5-4 アルバイト三日目
「おいおい、これは何の冗談だ?」
昼前、昼食休憩に入る直前。
「なんか…… なんなんでしょうね?」
カノンは、自分たちのことながら理解に時間を要した。
「昨日の残りが少なかったとか? 今日到着分の荷物が少なかったとか?」
当事者の一人、タクトも完全に事態を飲み込むことができなかった。
この日の荷運びにかかった時間はおよそ三時間。昨日の残りの荷物があったとはいえ、何故か仕事の効率が異様なほどにあがり、本日納品分すべてが船に乗せ終わってしまった。仕事が始まった朝の倉庫は、昨日の倍近くあったはずなのだが。
「ハッハッハー! 仕事が無いなら終わりだぁー! お前ら、今日は飯食ったら上がっていいぞ!」
バンフィリオットも珍しく仕事が片付いたことにご満悦だが、タクトたちは彼が笑顔以外の表情をしているのを見たことがまだない。
「やった! それならカノン、また見学に行かないか?」
珍しくタクトのテンションが高い。どうも大勢での演奏風景を久しぶりに見たせいで気分が高まっているようだ。
『そうは言うけど、仕事中もかなりハイペースだったし、少しくらい休んでからでもいいんじゃない?』
そもそも巡海楽士団の練習は昼過ぎからなので、まだまだ時間はある。
「参加は賛成。でも、休憩も賛成。タクト…… あんた自分で気が付いてないでしょう」
「何が? 補助演奏も結構《《さま》》になってきたんじゃない? 今日は何だか調子がよくてさ」
「自分で分かってないなら、なおさら休憩しなさい」
二人から休憩を促された形のタクトは、しぶしぶ補助演奏を切る。
「……あれ?」
すると、意外なほどにスタミナが切れかかっていたことに気が付いた。腹筋はうまく息が吸えないほどに硬直し、両足は太ももからつま先に至るまでビリビリしている。
「補助演奏の使い過ぎ。多分、昨日の見学で何か掴んだんじゃない? 私も久しぶりに上級楽士団の演奏を間近で聞いて、結構刺激になったからね」
つまり、仕事が早く終わったのは二人の補助演奏のレベルが、昨日に比べて格段にうまくなったということだ。持続時間、効果、演奏範囲。それらがたった一回の見学で飛躍的に成長したのだ。
「これは多分、団長さんにうまくやられたのかもしれないわね」
「あら、今日は早いのね」
ポーリアは既に船の近くで待っていたタクトたちを見つけて声をかけてきた。
「仕事が結構早く終わったんだよ」
タクトが「早く見学させてくれ」と急かすように近づいてく。
『違いはないけど、どっちかというと早く終わらせて見学に行きたいって音が体中から聞こえるようだったような?』
ティファは昨日と違うタクトの動きに気が付いていたようで、茶化すように話に入る。さりげなく二人の間に入りながら。
「ふふ。そういえばあれからタギングさんたち元気にしてる?」
三人を先導しながらポーリアは世間話を始めたが、その話題を振った途端ポーリアは少し後悔した。タクトの表情が曇ったのを見てしまったからである。
「父さんは…… 結構前に組合の依頼で、俺が街を出るまで帰ってこなくってさ」
ポーリアは、タクトの父であるタギングがかつて天奏楽士だけの楽士団に所属していることを知っている。
なにより、彼女もまた『元』天奏楽士なのだ。
「あら、それは…… 何とも言えないわね。でもタギングさんが出てるなら、ひとまず世界としては安心だと思うわ」
「そういえば、何で巡海楽士団に入ったの?」
カノンは、長年聞きそびれたことを思いだし、思い切って聞いてみた。
「あれ? 覚えてない? 私、結婚を機に巡海楽士団に来たの。旦那が巡海楽士団だったってのもあるし。まあ、出動要請が天奏楽士よりも定期的で働きやすいし、音怪の君主ももういないし。世界に平和の音を奏でる! が私の楽士団に入った時の目標だったしね」
コーディルス、という単語に二人は硬直する。瞬間、セメタリー・ヒルでのレイヤーの告白が頭をよぎる。
「……どうしたの?」
幼馴染の二人の変化をポーリアは見逃さなかった。だが、それがコーディルスに関するものであることまでは悟れなかった。
「ははあ、タクトは小さい時『おねえちゃんとけっこんする!』って言ってたっけ? それを真に受けたカノンちゃんが『だめー!』とか言ってたっけ?」
「な、そうじゃなくて! ……そうだっけ? いや、でも」
幼い頃の記憶と最近植え付けられた不安の種が、頭の中で相殺し合う。タクトは、おかげで冷静になれた。
「とにかく! 今日はまた色々勉強させてもらうから!」
恥ずかしさを隠すふりをしてタクトは船内へと入って行った。
中に入ると、既に先に来ていた他の巡海楽士が、自身の楽器を手に音出し《羽ウォーミングアップ》を始めていた。
マウスピースだけで音を出す人、リード(木管楽器のマウスピースの部品)を調整する人、スライドの動作を確認する人。それぞれが各々の楽器の調子を確認している。
そんな楽士団の準備を目にしたタクトは、ある事に気が付いた。
「みんな、普通の楽器で練習するんだな……」
自分が見てきたある光景。それは。
「楽機を使って演奏するのは、音怪と対峙した時だけ。まあ、それを理解するのは実際に自分が国響楽士団以上に入らないと分からないかもね」
後から入ってきたポーリアに、タクトは思っていた疑問に答えられてしまった。
「でも、それを知るにはちゃんと経験を積んで、ちゃんと上級楽士として力を付けたときに、教わることになるから」
言いながらポーリアもケースを置き、自身の楽器の準備を始めた。
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