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普段のモードウェンは、墓守の仕事をはじめ、貴族令嬢として貧しい者にも治療が受けられるよう計らったり、時には自分でも医師や薬師の真似事をしたり、私腹を肥やす聖職者とやり合ったりと、それなりに忙しい。社交は父や兄に丸投げしてきたが、これでも貴族であり、義務として慈善事業に携わる身でもあるのだ。墓守を慈善事業に含めて憚らないのはモードウェンくらいのものだろうが。
自分が留守にする間のことは、引継ぎができることはして、できないことも影響が少なくなるように処理をして、必要なら王宮に使いを寄越すよう算段をつけて、その合間に――嫌々ながら――ドレスを仕立て直したりもした。
「お嬢様。何度でも申し上げますが、新しいドレスを注文なさるべきです」
侍女のナフィが腰に手を当てて、嗜めるような目でモードウェンを見上げた。
モードウェンは痩せぎすで背が高い。小柄で女性的な体つきのナフィとは正反対だ。巻き毛の金髪に碧眼、可愛らしい顔立ち、という点でも彼女はモードウェンとは大いに異なる。
緩く癖のある長い黒髪を無造作にまとめ、祖母のお下がりのドレスの仕立て直し具合を確認していたモードウェンは、思わずぼやいた。
「私より、ナフィがお披露目すればいいのに……」
「できるわけがないでしょう!? 何を馬鹿なことを仰っているんですか! 話を逸らそうとしたって、そうはいきませんよ」
ナフィは首を振り、容赦なく言葉を続けた。
「大昔の、それも弔事用のドレスを仕立て直して宮廷においでになろうなんて、馬鹿ですか。流行遅れどころか、もはや骨董品の域ですよ?」
「では、私も何度でも言うけれど。お金がない。買っても無駄。あるものを大切に使おう精神。どこにも、新しいドレスを買う理由なんてない」
「お金がないって……それはお嬢様が使ってしまわれるからでしょう! ……人々のためになるのだから、咎める筋合いなどないのですが……」
このゼランド領は税率がかなり低く、富の再分配についても当主アロードの目配りが届いているが、それでも細かなところで不足があったり、即応性に欠けることがあったりする。モードウェンは領主の息女として私的に割り当てられた資金のうちの結構な額を、そうした部分を補うために使っているのだ。
それでも、ドレスの一着や二着くらいなら、父に頼むなりすれば調達することはできる。それをしないのは、ひとえに無駄だと思うから。
「……せめて、弔事用はやめませんか?」
そう言うナフィに、モードウェンはわざとらしく目を見開いた。
「なら、結婚式用のドレスにする? ものすごく場違いだし、間違いなく顰蹙を買うけれど」
「極端すぎます! 何で花嫁衣裳を持ってこようとするんですか! お呼ばれ用のものとか、もっと他にあるでしょう!」
「ないわ。全て売ってしまったから」
「……そうでした」
気まずい空気を誤魔化すようにモードウェンは言ってみた。
「着倒して毛羽立った家庭用のドレスとか、土埃の染みついた旅装のドレスとかならあるけれど……」
「もっと駄目です! 変なものを着ていけば、家名にも傷が付くんですよ!? お嬢様ひとりの問題ではありません!」
「……領土は辺鄙で貧しい地域、位は男爵。アールランドの首都よりも隣国の首都の方が近くて、お父様も引退後は親戚を頼ってそちらに越すことをお考えだとか。吹けば飛ぶような男爵領はお兄様が継ぐか、親戚の誰かが持っていくか……誰も欲しがらないかもしれない。お兄様も結婚なさって子爵の位をお持ちだし、上がりがほとんどない領地なんてお荷物なだけだというご時世だし。男爵位だって、何代も前の当主が本家の跡継ぎ争いに敗れて、形ばかりの爵位を与えられて放り出された結果でしかない。そんな弱小にもほどがある貴族の家名に傷が付いても、だからどうなると言うの?」
「……もう! もう!」
ナフィは肩下までの金髪を振り乱して地団太を踏んだ。
「なんて口の減らない! 屁理屈をお捏ねになってばかりで、お館様のご心労が偲ばれますわ! 墓地をほっつき歩かれるのもよろしいですが、一生に一度のお披露目の義務くらいはお果たしなさいませ!」
「…………」
モードウェンの口が達者だというのなら、原因の一端はナフィにあると思う。罵倒しつつ敬語を忘れないなんて器用すぎる。その他の部分を盛大に間違えている気がするが。
短く息をついて、ナフィは不毛な議論を終わらせた。
「ともかく。新しいものを一着は仕立てていただきますわ」
「……社交の時期が目前で、どこの仕立屋も大忙し。領地内の仕立屋も、飾り甲斐のない私のドレスを作るより、金払いがよくて、作ったドレスを着こなしてくれて、今後につながる顧客の方を大切にするはず。私が王宮に行く機会なんて、今回きりなのだし」
理屈で返したモードウェンに、ナフィは射殺すような視線を向けた。
「今回きりなら尚更、必要ですわ。否とは言わせません」
「…………」
「黙ればいいというものでもありません!」
こうしてモードウェンはのらりくらりと躱し続け、王宮に行く日がやってきた。