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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第2楽章 三人が奏でる二重奏
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2-7 未来への上書き

 組合の共通楽器庫を開けて、すぐ左。

 特殊なケースに入った楽器。背負って運びやすくするために肩にかける革紐が二本、ケースに取り付けられた特注品。

 フラップおばさんは、その楽器ケースの前で立ち尽くしていた。


 その革紐の片方に、赤い糸で〝ベースメーカー コルダー〟と縫い込まれているのを確認すると、その部分を指でなぞり、かつてこの楽器を演奏していた夫を思い出していた。


(……コルダー)


 しばらく思い出にふけったのち、もう片方の手にあった箱を開け、作業に取り掛かった。





 日を改めた後日。


「それじゃあ、行ってきます!」


 旅支度を終えたレイヤーとタクト(そしてティファ)は、コダ楽士団が事故によって首都へと戻れなくなった荷車の警備任務を引き継ぐ形で首都へと向かうことになった。


 幸い、街に残っていた荷馬車で対応できる程度の運搬量であったので、直前で荷物の載せ替えなどがあったものの、何とか問題なく出発できるまでになった。


「ちょうどいい、っていうのも変な話だが、しっかり頼む」


 トーベン団長は、引き継ぎを快く引き受けてくれたレイヤーに声をかける。


「初仕事、順番が逆になっちゃったけど、しっかりね!」


 カノンもタクトを励ます。本来は自分たちの仕事だっただけに少々悔しそうではあるが。


「うん、ちゃんと報告してくる」


 劇場と、先日と見事な演奏を見せたタクトも、街から出るのは初めてなのかやたらと緊張を見せる。


「なに、怖いの? そういえばアンタは街から出たことなかったっけ?」


 ここぞとばかりにカノンはタクトをイジる。自分にある数少ない優位性アドバンテージを満喫したいのだろう。


「そ、それは! まあ、確かに、街から出たことは無いけど……」

「それじゃあ出発しますよ。サレインノーツさん、よろしくお願いします」


 話し込んでいるところに、先に乗り込んだ依頼主の運搬業者が声をかける。別れの言葉も程ほどにレイヤー達は馬車へと向かう。


「ちょっと、待って!」


 そこへ、大きな荷物を両手に抱えたフラップおばさんが一行を呼び止めた。


「どうしたの、……お母さん?」


 カノンは母の意外な行動に驚きつつも、抱えていた荷物が気になった。

 何が入っているかではない。|なぜ今それを持ち出したか《・・・・・・・・・・・・》だ。


「カノン。……行きたいんでしょう?」


 フラップおばさんは、その荷物をカノンに差し出した。


 大きな荷物。カノンの体ほどもある大きなそれには背負うために革製の紐がつけられている。その片方には、赤い糸で〝ベースメーカー カノン〟と刺繍がされていた。


「これ、お父さんが使っていたチューバじゃないの?」

「あなたに使ってほしい。きっと、お父さんもそう思ってる」


 カノンは、そっとケースを撫でる。その足元にはメトロが懐かしい匂いを感じて顔を出しては、どこかしら喜んでいるようだ。


「でも、お母さんまた一人になるよ?」

「バカ。子供が生意気言うんじゃない」


 そう言ってカノンの旅支度を押し付けたのはトーベン団長だ。


「団長!?」

「お前は昨日付けでコダ楽士団から除名だ。楽器のない楽士は必要ない。ところで…」


 トーベンはレイヤーをまっすぐ見て続けた。


「まだベースメンバーがいない楽士団さん。ここに楽器と奏者がいるんだが、ぜひ勧誘していかないか?」


 驚いたのはカノンだった。


「いつも言ってたろ? タクトと一緒に舞台に立つ、って。フラップのことは俺に任せておけ」


 トーベン団長は顔を真っ赤にしながら、フラップおばさん手を取る。まるで、子供が好きな娘の手を取るように。


「私の心配はいいから。あなたはあなたのやりたいことをやりなさい」


 よく見るとフラップおばさんも頬に朱が差している。


「……その様子だと、むしろ私はお邪魔虫だね」


 嬉しさか呆れか、カノンは渡された荷物を背負い直し、トーベンに向き直り、深々と一礼した。


「今までお世話になりました!  お母さんをよろしく、〝お父さん〟!」


「お、おう! 任せろ!」


 たどたどしい返事のトーベンから、改めてレイヤーへと姿勢を正す。


「三級楽士カノン・パンディール! パートはベース、チューバです! サレインノーツ楽士団に入団を希望します!」


 レイヤーはカノンの名乗りを聞き、差し出されたその手を笑顔で握り返した。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「……おーい、早くしてくれー」


 既に馬車に乗り込んでいた業者が再びレイヤー達を急かす。さすがに待たせすぎた自覚がある一行は、急いで馬車に乗り込んだ。


「行ってきます!」


 最後尾に乗り込んだカノンは、体いっぱいに手を振る。笑顔で、かつて父が使っていた楽器を背にして。


「しっかり! 体に気をつけてね!」


 何度も娘の旅立ちは見送っているはずの女性の目には、微かに涙が浮かんでいた。


(いってらっしゃい、カノン。……娘をよろしく、コルダー)

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