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 その後、彼は迷った挙句、合同トライアウトに参加した。

 福の神に授けられたであろう魔力が一体どういうものなのか、多少の興味もあったし、どこかの球団から引き合いがあればそれこそもうけものだ。

 しかしその魔力とやらは一向に姿を現わさなかった。

 彼は別段球が速くなった訳でもなければ、コントロールが良くなった訳でもなかったのだ。

 その上「暴力魔」というハンディキャップまで背負っていた。

 だからテストの評価も低調で、残念ながら彼はどの球団からもお声は掛からなかった。

(福の神様は「今度こそお前さんの役に立つ筈じゃ」なんて言っていたけれど、結局何の役にも立たなかったな。もっとも僕には何の迷惑も掛からなかったけれど。でも冷静に考えると、僕の投げる球自体は大して変わらないと言っていた。そうすると、僕がテストに合格する道理なんてある訳がない。まあいいか。どうせダメ元だった)

 彼はそういう風に長々と自分に言い聞かせ、自分を納得させた。

 そもそも「魔法でプロ野球復帰」なんてアンフェアなことだ。だから、役に立たない魔法のことなど忘れてしまおう。彼はそう考えたのだ。


 それから彼は地元へ帰った。

 程なく彼は例の高校時代の野球部の仲間が作っている軟式野球チームの練習に顔を出した。

 結構ちゃんとした野球をやっていた。

 そこで彼は昔の仲間に「やっぱりプロの球はすげえや!」とか、「お前が投げてくれれば、俺たちのチームも来年は軟連のAクラス昇格間違いなしだよ」などと言われ、悪い気はしなかった。

 彼はこのチームでのんびりと野球をやろうという気分になっていたのだった。


 それからほどなく、そのチームでの最初の試合の日がやってきた。

 地元の新聞社主催の軟式野球大会予選だ。

 その日は雲一つない絶好の野球日和だった。もちろん彼はその試合で先発した。

 福の神は「田舎の草野球で投げる必要などないわい、わっはっは」などと言っていたけれど、結局彼は草野球のマウンドに立つこととなったのである。いいかげんな福の神もあったものである。

 さて、試合は一回の表。

 彼は二人のバッターを三振に取った。125キロくらいのまっすぐをストライクゾーンに通しておけば良い訳だ。

 彼にとっては何と言うことのない相手だった。

 ツーアウトランナー無し。それから彼はロジンに手を当て、三者連続三振じゃバックも退屈だろうと、後ろを振り返り「打たせるよ!」と、守っているチームメートに声を掛けた。

 バックを守っていた同級生たちが「さあ来い!」と返事をした。


 と、そのとき、彼はバックスクリーンの向こうから真っ黒い雲が猛スピードで押し寄せて来るのを見た。

(こいつは一雨来るぞ)彼は思った。

(早くこの回を終わらせて、ベンチで雨宿りだ…)

 それから彼は、三人目の打者をさっさとツーストライクに追い込んだ。

 そのときだ。その真っ黒い雲がグラウンドの上空へとやって来たのだ。たちまち辺りは皆既日食のようにうす暗くなり、それからはもうバケツをひっくり返したような土砂降りだった。

 一回の表、ツーアウトランナー無し、ノーボールツーストライクでゲームは中断した。

 全員ベンチに避難した。皆は通り雨だと思っていた。

 ベンチでは「今日はパーフェクトゲームだぞ」とか「敵さんのピッチャーはへぼだからこちらはめった打ちだ」とか、勝手なことをわいわいがやがや言いながら、雨の通り過ぎるのを待った。


 だがその雨はいつまで待っても全くやむ気配はなく、グラウンドは池のようになった。

 釣りとか田植えなら出来そうだが、もちろん野球など出来る筈がない。

 当然ゲームは続行不能で、審判はずぶ濡れになりながら、迷惑そうにホームベースの所まで走り、「ノーゲーム」を宣告した。

「残念だったな。お前の草野球初勝利はお預けだな」

 チームメートにそう言われ、彼はベンチで後片付けをしてからグラウンドの外に出た。

 ところが外に出てみると、驚いたことに大した雨が降った様子でも無かった。

 どうやら雨はグラウンド内限定の、いわば「局地的豪雨」だったのである。

 それに雨はとっくに上がっていて青空も見え始めていた。

 ただしグラウンドは「池」になっていたから、もはや試合は不可能だった。それで彼は、おとなしく世話になっている両親の実家へと帰った。

 

 ところが次の試合でも大雨が降った。

 一回の裏、彼が三人目の打者と対戦している頃から暗雲が立ち込め、やがて土砂降りとなったのだ。

 今度のグラウンドではワニが出てきそうな泥沼となった。今回も「局地的豪雨」でグラウンドの外は大した雨ではなく、やはり「ノーゲーム」後、雨はやんだがグラウンドはワニが出そうな泥沼だったから怖くて野球どころではない。

 もちろん、その日も彼はおとなしく実家へと帰った。


 だがその次の試合もそうだった。そのまた次の試合も、その次もその次も…

 そしてある試合。土砂降りのベンチで彼は考えた。

(もしかして、あの福の神様が授けてくれた魔力というのは、このことだったのだろうか? 要するに僕を雨男にしてくれたのだ。つまり僕が試合で登板したら大雨が降る。だから福の神様は魔界の気象予報士の資格を取ったり、豊作の神様の所で修行したりしたんだ。豊作の神様は「あめの何とかの神」とか言っていたし。それで僕が登板したら必ず土砂降りになり、試合はノーゲームになる。だけど、それが一体何の役に立つというのか。どうしてこんな魔力で僕がプロ野球で高い年俸を貰えるようになるというのか…)

 彼にはさっぱりわからなかった。


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