2-4 重なる音
「団長!」
カノンは組合の建屋から出た途端に倒れている自分の団長を見つけ、なんとなく状況を察する。
「……ほう、お前も一級楽士か」
黒服の男はレイヤーに視線を送りながら、彼の楽士等級を確認する。
「あいつ、なんで等級が分かるのさ」
「イヤリングですよ。ささやかですが、等級が上がると細工が変わるんです」
レイヤーは男の方から視線を外さずにタクトへの指導を続ける。
「残りは雑用と三級楽士か。ということはお前か? パイプオルガンを倒したのは」
男は姿勢を正し、こちらへと向き直る。
「パイプオルガンは――」続きを言おうとしたタクトの口をレイヤーが塞ぐ。
「ええ、それが何か」
黒服の男は満足そうな笑みを浮かべ、再びティンパニを鳴らす姿勢をとった。
「腕試しだ、一級楽士!」
唐突に放たれる楽機の波動に反応したタクトは、それでも前へ出るのを制するレイヤーにつっかかる。
「危ないって! 俺が!」
「大丈夫ですよ、同じレベルなら」
レイヤーは一歩前に出て、小さな筒を帽子から外す。
「さあニック! 出番ですよ!」
レイヤーは自身の肩に止まっている小鳥の名前を高らかに呼ぶ。ニックと呼ばれた小鳥は主人の声に反応し、小さく鳴くと主人の周りを回り出す。その速度は一週回るごとに早くなり、遂にニックは炎をあげ始める。
「いざ…… ―楽機化―、開始!」
既に真っ青な炎に包まれたニックは一段と低い位置からレイヤーの持つ筒へと向かって羽ばたく。その筒の中から顔を出すと、レイヤーはニックの燃える体を掴み、一気に引っ張り上げる。するとそれは一瞬で楽器――青鋼色のクラリネットと姿を変えて現れた。
先端から手を離し、レイヤーは流れる指使いで1オクターブの音階を低い音から演奏する。その音は周囲に展開されていたティンパニの波動を、いとも容易く掻き消した。
「ふはは、そう来なくては!」
黒服の男は左手のマレットだけを変化させ、器用にそれぞれから別の音色を叩き出す。それぞれがティンパニと木琴の音色を奏で、難曲〝夕闇の雨雫〟の打楽器バージョンに仕上げる。夕焼けから夜にかけての静けさと、降り注ぐ雨音の強さを表現した曲が、低音と高音のハーモニーの共演を織りなして再びレイヤーへと襲い掛かる。
「おっと、複合楽機奏者でしたか」
レイヤーは持ち曲の一つ〝王者の進軍〟を奏でる。出だしから軽快なテンポの旋律が踊る行進曲だ。主旋律が一本の楽器でも成立するので、練習曲としてもよく用いられる。その曲を、レイヤーは一つ一つの音に装飾符を付けて吹き上げる。指の速さはもちろん息と舌がかみ合わなければ即座に音はブレてしまう演奏を、レイヤーは笑顔でこなす。
お互いが違うテンポの曲を演奏しているというのに、お互いがお互いに引っ張られることなく演奏を展開している姿に、周りの他の楽士はつい聞き入ってしまっていた。
『なかなかな腕を持っているが、所詮は一人一本。その限界は超えられん』
黒服の男は、さらに周囲の楽機を変化させる。両足にもマレットが出現し、そこにも楽機が並べられていく。結果両手両足に楽機が展開され、音の展開はさらに広がりを見せる状態になった。
「ちょっと、なにあれ! おかしくない!?」
カノンは団長の介抱をしながら演奏の行く末を見守っていたが、相手の展開が予想を大きく上回ったことに驚き、つい大声を出してしまった。
それを聞いてか男はその両足から轟音の一撃を放つ。地面に直接響かせるその超重低音は周囲一帯の範囲を対象としての奏法だ。もちろん、レイヤーたち含む他の楽士がターゲットである。
『しまった!』
さすがのレイヤーも自分以外を狙った範囲演奏が来るとは予想しておらず、自身の読みの浅さに後悔する。
「だから言ったろレイヤー! ティファ!」
タクトは、黒服の男が放った超重低音の広がる先とレイヤーの直線上に立ち、慣れない手つきでマウスピースを構える。
『―楽機化―、開始!』
光を纏ったティファがタクトに駆け寄り再び乳白銀のトロンボーンを形成し、そのままレイヤーの演奏に合わせる形で自身も〝王者の進軍〟を演奏する。たどたどしくはあるが、クラリネットを主旋律としている中でのトロンボーンの役割は対旋律の演奏。主旋律の音を相手に届けるための露払いが主な仕事である。今のタクトの実力でもその役割であれば十分な音律を展開できた。
『つい熱くなってしまいました。助かります』
イヤリングからレイヤーの声が響く。だが、彼は未だに演奏中である。不思議な感覚にタクトは違和感を覚えつつも、今は目の前の敵に集中する。
タクトが加わったことでレイヤーも主旋律の演奏に集中できるようになったからか、サレインノーツ楽士団側が有利になりつつあった。黒服の男はまだ楽機になれていないのか、時々マレットの変化タイミングを逃し、自身の演奏がブレるようになっていた。
『チャンスですね』
一気に流れを掴むべく、レイヤーがタクトに視線を向ける。
が、ここでレイヤーはまたしても判断ミスをしたことに気が付いた。
タクトが、野外演奏の経験のなさが出たのか、既に肩で息をし始めていた。
『そうか! 地下の劇場内では限られた空間しかないからそれほど音圧が必要ないけど、野外には音の反響がない! 相手に届く音を演奏するには、相当の息圧が必要だった!』
もちろん、黒服の男もそれに気が付かないわけがない。
「所詮三級楽士。珍しい楽機に溺れて実力が出しきれなかったか?」
再びマレットが輝く。相手も演奏がクライマックスに差し掛かろうとしている。空中を一振りした後のマレットは、それぞれ二股の形状へと変化していた。
(あれは…… 二重持ち!!)
だが、その変化は男の楽機に遮られて正面にいるレイヤーたちには見えていない。位置的に、それを確認できたのはカノンだけだった。
「さあ、終演と行こうじゃあないか!」
今から知らせようにも間に合わない。声に出しても、届くころには男の演奏が終わってしまう。
ならば。
カノンは右足を強く地面に叩き付け、大きく息を吸いこんだ。
『―楽機化―、開始!』
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