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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第2楽章 三人が奏でる二重奏
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2-6 旧き友

 一切の気配が消えたのを感じたレイヤーは、改めてカノンの方へ目を向けた。


 そこには雄々しく立つ麗しい乙女と、その乙女が持つにはいささか不釣り合いな巨大な管楽器が担がれていた。


「……チューバですね」


 そのささやきが聞こえたかは定かではないが、カノンがこちらを見て笑顔を送ってきた。


「助かりました」


 レイヤーは聞こえるか聞こえないかくらいの声を漏らしつつ、カノンに親指で善演奏を褒める。カノンも、同じ動作でそれに答えた。


 数時間後。

 荷馬車は騒ぎのせいで修理が必要なくらいボロボロになったものの、乗っていた荷物やこれから載せる商品には大きな被害はなく、新しい馬車さえ用意できれば再出発までそう時間はかからないようだった。


 だが、コダ楽士団の使っていた楽器の一部は残念ながらチラホラと修理が必要なものがあり、その中にはカノンのチューバも含まれていた。

 とはいえ街全体に響き渡った三人の演奏たたかいは、瞬く間に街中へ知れ渡ることになってしまった。


「いつの間に『あいつ』を使えるようになったんだ、カノン」


 組合の大食堂での祝賀会の最中、そこそこに負った怪我の治療も終えたトーベン団長は、顔を赤らめながらカノンに絡む。彼はカノンが楽機ミュージリアを持っていることは知っていたが、まともに吹きこなせたところは見たことがなかった。それだけに、咄嗟の演奏であれだけの音を奏でられたことに驚きを隠せなかった。


「少しずつ。自分のチューバを練習してたら、チューバの楽機(メトロ)も『自分も演奏してほしい』って言ってきたりしてたの」


 自分の名前を呼ばれてひょこっと床からチューバの楽機ミュージリア土竜モグラのメトロが小さな頭を覗かせる。屋内であるにも関わらず楽機が床を貫通して現れるのは、この楽機の力の由来が大地にあるせいなのだとレイヤーは聞いていた。


「私のニックが炎をもろともしないのと同じ理屈ですね」


「そういえば兄ちゃん、あんたの演奏凄かったな! カノンの知り合いかい?」

「いえ。さっき知り合ったばっかりです。何なら、タクトくんと楽士団を先程結成したばかりでして」


 それを聞いた一行は目を丸くした。幼い頃からタクトを知っている彼らにとってタクトは家族のようなものでもあり、また正楽士としてまだ登録できないことも知っていた。


「なるほどな。ちょっと先を越されたか」


 実はレイヤーが来る以前から、タクトは自身が正楽士として登録したらコダ楽士団に入ることが決まっていたと説明を受けた。ただ、それらはいわゆる口約束でもあったために、レイヤーの楽士団結成(申し出)に異を唱えるものは少なく、むしろ新たな旅立ちの始まりを祝う物さえいた。


「でも、私も楽器がダメになったし、団長たちもこう(・・)なっちゃうとすぐにまた出発っていうのも難しいよね。お母さん。当分組合の仕事、手伝うよ」

「え、カノン!?」


 カノンはそれだけ言うと、既に空になった皿をいくつか重ねて奥へと入っていった。


「……やっぱり、ちょっとショックだったんじゃねぇか?」


 トーベン団長は、カノンの行動に少し違和感を覚えていた。


 楽士は、自分の楽器を持たなければならない。なくしたり、壊したりしたならすぐに代わりとなる楽器を持たなければならない。だが、その特性上楽機(ミュージリア)それ(楽器)と認めることはできないため、楽機を持つ楽士は同時に楽器もしっかり所持する必要がある。


 カノンに関して言うなら、彼女はまだ楽機メトロを自在に操れない。その上普通の楽器を所持していない状態では、街から出ることはできない。楽器を持たなない楽士は、楽士団のリストから一時的に外されてしまうからだ。


 楽士がどこにも所属せずに街を出るには、一級楽士以上の肩書がなければならないのだ。


「……あの楽器チューバは、コルダー(旦那)があの子に、って遺した楽器でもあったし」


 フラップおばさんは、つい亡くした夫の名前を口にする。


「なあ、フラップ。そろそろ考え直してはくれねぇか?」


 トーベン団長は、赤みがさした顔で、だが真面目な眼差しでフラップおばさんを見つめる。


 「この街に戻るたびに…… いや、カノンが街に戻るたびに、お前は喜びと寂しさが同居したような顔をする。日に日にあいつ(コルダー)に似てくる娘を見るたびに、お前も思い出してるんだろ?」


 フラップおばさんは、視線を落とし、うつむき、少し笑った。


「俺と一緒になろう! 今は、まあ、こんなナリだが、……俺が生きている間は、絶対に幸せにする!」


「団長! 何回目のプロポーズですか!」


 後ろの方で楽士団のメンバーが茶化す。酒が入るとプロポーズする二人の姿は、もはや恒例の催し物のていである。


「ウルセー! いいんだよ何回でも! 俺が生きている限り、何度でもチャレンジするんだ! ガキの頃から決めてるんだ!」


 フラップおばさんは、ふう、と息を吐いた。目だけをトーベン団長に向けると、それに気が付いたトーベン団長と見つめ合う形になる。

 そして、もう一度息を吐いて、意を決したのか正面に向き直った。


「じゃあ、私の頼み、聞いてくれる?」

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