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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第5楽章 最高音質の船旅を求めて
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5-2 アルバイト二日目

「……なあ、団長はん」


 かつかつとペンが机を叩く。ある時は短く、ある時は長く机を擦る。その間には紙が敷かれ、ペンの軌跡に沿って黒いインクが這い残る。


「なんですか? しゃべってると間違えますよ」


 レイヤーもネンディと同じような動きをしている。だが、こちらの方が速度が早い。ペンが奏でる音がネンディのそれより半オクターブ高く聞こえる。


「料金、問題あらへんかったんとちゃう?」

「どうしてそう思うのですか?」

「こっち来るとき、組合に顔だしてん。ほしたら次の帝国行きの定期船、巡海じゅんかい楽士団が乗り込む大型船やて聞いたんよ」

「ほうほう。しかし、それなら逆にお金がかかるのではないかと考えるのが普通では?」

「ウチら、帝国に呼ばれてんねんで? 巡海楽士団が乗り込む定期船は帝国が出資しとるやつやろ。つまり、その船に乗るんやったらウチらは招待客として乗れるはずやん、ちゃう?」

「お、詳しいですね」


 巡海楽士団。

 その楽士団が奏でる音律は、世界中の海を瞬時に巡ると言われている。彼らの腕前は国響楽士団のそれを上回り、ひとたび演奏が始まればその船旅は絶対の安全を約束されるのだ。


 ただ国響楽士団と大きく異なるのは『演奏費用がべらぼうに高い』ことだ。形式上は国響楽士団と同じく組合に属する団体ではあるが、国土と海上では意味が変わる。国土は住まいを兼ねるため安全を確保する、という建前がある関係で国や地域は組合に国響楽士団への出資をするが、海の上は航行の際に危険を排除できればよいということであまり金を出したがらない。よって組合は巡海楽士団の出動には多額の資金を要求せざるを得ないのだ。


 また、演奏依頼を担う範囲が国響楽士団と比べて圧倒的に広いことも挙げられる。これは、海流などの影響で音怪が陸地に比べ発生しやすく、定期的な演奏だけでは対処しきれないからと言われている。つまるところ、組合のお金だけではまかなえない経費がかかるのだ。


「確かに料金だけ見ると、一見その方がよいように見えます。また、彼らの演奏が聞けるというのもタクトくん達にとってよい経験です。ですが…… あ、そこのフェルマータ、スタッカートになってますよ」

「あ、ホンマや…… やのうて」


 ネンディは言われた箇所の手直しをして再びレイヤーの顔を見ると、彼はいつか見た満面の笑みを浮かべていた。


「本番があるということは、練習もするでしょう?」




「「おはようございます」」

「おー、来た来た! 集合予定十五分前! 今回のバイトはクソ真面目だな!」


 タクトらの挨拶に反応したのは、昨日はいなかった白髪混じりで髭面の壮年だった。


「あ、おはよう。早いね。さすがは組合所属」


 そう言いながらコーレンが奥から顔を出した。だが、手と足は動かしたままだ。何かをチェックしながら手元の板にペンで印を付けている。


「よし、納品登録おわり、っと。ああ、それじゃ皆にはこれを運んでもらうよ。乗せる船や場所はそこのバンフィリオットさんに聞いてね」

「『バンさん』って呼んでくれりゃいいからな!」


 コーレンは今までチェックしていた荷物を指差しながら、先程大声で挨拶を返した男性を紹介する。


「じゃあタクト、ティファ。手筈通りに」

「うし、いっちょやるか!」


 二人はマスターピースを手に取り、軽やかな補助演奏サポートバフを奏でる。今回は自己能力強化セルフパンプアップを中心に行える練習曲『みんなで山登り』をチョイス。

 ティファはタクトを後ろから抱きしめるように、カノンのメトロは床下から突き上げる勢いで音を奏者に補助演奏サポートバフを纏わせる。


「お、いいな。なんかこっちも足取りが軽くならぁ!」


 事実、二人が双方の音を聞けるほどの距離であればお互いの補助演奏サポートバフの恩恵を受けることができる。というより、これは本来小編成・大編成のように複数人数で使うきょくを個人向けにしたものなので、当然と言えば当然なのだが。


「よぉし! んなら早速バリバリ働いてもらうぜ!」


 バンフィリオットは二人さんにんといっぴきを連れて、倉庫の奥へと消えていった。




「お、三時か。今日はこの辺だな」

「え、まだ三時ですよ?」


 カノンは、まだ残っている荷物の山に向かう足を止めてバンフィリオットに抗議する。とは言うものの、タクトもカノンも補助演奏サポートバフの乱用でヘロヘロになっているが。

 とはいうものの、今の時点で既に到底三人(バンフィリオットは指示が中心なのであまり運んでいないため実質二人)が運んだとは思えない仕事量をこなしてはいるのだが。


「いやいや。ここからは別の用事であまり大きな音を立てられねぇんだよ。あ、ほれアソコ。見てみな」


 バンフィリオットが指差したその先には、出で立ちが様々ながらもそれぞれが荷物を持って例の大型船へ入っていくのが見えた。荷物は…… 『楽器』であろうことは楽士である二人には一目でわかった。


「巡海楽士団さ。出立の前日まで船内で練習していく」


 これに驚いたのはカノンだ。


「え! ちょっと待って! ってことは」


 それを聞いたカノンは乗り込んでいく楽士団の一行を遠目で見たのち、その一人に急ぎ足で近づいていった。


「ポーリア姉さん!」


 その声に気が付いた列中の一人がカノンの方を向き、笑顔と大声で答えた。


「カノンちゃーん! なになに? 久しぶりじゃない!」

「お、なんだあの娘っこ、知り合いが巡海楽士団にいるのか?」

「あ、俺あの人知ってます。カノンの親父さんたちの知り合いで。俺も遊んでもらったことありますから、分かりますよ」


 取り残されたバンフィリオットとタクトは、遅れてカノンを追いかける。カノンがポーリアと呼んだ女性は三十代後半くらいの顔だちではあるが体つきが非常に筋肉質で、持っている楽器ケースからサックス系であることが伺えるも、それを演奏するには不釣り合いなくらいの巨体にバンフィリオットは驚いた。

 だが、その瞬間バンフィリオットにある考えが浮かんだ。


「じゃあちょうどいい! お前ら、見学させてもらえ! 仕事も終わりだし、勉強になるぞ! なあ、あんた。こいつら荷運びの仕事が今上がった所なんだが、見学させてやってくれねぇか?」


「ば、バンさん! いきなりは……」

「ええ、いいわよ!」


 意外な二つ返事に、ポーリア以外の面々が驚いた。


「へっ、いいの?」

「もちろん。……あ、タクトじゃない! まだカノンちゃんとべったりなの?」

「ちち、違うって! たまたま一緒に仕事してただけで……」

「そうそうそう! 団長が私たちに荷物運び(こっち)の担当って」

「団長って、トーベンさん?」

「ああ、違う違う。コダ楽士団じゃなくて、今は二人とも別の楽士団に所属してるの」

「……ふーん。まあ、詳しくは中で聞こうじゃないの」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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