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 そうして一週間ほどが過ぎ、事件の解明は進まず、しかし事態は好転した。国王がそろそろ起き上がれそうなくらい回復したというのだ。

 その話をカイウスから聞いたモードウェンは顔を明るくした。苦しんでいる人が良くなってきたというのは朗報だし、ましてそれが尊敬すべき国王陛下であらせられるし、何より、

(……陛下が快復なさってお披露目が終われば、私も王宮を出られる……!)

「……とか、考えているのではないだろうな。まだ事件は解決していないし、君を帰すわけにもいかないのだが?」

 思い切り水を差されてモードウェンは口を曲げた。

「考えを読まないでいただきたいのですが」

「読んだのは君の考えではなく表情だ。それはともかく、危地にある恋人を放り出して帰るつもりだったのか?」

「……その設定、まだ生きていたのですか……」

 往生際悪く言ってみるが、生きているに決まっている。そうでなければモードウェンは双樹宮に滞在し続けていないし、カイウスに遣わされた使用人からマナーまわりの教育を受けていないし、こんな王宮の中心部で王族がたと挨拶を交わす日常もなかったはずだ。……切に助けてほしい。そろそろ干からびて萎れそうだ。

「当然だ。利用しつくしてやる……じゃなくて、信用することにしたんだ。君を」

「不信感しかない言い直しなのですが? 私の霊能については信じるかどうか保留すると仰いましたが、他の何を信じると?」

 まさか人柄を買われたというわけでもあるまい。こんな陰気で取っつきにくい娘にそんなことを思うわけがないだろう。

「だから、君自身を、だ。君に協力を求め、情報を共有しても、裏切られないだろうと信用した」

「…………!?」

 カイウスのまっすぐな言葉と眼差しに、モードウェンは不本意ながら赤くなった。そんなことを言われるとは思ってもみなかった。……うすうす自覚はしているが、モードウェンは押しに弱い。

「…………第二王子殿下ともあろう方が、そんなに簡単に人を信用していいんですか?」

 憎まれ口を叩くが、心臓がばくばく言っている。

 いまさら意識したくはないのだが、モードウェンは交友関係が狭く、友人と呼べる存在がいない。ナフィとリーザはほぼ身内だ。社交も父や兄に投げてきたからわざわざ交友関係を結ぶ令嬢もおらず、令息に至っては言わずもがなだ。ほかに同年代どうしで親しく言葉を交わす相手など、幽霊くらいのものだった。

(……思い返してみるまでもなく、私、対人関係の経験値が低すぎる……)

 幽霊相手の経験は多いはずだが、だから何だ。この場で役に立つわけでもない。

 カイウスはきらきらした笑顔で言った。

「君が信用できることは、ちゃんと確かめた。君と会ってから、君のことをずっと見てきた」

(…………! やめてええ…………)

 極上の美貌にとびきりの笑顔を乗せて、そんなことを言うのは切実にやめてほしい。取り扱い要注意の劇物として遠ざけておきたい。モードウェンの苦手をいくつ重ねれば気が済むのか。こちらはもういっぱいいっぱいだ。

「君自身のことも観察したし、背景や交友関係についても調べさせてもらった」

「…………ん?」

 なにやら話の行き先が怪しい。

「交友関係については、ほとんど手間がかからなかった。普通の貴族であればあちこちと付き合いがあるものなのに、ゼランド家は弱小も弱小だな。有力な家との繋がりなんてないし、そもそも付き合い自体が極端に少ない。こんな家もあるのかと正直驚いた」

(そりゃあ、そんな有力な伝手があったら、キース様の警告を第二王子にどう伝えようかと頭を悩ませたりしなかったわよ……。兄が第一王子と知己だなんて知らなかったし。偶然に王女殿下の指輪を拾ったからきっかけを作れたものの、それがなければどうなっていたことか。……じゃなくて、なんか貶されていない……?)

 頬に感じていた熱がおさまってくる。表情がだんだん真顔に戻ってくる。

「背景についても全く心配なさそうだ。領地から連れてきた使用人の身元を直接確かめる時間はさすがに無いが、知りえた限りでは怪しい部分がないし、怪しい動きもない。他家と繋がっている素振りも一切見えなかった」

 モードウェンだけでなく、周りの人も調べたという話に、眉間に皺が寄っていく。

「こちらが把握した範囲でのお金の流れから見ても、不自然なところもなければ不透明なところもない。いや、お金を使わなすぎるところが不自然だと言おうと思えば言えるが。よくその金額で暮らしていたものだと感心さえした。普通の貴族であれば、あんな部屋には住めないし、住もうとも思わない。体面というものがあるし、我慢の限界というものもある」

 あからさまにモードウェンを、ゼランド家を貶しにかかっている。それなのにカイウスは笑顔のままだ。こちらも対抗して笑顔を浮かべるが、顔が強張っているのが分かる。

「……私はいったい、何を聞かされているのでしょうか? ゼランド家を貶めたいのなら、こちらにも考えがありますが」

「貶めるなんてとんでもない。認めているとも。それどころか、おおいに買っている。ゼランド家にも君にも、私に害をなそうとする意志も能力もない。だからこそ信用できる」

「………………」

 人柄を認めたとか、こちらの厚意に絆されたとか、そんな情緒的な理由ではなかった。

「……裏切ろうにも手段がない、可能性がない、お金がない。だから信用するということですか」

「その通りだ。もちろん、私を裏切る意志がないことも確かめたかった。この短期間ですべてを判断できたとは言い難いが、君はすがすがしいほど私を避けようとしていたからな。何か裏を抱えているなら、これ幸いと私に取り入ろうとするはずだ」

「裏も表もなく、殿下には近づきたくありません」

 モードウェンの即答に、カイウスは苦笑した。

「君の態度は一貫しているな。積み上げてきた自信がなくなりそうだ。ここまで私に靡かない女性はそうそういない」

 知ったことか、と声に出すのを堪えたモードウェンを、誰か褒めてはくれないだろうか。

(……でも、そうだわ。なにも一方的にやられるばかりでいる必要なんてないのだし)

 モードウェンははたと思いついた。カイウスがこちらを品定めするなら、こちらからも同じことをやり返せばいい。彼とともに行動する中で、彼を見定めるのだ。果たして彼が潔白なのか。信用に値するのか。

 もしかするとこれは、本来のお披露目に近いものかもしれない。国王陛下の前で貴族が忠誠を誓うというのは、必ずしも一方的な臣従の誓いではなくて、仕えるに値する主君であると認める行為でもあったのだ。

(私からも、彼を見定める。信用できるかどうか。状況に流されるばかりではなくて!)

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