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 今や彼は300キロのスクワット、200キロのベンチプレスをこなし、バレーのスパイカーとしても、かなりの技術とパワーを持つようになり、地元のバレーチームからもお声が掛かり始めた。100メートルは十二秒台で走り、まあこの程度ではどこからもお声は掛からなかったが、一万メートルは29分台で走り、地元の駅伝チームからお声が掛かるようになった。また、トランポリンではスーパーバッヂテスト四段の腕前になり、地方のトランポリン大会ではたびたび入賞を果たしていた。

 とび職では足場の組み立て責任者として一人前になり、とび職一級の資格も取得した。また地元の工務店にも出入りし、棟上げ時には大いに活躍した。そして地元消防団でもその能力が重宝され始めていた。もちろん甚平さんの大根畑での「魔球スパイク」もほぼ完成していた。

 ついでに彼の手伝いで、甚平さんの畑は大豊作だった。

 だけど彼の目標はもちろん、「もう一度プロのマウンドに立つこと」だった。


「池乃下球場のマウンドで投げさせてください。理由は訊かないで下さい。僕はその場所限定で魔球が投げられるんです。本当です。だけどどうかその理由は訊かないで下さい。絶対に!」

 彼は魔界のパンタグラフを背負っている関係上、飛行機と新幹線には乗れない。すなわち彼は、いわゆる「高速交通網」からは完全に排除されていた訳だ。

 そこで彼は在来線の「寝台特急富士」を利用することにした。

 しかしこれとて「停電魔人」時代のリヤカー牽引自転車に比べれば、彼にとっては「夢の超特急」だった。いやいや寝台特急だから、もちろん彼はB寝台では夢の中だった。

 そして午前9時58分。東京駅の10番ホームに降り立った彼は、長旅を終えたEF66型電気機関車の、凛々しいブルーの車体の傍に立ち、数年前に買い直した、道頓堀に投げ込んだ携帯電話の後釜であるガラ携で、あのコーチと話をしていた。

 コーチの懐かしくて明るい声が彼の地獄耳に響いてきた。

「ほんまか? ほんまに投げられるようになったんか? ほんまやな。せやせや。やればできる! 何でもなせばなるや。はははっ。ええ、ついにやったんやな。わいも嬉しいわ。そうかそうか。わいわな、お前なら、絶対に出来る思とったんや!」

「はっ…、はい。ついにやりました」

「それにしてもごっつ久しぶりやなあ。今までどうしとったんや?」

「ずっとトレーニングに励んでいました」

「えらい! やっぱりお前はわしが見込んだだけのことはある。ようやったようやった。ほんまわい嬉しいわ」


 この年、コーチの所属する球団はシーズン、クライマックスシリーズ、日本シリーズと優勝し、日本一となっていた。

 監督、コーチ、選手、球団職員、そして球団オーナーも喜びの頂点にあった。実は彼がコーチに電話したのは、その優勝祝賀会の翌日のことだった。


 それから早速二人は池袋駅で落ち合った。寝台特急であまり寝れなかった彼と、優勝祝賀会翌日の二日酔い頭痛状態のコーチとが、硬い握手を交わした。

 そして池乃下球場へ。

 そしてグラウンドに着くや、早速マウンドへ…、いやいや、そのまえにベンチ前で肩慣らしだ。

 例によって肩はすぐに出来た。だけど300キロのスクワットや、その他、もろもろの訓練の効果か、肩慣らしの段階でもかなりの速球が投げられた。


 そしていよいよマウンドへ。

 彼がマウンドに立ち背筋を伸ばすと、パンタグラフが架線に届いているのがわかった。

 彼は一安心。

「いいですか。半端な球じゃないですよ」

「おう、望むところや!」

 そう言ってコーチはポンポンとミットを鳴らした。


 そして彼はセットポジションに構え、それから膝を深く折り曲げ、一度大きく沈み込んだ。

 一瞬パンタグラフが架線から外れるが(離線)これは想定していたことで問題はない。

 しかも架線から火花は飛ばない♪(VVVFインバータ、その他もろもろのテクノロジーの恩恵♪)

