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「秘密さん、詳しく教えて。陛下が危ないってどういうこと!? どうやって知ったの!?」

 少年の幽霊に導かれて急ぎつつ、モードウェンは荒い息をつきながら問うた。少年は浮遊して先導しながら答える。

「毒だ。見舞いの食べ物に毒が仕込まれているのを見た。お姉さんも分かるはずだよ。害意が黒く纏わりついているんだから」

 幽霊も思念も同種のものだ。形を取っているか取っていないかという違いがあるだけだ。だから幽霊には思念が見える。厳密に言えばもっといろいろと異なるのだろうが――事実、昔のモードウェンは思念が見えたが幽霊までは見えなかった――、そこを突き詰めて考えている場合ではない。

「毒……!? 陛下は中毒からようやく完全に快復なさろうというところなのに……!?」

「同じ毒だ。犯人も同じだ。前回、僕は……止められなかった。この手も足も、もう現実には無いものだから……」

 少年が悔しそうに言う。

 そう、そうなのだ。幽霊は手足を持たない。幽霊を怖がる人は多いが、幽霊は実際の体を持っているわけではない。生きている人間を殺すのは、生きている人間だ。

 止められるのも、生きている人間だけだ。

「ネアーン伯爵。彼がユーティスを殺めようとしている。キースが死んでしまったから……同じ三児の父親として、三人の子が元気で立派に生きているユーティスのことがどうしても許せないらしい」

「伯爵が……!? それにあなた、キース様と面識があったのね!?」

「もちろん、幽霊になってからの彼とだけどね。もういなくなってしまったみたいだけど、おかしいな。彼には未練があったはずだけど」

「それ、私に託したからだと思うわ。第二王子への警告よね?」

「そうだね、それもある。でも全部じゃない。そりゃあ遠回しにしか言えないよね……自分の父親が逆恨みで第二王子と国王とを殺そうとしているから止めてほしい、だなんて」

「!?!?!?」

 走りながらモードウェンは目を白黒させた。

「ちょっと待って!? そもそもキース様が亡くなったのは毒のせいでしょう!? 同じ毒なら、それを盛ったのも伯爵よね!?」

「だから、逆恨みなんだよ。自分の息子を身代わりから解放したくて――当人はそんなこと、ちっとも望んでいなかったというのにね――息子の主君に毒を盛り、それを察知した息子が文字通りの身代わりになったことへの」

「!?!?!?!?」

 頭の中が大混乱だ。ただでさえ走りながらで息が上がって苦しいのに、落ち着いて考えている余裕などない。ひとまず少年の言葉を呑み込んで記憶と照らし合わせると、確かに違和感が解消される。

(キース様は言っていた……自分は身代わりになって毒殺されたのだと。犯人が殿下まで手にかけることは耐えがたいと。犯人を罰してほしいとは望まないと……)

 そして、違和感だ。彼の様子に感じた齟齬。

(死の間際の肉体的な苦しみを思い出しているのとは違って……精神的な苦痛を感じている、そんな反応だった気がする……!)

 誰に殺されたか分からないと答えたキース。彼が積極的についた嘘はそれだけだ。しかしそこに悪意はなく、ひたすらに第二王子を、すでに危地にあった国王を、そして彼の父親を……案じていたのだ。伯爵は神々の庭をよく歩いていたようだから、暗い思いにふける父親の様子をキースは何度も目にしたはずだ。何もできず、さぞかしつらかったことだろう。

 心残りが多すぎる。そしてそのすべてをモードウェンは暗黙のうちに託されていたのだ。……荷が重すぎる。

 優秀な従者だったはずの彼が不充分な情報しか伝えなかった理由がようやく分かった。彼は言える範囲で言葉を選ぶしかなかったのだ。もしかしたらモードウェンの霊能を当てにして、この少年から情報を得られるだろうことも計算に入れていたのかもしれない。自分の口から父親のことを言いづらいのはもちろんのこと、幽霊が見える稀な存在であるモードウェンに重い話をして逃げられては困る、そんな意図もあったかもしれない。悪意からではなく、必要に迫られて熟慮の上で、彼は言葉を選んだのだ。

 だったら、彼が語ったことだけでなく、語らなかったことにも意味があるはず。彼がどうやって身代わりになったのか……ヒントさえ貰えなかったが、モードウェンには説明する必要のないことのはずだ。

「お姉さん、頼んだよ。ユーティスを助けて」

 国王の部屋を前にして、少年の幽霊が掻き消える。これ以上は近付けないということだろう。

 そして扉の前に、ネアーン伯爵の姿があった。黒い靄の纏わりつく包みを二つ持ち、今しも部屋に入ろうとする彼の姿が。

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