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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第3楽章 失われた楽譜の行方は
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3-5 宿のロビーにて

「最後の頼みの綱、『ミドローイン』もいっぱいかぁ」


 ひったくりの騒動から後、何件か宿をまわったが成果も得られずに最後に立ち寄った宿『ミドローイン』のロビーで、二人と一機はすっかり疲れた顔で座り込んでいた。

 カノンとしては隠れた名店であるミドローインには流石に空きがあるはずだ、と息巻いていたが、散々な結果に落ち込んでしまっていた。


 もう太陽も黄色く輝き始め、建物の陰に隠れるまで傾いてきているのを見た一行は、迫りくる約束の時間に焦りつつも、できる事が無くなってしまった絶望には抗えなかった。


「とりあえず資料館に戻りましょう。団長もいるだろうし」


 そう言ってカノンは疲れた体に鞭を入れて立ち上がると、ロビーに客が二人入ってきた。


「やっぱ迷うてもたやん。誰かに待っててもらった方がよかったんちゃう?」

「ほんなん言うても、フラルド先輩はもうお年やし、はよう宿に行ってもらっとかんとあかんやん? 過ぎたことやし、もうしゃあないって」

「まあ…… ウチらも、人数も平均年齢もアレやし、って」


 見知った声。見知った顔。昼過ぎに出会ったあの二人だ。思わずカノンたちも聞き覚えの有る声に耳を取られて会話を聞いているうちにその二人と目が合ってしまった。


「あ、昼間の! 同じ宿屋やったんですね。ウチ、パラン言います。昼間はお世話になりました」


 パランと名乗った女性は深々と頭を下げる。


「いいえ! 違います! 帰るところです!」


 疲れた足取りを隠すように大股で外へと出ようとするカノンに、パランは柔らかい、しかしどこか無視できない声色で話しかける。


「あ、そうやったんですか。でも、何かご用事やったんちゃいますか?」


 先ほど遭遇したネンディとは違い、ゆったりとした物腰に少々戸惑ったカノンだったが、礼儀には礼儀を返す主義でもあるので、ここは素直に宿に来た理由を話した。


「それやったら、ウチらが予約してた部屋、使わはりません? ちょうど祭典参加で取ってたんやけど、連れの何人かが体調不良でれんくなってしもうて。荷物置き場にするつもりで残してたんで、使ってくれるなら嬉しいわ。荷物ひったくりのお礼や思うて、ぜひ使つこうてくださいな」


「あ、やったじゃんカノン!」


 タクトはその申し出にいたく喜んだが、当のカノンは少々渋い顔をしている。


「ああ、あの子(ネンディ)が言ってた『楽機ミュージリアを使う~』のことやんね? まあ、許したって。あの子は〝第一の音(チューリン)〟の中でも輪をかけて楽機が嫌いなんですわ」


「え、楽機が嫌い?」


 昼間の発言の違和感に、タクトはつい乗っかってしまった。


「よかったらそっちの休憩所でお話させてもろうてよろしい? 部屋の話は別にしてお茶でも飲みながら」


 既にその場からいなくなっていたネンディを横において、パランとカノンたちは話をすることになった。




 パランは席に着きお茶を振る舞うと、自分たちの事を話し始めた。


 彼女たちは第一の音(チューリン)だけで構成された楽士団『ヴェラムリオ』に所属しており、パランはピッコロ、ネンディはフルートを担当している。種族が統一されている事もそうだがさらに特徴的なのは、楽士団であるというのに全員が楽機を所持しておらず、音怪を相手にする依頼においても楽機を使用しないことを徹底しているというのだが、その理由も含めてなぜネンディが楽機を嫌うのかを話し始めた。


「ウチら第一の音(チューリン)にとって、そもそも楽機は『忌むべき存在』やと言われてるんです」

「それ、何となく聞いたことがあるわ。楽器でないものから音が鳴るのは音怪の始まりだから、って」


 淹れたての黒粉茶を飲みながら、タクトは第一の音と楽機の『言い伝え』を教わった。

 もともと楽機が生まれたのは第二の音(フィグリグ)の世代からだそうだ。


 誰が初めて演奏したかは定かではないが、その音色と響きは楽器のそれと大きく異なり、いずれ訪れる音怪の君主との戦いに際して大きな戦力になることが期待された。だが、一度音怪の君主と戦ったことのある第一の音たちからすれば、一つの音がより大きくなるよりもたくさんの人数でハーモニーを奏でる方がより効果的である点を主張し、第二の音たちと大きな溝を作った、ということらしい。


「中でも、楽機が意思を持って音を奏でたときに、その楽機が持つ『思い』や調律の具合で音怪が生まれてまうという話を聞いてから、ネンディはより楽機に対して嫌悪感を強くするようになってしもて」


(あ、だからティファに『喋るのは禁止』って言ってたのか)


 タクトはレイヤーが言っていた話を思いだし、カノンに目配せする。彼女もそれに気が付いたのか目が合い、二人は小さく頷き合った。


「楽機が組合とか楽士に浸透してきてる事実は受け入れてます。ウチらもただワガママで使つこうてないだけやし。せやけど、ネンディは別です。あの子は…… 昔は進んで楽機を使う子やったんですが」

「え、使ってたってことですか?」


 その割には嫌い方が過ぎるな、とタクトは思った。


「ええ。よくは知らんのですが、知り合いから譲ってもらった言うて大事にしとったんですけど、ウチらの楽士団に入団してしばらくたった後、急にその楽機に」


 ひと呼吸置くパラン。


「……裏切られた、って言うて。そこから楽機も、ネンディの楽機嫌いが始まったんです」

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