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「……? これをどう使うんですか?」
思わず受け取ったものの、困惑してモードウェンは尋ねた。カイウスも困惑したように瞬く。
「どうって……上着は着るものだろう」
「それは分かります。ですが、着るためには殿下がお持ちでなければならないでしょう?」
「…………」
モードウェンの答えにカイウスが沈黙した。王子の上着は王子が着るためのものなのだから、何も間違ったことは言っていないと思うのだが。着せかけてあげればいいのだろうか?
カイウスは無言で上着を取り上げ、広げ、ばさりとモードウェンの肩にかけた。呆れとも感心ともつかない口調で言う。
「女性に上着を貸して、荷物を持たせたのだと誤解されたのは初めてなんだが」
「えっ……!? 貸すって、使うって、こういうことですか!?」
「むしろどういうことだと思っていたんだ? 恋人を寒空の下に連れ出したのだからこのくらいは当然だろう」
「恋人、って……」
その設定はまだ生きていたのか。まだも何もこれからそういう立場として連れ回されるのだろうから今更だが、二人きりのときにまで持ち出されるとは思わなかった。
カイウスがかけてくれた上着は暖かかった。上質でかっちりした作りのものだからという以前に、直前まで使われていたものだから当然、体熱で温められている。ほのかに爽やかな香りが漂うのは香水か何かだろうか。
「…………」
「おい、何を固まっているんだ?」
「…………いろいろと情緒が不安定で…………」
伯爵のこともまだ消化しきれていないのに、別の方向から心を揺さぶるのは切にやめてほしい。
「落ち着くまで待ってやりたいが、ともかくも戻るぞ。予想外の形にはなったが、当初の目的は果たしたからな」
そうだった。伯爵の反応を窺ったりキースの担当医の情報を得たりするのが目的だったが、目的以上のものを得たと言えるだろう。……状況がさらに錯綜した気がしなくもないが。
とりあえずこの場で考えるのを止め、上着が自分を温めてくれていることを考えるのも止め、モードウェンはカイウスの後を追って道を引き返した。
早く部屋に戻って落ち着きたい。そう思っていた時に限って、人に会う。
モードウェンは王宮の構造がさっぱり分かっていないので、移動経路はすべてカイウス任せだ。第二王子なのだから彼に任せておけば間違いはない。
その彼は金樫宮の庭からなるべく早く部屋に戻る道を選んだらしく――道中で話をするよりも、早く暖かい室内に戻って人の耳を気にせず話をしたいという思いはモードウェンも同じだ――、双樹宮の表玄関を通った。
そこにいたのが、プレシダとディーン、それに公爵だ。
「あら」
プレシダがモードウェンの肩に目を留め、面白いものを見たとでも言いたげな表情になる。モードウェンははっとした。カイウスの上着を借りっぱなしだった。
「違うんです、これは……」
言い訳をしたくなったが、恋人設定を否定するのはまずいだろうか。いやでもプレシダはモードウェンがカイウスに恋焦がれているわけではないことを知っているはずで、だから……
「これは姉上。義兄上も、義父上もお揃いで」
モードウェンが口をぱくぱくさせている間にカイウスが前に出た。その様子がいかにも恋人を庇うもののようで、プレシダがますます目を踊らせる。
「逢引きか? 若いな」
公爵までそんなことを言い出す。
(王宮、それでいいの……!?)
ちょっと開放的すぎないだろうか。第二王子の逢引きともなれば結構なスキャンダルだと思うのだが、こんなに軽く流していいものなのか。感覚の違いに気が遠くなる。
カイウスが爽やかに否定した。
「違いますよ。ちょっとそこでネアーン伯爵とお話をしていました」
「ああ、伯爵な。神々の庭でよく見かけるな。……あんなことがあったから、無理もないと思うが」
公爵が言う。あんなこと、というのはキースのことを指すのだろうが、それと神々の庭――石像が並ぶあの場所のことだろう――が何か関係あるのだろうか。散歩に適した場所ではありそうだが。
状況が分かっていないモードウェンにカイウスが説明した。
「少し前の夏頃に、彼の息子、私の従者だった者に不幸があってな。彼が元気だったときはあの場所でよく一緒にお茶をしたものなのだが……」
モードウェンが何も分かっていないていで説明をしてくれるが、もちろんこれは公爵たちに聞かせるためのものだ。彼がこちらに伝えたいのは、定例茶会があの場所で開かれていたということだけだろう。
(なるほど、あの場所で……)
それならキースがあの場所にいた理由も分かるし、伯爵がいた理由も分かる。……そういえばあの場所には、王女の指輪が落ちていたりもしなかっただろうか。
ちらりとプレシダに目を向けると、ばっちりと目が合った。にっこりと微笑まれた。……怖い。
「キースのことだな。いい若者だったのに、惜しいことだ。父親思いで、父親からも思われていて……彼が殿下の身代わりの従者でなければ、家族みんなでずっと領地で静かに暮らしていたいのにと伯爵は笑って話していたな……」
しみじみと公爵が言う。
「なるほど……。あまり野心のない方だったのですね」
「そうさな。私とは正反対だ!」
モードウェンの言葉に公爵はそんなふうに返し、自分の言葉に大笑いした。たしかに、気質からして真逆の二人だ。
そんなふうに会話が進むなか、公爵令息ディーンは特に何も言葉を発することなくプレシダの横に控えていた。物静かで、こちらはこちらで父親とは正反対だ。プレシダに穏やかな眼差しを向けており、彼女を慈しんでいることが伝わってきた。
プレシダもそんな彼に、ごく自然に寄り添っている。カイウスが彼を義兄上、公爵を義父上と呼んだことを考えても、彼が婚約者から王女婿になるのは時間の問題で、決定事項のようだ。王女が婿を取るのか、王女が降嫁する形になるのかは分からないが。
公爵は野心家のようだが、家族仲はよさそうだ。……この三人も容疑者であることを考えると気が重くなる。
モードウェンの気分が下向いたのを感じ取ったからでもないだろうが、カイウスは軽く挨拶をしてモードウェンを促した。もとより長話をするような場所ではない。ありがたく場を辞させてもらう。




