文をいちいち説明してもらっていては時間がいくつあっても足りない。だが、彼女は果たしてそこまで考えて注文したんだろうか。そんな疑惑が晴れないまま注文の飲み物が届く。
タクトに届いた豆茶も芳醇な香りとミルクの濃厚な香りがブレンドされ、空腹を加速させる刺激をもたらす。ネンディの紅茶もなかなか紅茶らしからぬ甘い香りが鼻の奥をくすぐっていた。
「んっ? 何やもう甘い味がすんねんけど」
紅茶を一口飲んだネンディは何とも嬉しそうな顔をしながら紅茶の感想を呟いた。
「あら、お客さん通なんですね」
ゆで卵パンを持ってきた店員がネンディの作法に感心する。
「伊達に五十年以上生きてへんで。お茶は混ぜれば混ぜるほど味が濁る。けど、混ぜる方が味は整う。最近は口当たりをよくするために最初からある程度混ぜて売っとるけど、ウチからしたら邪道や」
「それなら、商店街に茶葉の専門店がありますから、よかったら覗いていかれたらいかがですか?」
「ホンマか? よっしゃ、タクト! ご飯食べた後のコースは決まったで!」
その後の予定も決まったことでゆで卵パンを頬張るネンディは、なんとも無邪気な顔に見えた。
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