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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第5楽章 最高音質の船旅を求めて
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5-5 誰が為に奏でるは

 今日の巡海楽士団たちの練習は曲通しでは無く、ただひたすらパート間での区間練習を中心に費やされた。

 一音一音がどのように響くのか、お互いのハーモニーがどのように曲に影響するのか、木管と金管の掛け合いがどのように織りなすか、一時間を区切りに何度か合同練習するパートを入れ替えての練習となった。


「ここはまだ生物としては感情すらない、若々しい勢いのある小節だから…… 芯の強さを出すために太めの音が欲しいんだけど」

「はい、でも記号としてはmf(メゾフォルテ)なんで、他のパートの邪魔にならないレベルまでの音量のほうがいいですよね?」

「え、それどこのパート…… あ、サックスか。サックスー!」

「はいはい~ 何なに?」


 金管の合同パートのメンバーがサックスを招集する。それにポーリアが応じて席を立ち、金管パートの場所まで移動する。お互いの楽譜を見合わせては簡単に話を合わせた後、残りのサックスメンバーを呼んで金管の練習に入り込んだ。


「勉強になるかい?」


 そんな練習風景を見ていたタクトに、見覚えのない人が声をかけてきた。


「あ、お邪魔しています! すごく勉強になってます! ……えっと」

「ああ、ハハ。多分私の顔は覚えてないだろう。昨日は終始後ろを向いていたからね」

「……あ! 指揮者の!」


 半円状に並んでいたとはいえ、奏者の顔は大体見えていた。だというのにそれでも顔を見たことがないということは、そもそも『顔の見える位置に立っていなかった人』ということになる。つまり常に背を向けていた楽士…… 指揮者だ。


「初めまして。ガリオ・バスファンクス。この楽士団の副団長であり、指揮者を担当している。今回の船旅でも指揮を執る予定なんだ。ポーリアの知り合いなんだって? 聞いてるよ」


「もしかして、旦那さんですか?」


 カノンの表情が少し女の子っぽくなる。タクトは、この顔がちょっと嫌いで視線を顔ごとガリオに向ける。


「ああ。よくしてもらってる。最初はバリトンサックスがメインだったんだけどね。過呼吸を起こしてからはもっぱら指揮業をさせてもらってるんだ」


 過呼吸(症候群)とは、深い呼吸を連続して行ううちに、肺がちゃんと空気を吸うことができなくなる一種の呼吸障害だ。息を用いて楽器を演奏する楽士にとって切っても切れない病気である。さらに言えば、低音系、特に最も低いバリトンパートに多く発症するリスクがある。それだけ低く太い音を出すのに大量の空気が必要なのだ。


「病気が出てきてからは退団も考えたが、彼女がどうしても残ってほしい、って言われてね」

「ひょっとして、結婚のきっかけって」

「はは。察しがいいね。そうだよ。向こうから今みたいに言われて。……私なんか支えてもらうほどいい奏者でもなかったんだけど。基本、押しに弱いんだ」


 のろけ話と言うか、タクトはなぜかこういう話題を好きになれない。正確には、この話をするときの人の鼓動が好きではない。いつもと違う心臓のリズムに、自分の心臓も揺り動かされている気がするからだ。

 他者を好きになる。

 良い事のはずなのに、タクトにとっては新しい不安を植え付けられていく気になる。


「彼女は、戦いの第一線にいた。そう聞いてる。私は技術も運もなかったから巡海楽士団でできることをやってきた。私にとって彼女は眩し過ぎる。だが、贅沢だがもう彼女なしの生活は考えられない。だからなのか、彼女のいるこの世界を、自分ができる事で守りたいと思ってるのさ」


 ガリオは視線を練習中のある楽士団メンバーに向ける。もちろん、サックスのメンバー(ポーリア)だ。


「君たちには、守りたい人はいるかい?」

「は、話が飛躍してませんか?」


 唐突な質問に、カノンはうろたえる。


「音はね、心の中を如実に表現する。何がしたい、何を守りたい、何を助けたい。小さな願いであっても、それは音になる。我々は、向ける先こそ違えど、人々の幸せを願って音を奏でている。私は今でこそ自ら音を奏でることはないが、巡海楽士団《彼ら》の奏でる音楽こそ世界中に届けるべきだと思っている。……天奏楽士団(うえ)を差し置いてでもね」


 ガリオはその視線を、遠い世界の彼方へ向けた。その眼差しが、タクトにはとても眩しく見えた。同時に、いつか自分も同じことを考えるだろうか、と心のどこかで自分の思いの幼さを恥じた。

 だが、だからこそタクトは強く思った。誰よりも遠く、誰よりもたくさんの人へ、素晴らしい音楽を届けたい、と。


「よし、そろそろ一度合わせてみようか」


 ポーリアは周辺のパートメンバーたちに声をかける。一人一人のチェックが終わったのでハーモニーの確認を行うのだろう。

 その様子を見るためか、ガリオも席を立ち、練習に躓いていそうなパートのところへ向かった。


「……さすがは巡海楽士団さん、ってところかしら」


 最初ののろけ話から一転して楽士としての心積もりを聞かされ、カノンはうって変わって真剣な顔になっていた。すぐにでも練習にかかりたい、そんなカノンの表情がタクトは好きだった。




 帰り道。


「ねえ、二人はもうどれぐらい吹けるようになった?」


 ポーリアはふと二人の実力が気になった。


「私は今、二級楽士。タクトはまだ準楽士だけど、ティファの教育もあってなかなかなものになってると思うわ」


 カノンはまるで自分の事のように自慢する。ポーリアに「自分が上なのだ」と言えるのが嬉しいのだろう。


「じゃあさ、明日は自由合奏になると思うから、あなたたちも参加していかない? いい練習になると思うわよ!」

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