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 彼は犬の散歩で「お取り込み中」だったが、とりあえずうんこをしそびれた哀れな犬を家まで連れて帰り「かあちゃん、こいつ、うんこしなかったぜ!」と言って、母にリードを手渡すと、電天様の元へ取って返した。

「一体どうしたんですか?」

「今すぐ一緒に…」

「どこへ?」

「魔界のキャッシュコーナーじゃ」

「魔界のキャッシュコーナー?」

「わしの友人がピンチなのじゃ」

「ピンチ?」

「わしらのバンドで、サイドギターをやっちょる奴のことなのじゃが…」

「サイドギター? ああ、たしか紺色の肌、赤い目、とがった耳、裂けたような口、とがった歯、とがった爪そしてコウモリの様な羽を持って持った人でしょ?」

「おおそうじゃ。よく知っておるのう。じゃが、あいつは人じゃなくて、あくっ……いやいや、魔人の一人なのじゃ」

「あ・く…まあ、だいたいわかりますけどね」

「まあそれでじゃ。何でも奴は、MP製作所の営業をやっとるらしいのじゃが、大きな契約に失敗してのう。大変な損失を出してしもうたらしいのじゃ。なんでもお得意様からMP120スペシャルを大量にキャンセルされてしもうて、このままじゃ奴はクビじゃ」

「そりゃまた大変ですね」

「それだけではないのじゃ。今奴は営業をやっておるが、以前はパンタグラフの開発をやっておってな。MP100ならまあ技術者と名が付くものなら、たいがい作ることは出来るのじゃが、ことMP120に関しては、作れるのは魔界では奴だけなのじゃ」

「そうなんですか」

「ああ見えても奴はじゃな、物凄い技術を持っちょるらしい。魔界の魔人国宝級なのじゃ!」

「へぇー、そうなんですか。じゃあ、そのキャンセル品、ぼくに安くわけてもらえないかなあ」

「何を悠長なことを言っとる! 奴はピンチなのじゃ。それに魔界の慣例でキャンセル品は全て完全に破壊されてしまう」

「どうして?」

「ようわからんが、人間用のパンタグラフは、電車と違って完全なオーダーメードらしいのじゃ。じゃから顧客一人一人にぴったり合うように作られておるから、お前さんに安く分けてやる訳にはいかんらしいのじゃ」

「らしい…、そうなんですか」

「じゃが一個だけ、お前さん用に作りかけたパンタグラフがあるらしいんじゃ」

「らしいねぇ。だけど本当ですかぁ?」

「本当じゃ。あ~、本当らしい。じゃが、奴がクビになれば全てはおしまいじゃ」

「どうしてです?」

「あまりにも損失が大きいもんで、おそらく奴はクビだけではすまんじゃろう」

「というと?」

「下手をすると魔人免許をはく奪されるやもしれぬ」

「魔人免許?」

「そうじゃ。そしたらお前さん用に作りかけのMP120スペシャルも、決して決して、あ~、完成することはないであろう」

「そうなんですかぁ…」

「じゃから頼む。奴を助けてやってくれんか。それに、お前さんも池乃下球場で剛速球を投げたいじゃろう。そうすれば急いで職を探す必要もない」

「今日、僕が職を探すって、よく知っていましたね」

「そんなことどうでもよろし。とにかく奴を救ってくれ。頼む!」

「でも、僕が彼を救えるのですか?」

「そうじゃもちろんじゃ」

「どうやって?」

「あ~、今すぐMP120スペシャルを前金で注文する」

「前金で?今すぐ?」

「そうじゃ。なんせ奴は大量の損失を出しておるから、MP120スペシャル一機でも前金で受注できれば、しばらくは奴の首もつながるらしい。そのあいだにほかの注文も取れば…、あ~、たぶんお前さんの知り合いの投手なんかにも欲しがる奴がおるのじゃないか?」

「…」

「まあいい。とにかく今日中に前金で受注できれば奴は何とか急場をしのげるというのじゃ。じゃから頼む。奴を救ってくれ」

 それから彼は電天様に手を引かれ、と思った瞬間、どろんと煙が上がった。


 空間移動は茶室に行って以来だ。

 今度は街だった。

 街には違いないがとにかく魔界の町だ。看板の文字なんかはちんぷんかんぷん。でもここがキャッシュコーナーかなと思うような場所に、電天様はそそくさと入っていったので、彼も続いた。

 中には洗濯機のような機械があった。

 でも、どう考えてもコインランドリーのような場所とも思えないので、彼はやっぱりキャッシュコーナーだろうと思った。

 さて、それから電天様はポケットからきゅうりのように曲がった、緑色でイボイボのついた物体を取り出し、そのいぼいぼをいくつか押すと、その「きゅうり」を耳に当てがった。

 そしてしばらくして、いきなり電天様は誰かと話を始めた。

「あ~もしもし。デーモン君かい…」

 どうやら「きゅうり」は魔界の携帯電話だったようだ。


「前金の準備が出来たよ」

 それから電天様は目の前の機械のフタを開けた。するとそこにはキーボードのようなものがあり、そしてフタの裏側はモニターになっていた。そしてパソコンのマウスのようなものが、どこかに繋がっていた。

 でもマウスというよりは、吸盤の付いた電極みたいな感じだった。

 電天様はデーモンと「携帯きゅうり」で話をしながらキーボードを操作していた。それから彼に名前と生年月日を言うように告げた。

 彼は嫌な予感がしながらも、操られるように自分の名前と生年月日を言った。

 すると電天様はそのキーボードに訳の分からない文字を入力した。そしていきなり彼にシャツを脱ぐように言った。

 彼はますます嫌な予感がしたけれど、やはり操られるようにシャツを脱いだ。すると電天様はマウスというかその電極を彼の心臓の辺りにポンと当てがった。


 ややあって、そのモニターに何やら訳のわからない波形(心電図?)が写り始めた。

 それからしばらくして、モニターの中央には四角に囲まれた、これまた訳のわからない赤い文字が出てゆっくりと点滅し始めた。

 そして電天様は、携帯きゅうりでデーモンとかいう奴に、「送金するよ」と言って点滅している赤い文字に手を触れようとしていた。


 前金でMP120購入。

 キャッシュコーナー。

 携帯きゅうり(電話)で相手(デーモン=悪魔?)とのやり取り。

 彼の胸に電極。

 モニターに心電図のような波形。

 点滅する赤い文字。

 そして今まさに電天様は、その文字に触れようとしている。

 よりによって「送金するよ」と言いながら…


(一体全体何を「送金」するのだろう。僕の心電図? もしかして僕の心臓? 心臓は「心」。心は魂…、そうか! 悪魔に魂を取られる!)


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