 そしてスクワットや、もろもろのトレーニングで鍛え上げた脚力を使い、遠い昔の昭和時代、鹿児島県の内之浦から打ち上げられた「ラムダ4S型ロケット」を髣髴とさせる、およそ60度の仰角で、彼は一気に空中へと舞い上がった。

 その瞬間、彼の背中に電力の供給を感じた。パンタグラフが再度架線に触れたからだ。

 彼の体に力が漲った。

 しかもトランポリンやとび職の技術を生かし、彼は空中でも安定した姿勢を保つことが出来た。


 そこから先はバレーのスパイクだ。

 彼は空中から腕を振り上げ、コーチの構えるミット目がけ腕を振った。

 すると普通では考えられないような高い位置から放たれた急角度の剛速球が、コーチの構えるミットに吸い込まれた…

 それからややあって、彼が地面に降り立つや、コーチはマウンドへ駆け寄り、彼と抱き合い、涙を流した。

「やったやったついにやったな。ええ、お前ならきっと出来る、思うとったで」

「ええ、ついにやりました!」

「ワ~~~」

 突然ベンチから歓声が上がった。他の選手たちも練習のため球場に来ていたのだ。

(酔い覚ましも兼ねて…)


 それから主力打者たちが次々と打席に立ち、彼の魔球を体験した。

 そして日本一を成し遂げた山賊打線も、考えられないような急角度の剛速球に次々と三振に仕留められたのだった。

 それから全員がマウンドに集まり、彼を胴上げした。

 さすがに四度目ともなれば、胴上は手慣れたものだった。


 そしてさらには連絡を聞きつけた監督や他のコーチらも二日酔いの頭痛を抱えてやって来て、彼の魔球を確認。監督も太鼓判を押した。

 ちなみに例のコーチは監督にこんな話をしていた。

「何でもあいつは、この池乃下のマウンドでだけ、あの魔球が投げられるそうですねん」

「そりゃまたどうして。よそじゃだめなの?」

「監督さんも御存知のとおり、奴はかつて水魔人やったでっしゃろ」

「ああ、そうだったみたいだね」

「とにかく奴は、何やら不思議な念力やら魔力やらがあるのですわ。せやから、わいもようわかれへんけど、ともかくここのマウンドでだけ、あの魔球が投げられるちゅうんですわ」

「へぇ~。よくわかんないけど、そのへんはいいよ。うちに手薄な中継ぎで使える」

「ところでわし、ようわかれへんけど、思うにあいつ、池袋駅の電車の架線から電力供給を受けとんちゃうかとふんでますねん。電力供給を受けて、剛速球の魔球ですわ」

「何だって?」

「というのはでんな。実は三年ほど前、奴は一度ここで剛速球投げる言うて、わしんとこ来たんですわ。そしてここのマウンドで投げようとしたんですけどな。上手くいかへんで。そしたらその直後、埼京線で電車が止まったんですわ。ほんまでっせ。せやから奴は架線からの電力供給を受けるために、この球場にこだわ…」

「おまえ何言ってるんだよ。そんなバカな話があってたまるか! おまえさん、酔っぱらっているのか? 優勝祝賀会では大活躍だったからな。わっはっは」

「それもそうでんな! わい、豪快に二日酔いですわ。わっはっは…」

 

 後で判明するのだが、この魔球はちょっとした、いや、かなり深刻なトラブルを引き起こすことになる。

 しかし魔球を完成し、喜びの頂点にいた彼自身はもちろんのこと、日本一になりやはり喜びの頂天の上、二日酔いの頭痛を抱えていた全選手、コーチ陣、監督でさえも、誰一人そのことを予測出来てはいなかったらしい。



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