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「そういうわけなの! まったくもう本当に、失礼にもほどがあるわ!」

 カイウスを強張った笑顔で見送った、もとい追い出した後。モードウェンはナフィとリーザを相手に盛大に愚痴っていた。憤懣を聞いてもらわないとやっていられない。

「ずいぶん殿下と仲を深められたのですね」

 ナフィの戯言は聞き流す。

「お嬢様……でも、殿下の覚えがめでたくなるのは悪いことではないのでは……?」

「リーザまでそんなことを言うの!?」

 リーザは少し首を傾げたが、続けて言った。

「高位の方とお近付きになることは、このウィア・サイキにおいて大きな力になります。お嬢様に野心がないことは知っていますが、お嬢様の身を守ることにもなりますし、ゼランド領にとっても……」

「リーザ!」

 ナフィが鋭く声を奔らせるが、リーザはまったく怯まない。

「……いつ、あんなことがまたあるか……分からないのですから……」

「リーザ……」

 モードウェンは手を伸ばし、自分よりも三つも幼い少女の頭を撫でた。王宮に馴染んではいるが、リーザもゼランドの領民だ。モードウェンが守るべき対象だ。それに……彼女の言い分も分かる。「あんなこと」が起きないように、起きても可能な限りの対処ができるように。モードウェンがゼランド領主の娘として王宮で存在感を発揮することは、悪いことではない。

「小さいあなたにまで、心労をかけるわね。不出来な主で申し訳ないわ」

「! いえ、そんな! そんなつもりじゃないんです! すみません、出過ぎたことを……!」

「いえ、いいの。正しい言い分だと思うわ」

 モードウェンがもっと強かなら、第二王子のかりそめの恋人状態をもっと上手く使うのだろう。厭うばかりではなくて。……だが、それは性に合わない。カイウスが苦手だからというばかりではなく――それはそれで大いにあるが――、どうしたって田舎者の自分には、いかにも王宮的な打算や駆け引きなどできない。

(でも……そうね。今の私は一応、第二王子殿下の恋人なのだものね。その中で……出来ることを探しましょうか)

 苦手な相手ではあるが、だからといってカイウスを助けたくないなどということはない。むしろ死なれたら寝覚めが悪い。それならもう、開き直って出来ることをするしかない。

「……とはいえ、手詰まり状態なのだけどね……」

 そんなことを言った、直後のことだった。


「お姉さん!」

 聞き覚えのある声が響き、宙に少年の姿が現れた。少し生意気そうな顔立ちの、金髪碧眼の美少年……の、幽霊だ。水妖の庭で会った幽霊が、なぜ今ここにいるのだろうか。

「あれ、秘密さん? どうしてここに?」

 彼は水妖の庭に憑いているものだとばかり思っていたが、違ったのだろうか。呑気に尋ねたモードウェンに、少年は焦った様子で必死に言い立てた。

「その呼び方……はどうでもいいから、来て! すぐに!」

「来て、ってどこへ? そもそもあなた、そんな自由に移動できるの?」

「できる。王宮全体が僕の行動範囲だ」

 モードウェンは目を見開いた。王宮そのものに憑く幽霊ということか。たしかに考えられることではあるが、規模が大きすぎて驚いた。彼はこの王宮内を自由自在に移動できるのか。

 それにしても、たいしてゆかりもないモードウェンの私室に出るのはそれなりに大変なはずだ。幽霊は私的な空間や人の多いところを避ける。生きている人の気配や思念の方が強いためだ。あまりに大勢の人のいるところなども、自身の存在が希薄になってしまうため、幽霊は本能的にそうした場所を忌避するものだ。幽霊の……というより、生き物であったものの本能なのだろう。自分の存在が消えてしまうことへの恐怖というものは。

 人や物に憑くのではなく、選択的にこの部屋を訪れたらしい少年にモードウェンは問うた。

「秘密さん、いったい何の用なの? それにあなたは……いったい何者なの?」

「そんなこと言ってる場合じゃ……いや、説明した方が早いな。僕はユーティスの身代わりだ」

 その名前は、貴族社会に疎いモードウェンでもさすがに分かった。国王陛下の御名だ。同名の者が他にいるのかは知らないが、身代わりを置くような者は王族しかありえない。

「国王陛下の……!?」

 ナフィが息を呑んだ。少年の幽霊はそちらにちらりと顔を向けたが、すぐにモードウェンに視線を戻した。モードウェンは慎重に言った。

「身代わりとして……亡くなった、ということね……」

「……あの、お嬢様……!? どうなさったんですか……!?」

 モードウェンの霊感を知らないリーザが困惑している。急に宙に向かって話し始めたのだから当然だ。モードウェンは短く制止した。

「ごめん。後で説明するから、控えていて」

 こうなっては誤魔化しも苦しいだろう。後で説明することにして、今は黙っていてもらう。どうやら「秘密さん」は相当に切羽詰まった状態にあるようだから。

 少年は頷き、早口に説明した。

「そう。僕は王家に近い血筋に生まれて、容姿が似ていたユーティスの身代わりとして仕えていた。死んだ今も、彼のことが気にかかって仕方ない」

 なるほど、とモードウェンは納得した。国王も幽霊を寄せ付けない体質だろうから、彼自身に憑くわけにはいかない。だから少年は、王宮に憑いているのだ。身代わりとして育てられ、ずいぶん幼くして亡くなったようだから、彼はたぶん王宮の外の世界を知らないのだろう。彼にとって、王宮は世界のすべてだったのだ。世界とするにはあまりに狭い、あまりに限られた、それでも子供の身ではあまりに広すぎる王宮が。

「では、あなたの心残りは……」

「ユーティスの身を守ること。彼が危ない。僕は、彼を助けたい」

「身代わりになって亡くなったのに?」

「思うところがないわけじゃないし、割り切れてもいないけど、彼に恨みはないよ。彼の代わりに死ねてよかったとは思わないけど、彼に死んでほしかったとも思わない。彼は、僕のただひとりの友達だから」

「分かったわ。助力する」

「ありがたいけど、話が早いね?」

 少年は不思議がっているが、助ける以外の選択肢などないだろう。少年が国王に悪意を抱いていないことは纏う白光で分かる。急いでいる中だが、彼の口からも害意のなさを確かめられた。充分だ。

 モードウェンは振り向いてリーザに言った。

「リーザ、第二王子殿下を探して、伝言をお願い。国王陛下が危ないと聞いたからお助けしに行くと」

 リーザは訳が分からないという表情だったが、緊迫感は伝わったらしい。余計なことを言わず、頷いて復唱した。それに頷き返し、モードウェンは部屋を走り出た。

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