1-2 組合の一級楽士
みっちりと練習をした帰り道。あたりは既に紅色の様相に染まり、直に一日が終わろうとしているのを伝えていた。
タクトはいつも通り劇場から戻ったことを楽士隊組織連合…… 通称、組合の支部へ使用完了報告に向かった。今は使われていないとはいえ、劇場は組合の持ち物だからだ。
「ただいま、フラップおばさん」
「あ、おかえりタクト。ちょうどあなたを探してたの」
「え、俺を?」
カウンターの向こうで書類の整理をしていた組合の女性、フラップおばさんが帰宅しようとしたタクトを呼び止める。
「本来は正の楽士に任せる案件なんだけど、準楽士でも問題ないと思って。組合の仕事、やってみない?」
「やる! 内容は?」
タクトは、まだ組合に正式に所属していない準楽士《資格なし》だ。なので組合の仕事をする際は所属を明らかにされた資格証明書を発行してもらう必要がある。
そして、仕事をするためには発行された資格証明書の等級が〝五級楽士以上〟でなければならない。だが、この辺境のコダの街にはめったに組合に依頼されるほどの仕事もないし、危険も少ない。よって、この街の資格を持つ楽士は数が少ない。
「首都メルディナーレの方から来られた組合所属の楽士さんが、あなたがいつも使ってる例の劇場に入りたいっていうの。もう今は依頼受付も終わってて、あとは組合の楽士を紹介するだけなんだけど」
「案内ね! いいよ! ……あ、でも首都所属の楽士さんなら、一人でも問題ないんじゃあないの?」
「普通はね。でも、内部をよく知ってるのはあなただし、逆に楽士がついて行くならあなたにとっても私たちにとっても問題ないでしょう?」
そういうことならとタクトは快諾したが、今日はもう遅く依頼人も宿へ行ってしまったということで、明日の朝にもう一度組合に来るようにと約束をしてタクトは帰路についた。
「ただいま」
自宅に着くと、タクトはトロンボーンをケースから取り出して整備を始めた。楽器鍛冶である父のお手製トロンボーンは、明るいところでよく見るとあちこちがへこんでいたり傷があったりで、決して綺麗とは言えない。
だが長く使うと愛着がわくもので、今日も管内の掃除とベルの掃除を始める。
赤銅色のベルは磨くことでより赤みが増し、スライドの管内は塗り込みすぎない潤滑油を注してやることで動きが抜群によくなる。最初はたっぷりつけすぎて、逆に動きが悪くなったのを思いだし、思わず笑ってしまった。
だが、その笑いに反応する者はいない。自宅にはタクト一人だけだ。
彼のいる居間以外は真っ暗で、照明灯の揺らめきだけがタクトを照らしている。
「明日は仕事だし、もう寝るか」
再び楽器をケースに仕舞い、隣の自室に戻ったタクトは、ほどなくして寝息を立て始めた。
翌朝。
「おはようございます!」
タクトはいつもよりも早い時間に組合の受付へと顔を出した。
「おはようタクト。今日はよろしくね」
フラップおばさんは既に仕事を始めていた。
「依頼人の楽士さんももう来てるわ。そっちのカウンターに座ってもらっているから」
いくつかの資料を持ってカウンターからおばさんが出て、タクトと一緒に依頼人がいるカウンターへと入る。
「お待たせしました。彼が案内役のタクトです」
おばさんの紹介で、タクトは勢いよく挨拶をする。
「あ、えっと、タクトっていいます! まだ準楽士ですけど、劇場の案内は得意です! 今日は、よろしくお願いします!」
挨拶のお辞儀から姿勢を戻したタクトは、依頼人へと視線を向けた。
「ええ、簡単に話は聞いていますよ。私はレイヤー。今日はよろしくお願いしますね」
依頼人のレイヤーは、タクトから見てそこそこ歳のいった男性に見えた。
服装は良く言えば年季が入っており、悪く言えばボロボロの楽士服。……タクトが普段から来ている服をより動きやすくしたものにも見える。
肩には小さな黄色い鳥が止まっている。ペットだろうか。
「依頼内容ですけど、この『コダの街』に隣接している『ダルンカート劇場』の奥へ案内していただきたい、ということなんですが……」
依頼人のレイヤーは、早速自身の依頼内容を話し始める。
「実は、ダルンカート劇場には『神が愛した旋律』があるという話を耳にしたのです。私は、それを探しているのです」
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