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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第5楽章 最高音質の船旅を求めて
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5-3 昼下がりの船底ホール

「そこ、座ってていいよ」


 ポーリアに案内されるまま、タクトたちは大型船に乗り込んだ。

 通された先は船の貨物置場のさらに奥。そこは、巨大なホールになっていた。

 だが、他のホールとの決定的な違いがあった。

 いわゆる『観客席』がないのだ。


「ここ…… なんだか変。椅子が並んでないだけでこんなに変な感じがするなんて」


 カノンはこの船内ホールの構造をもっと観察するために周囲を見回した。あたりは船の建材に使われている金属とはまた別の材質で覆われており、どちらかと言うと『音が籠りやすい』構造になっているのに気が付いた。通常はホール内によく響き渡るように壁の素材は固いものをよく用いられる。だが、ここの壁は短い毛のようなものが生えたふわふわの素材が使われている。


 また、観客がいないせいか奏者の並び方も独特である。奏者の向かう中心には指揮者がいるのは当然なのだが、扇形に配置するのではなく半円状に皆が並んで座っている。奏者のベルが観客へ向いていないのだ。最も、観客席が無いのだが。


「ポーリア、そろそろ音合わせ(チューニング)始めるぞ」

「はいはい、待っててすぐ行くから。……みんなはここで待っててね」


 ポーリアはそのまま自分の楽器アルトサックスをケースから出し、列へと入って行った。あたりを見回して見つけた館内側面の小さな長椅子へ、タクトとカノンそしてティファは行き場なく座り込んだ。


「……船の中にしては広いよな」


 タクトが素直な感想を漏らす。首を一周するまでもないほどの広さではあるが、既に海の上であることを考えると、この広さから異様な雰囲気を感じずにはいられない。


『確か、ここから演奏する音楽が海を巡る船に安全をもたらすんだったよね?』


 心なしかティファも声が上ずっている。彼女にとってダルンカートの外にあるものは、ほぼ大体が新鮮な情報である。わくわくしない方が無理というものだ。


 舞台中央の指揮者がオーボエに指示を出すと、彼女はお腹へと大きく息を吸いこんで、楽器から基準音であるB♭(ベー)音を奏でる。さらに指揮者は低音群に目と手を向けて演奏を促すと、それに合わせてバスクラリネット、バリトンサックス、チューバが音を放つ。

 そのどれもが、まるでもとから一つの音であったかのように、見事なハーモニーを奏でていた。


「……これだけ合えば音怪なんか生まれないのに」


 音怪は、音の歪から生まれる。波長の歪みが生み出すエネルギーに魂が宿るのだ。

 だが、この楽士団の奏者が奏でる音たちは、歪むことなく魂が宿っている気すらする。タクトたちはそんな思いで音を聞いていた。


「よし、じゃあウォーミングアップに〝第三楽章『生命』〟を演奏ようか」


 場の空気が変わったのが、タクトたちにも伝わった。

 それぞれの奏者の動きが変わる。座る位置、楽器の動きの確認、口の位置(アンブシュア)の再調整。


 一人が準備完了し、指揮者を凝視すると指揮者は別の奏者を見る。徐々に増える視線の集中に漏れがない事を確認すると、指揮者は指揮棒を天空に掲げ、一気に振り下ろした。

 瞬間、腹部に重い一撃が加わった。


「「『!?!?』」」


 三人はそれが低音楽器が奏でた超低音のロングトーンであることに気が付くのに数秒を要した。だが、さらに驚いたのは『目が見えなくなるような錯覚に陥ったこと』だった。

 セメタリー・ヒルで演奏を聞いたときも似たような感覚を受けたことがあるが、現役の上級楽士団が放つ演奏がこれほど五感を支配されるとは、考えが付かなかった。


 耳から脳へ。本来伝える受信機である目や肌が脳からの信号を逆受信し、再び脳が受け取ることで起こる錯覚は、知らず観客を別の空間へと誘った。

 暗闇に落とされた次の瞬間、体は冷たく息苦しい空間へ放り出される。


 水中だ。


 タクトたちは、生命が生まれるまでの流れを体験トレースさせられていると感じた。

 響き渡る新たな生命の誕生は、世界に音をもたらした「神の偉業」をなぞる物語を彷彿とさせた。音の、魂の端々に込められた命への賛歌は、始まりと同じくらい唐突に終了した。


「……これが、巡海楽士団」


 奏者の中にはうっすらと汗をかいているものもいた。だが、タクトが次に聞いたセリフは彼らを唖然とさせた。


「みんな、練習サボっただろ? 新人はよくついて来てるけど、そんな演奏で船の乗客を守り切れると思うなよ?」


 指揮者の激で全員が「ハイ!」と返事をする。


『あれで練習不足!? タクト、あなたまだまだ伸びるわよ!』

「ちょ、ちょっと待って。あんな演奏、十年かかっても無理だって」

「ティファ、さすがにそれはポジティブすぎるわ……」


 再び練習は再開される。今度は指揮者が聞いた中で特にひどかったパートを指摘し、演奏させていた。しかし、タクトたちにはそのどれもが船内を揺るがすほどの演奏に聞こえていた。聞けば聞くほどに、自分たちのレベルの差を感じずにはいられなかった。




「ありがとうございます」

「いーって、いーって。明日も来るでしょ?」

「まあ、仕事が終われば……」

「だーい丈夫。また三時回ったら荷物運びは止められると思うし、私を待っててくれたらまた入れてあげるよ」


 気が付いたらタクトたちは練習が終わるまでずっと練習を見学していた。

 日はすっかり暮れ、辺りは弱々しい街灯が潮風で濡れた地面だけを照らしていた。人の気配はすっかりない。


「はい、ここからなら帰り道わかる?」


 ポーリアは昼過ぎに出会った場所までタクトたちを送り、自分はそのまま帰路へとついた。


「……どう思う?」


 カノンが誰に聞くともなく呟く。もちろんタクトにあてた言葉であったが、答えたのは意外にもティファだった。


『巡海楽士団としてはそこそこのレベルだと思う。タクトもあと半年くらい練習すれば、新人として入るくらいはイケるんじゃないかしら』


「は!? いやいや! 聞いてたろ、あの練習! 半年やそこらでああは無理だって!」

『なりたい、って思う力がないとなるのは無理だと思うの。私はできると思うよ。それにタクトの目標は……』

「あー! わかった! わかったから! さ、早く帰って休んで、明日も仕事だ!」


 続きが聞きたくないタクトは、知った道を素早く先行する。残された二人も、苦笑いを浮かべながらそれに追随する。


『まあ、多分明日からは先に仕事が終わるかもしれないけどね』

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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