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それから彼は片方の鼻緒が切れた高下駄を両手にぶらさげ裸足で堤防の道を歩いた。片方は鼻緒が切れていないから履けるが、そんなことしたら、ぴょこたんぴょこたんして歩きにくいことこの上ない。
それで両足とも裸足になったのだ。石ころがちくちくと彼の足のツボを刺激して、痛いようなくすぐったいような不思議な感覚だった。彼はその感覚に少しだけ身もだえしながら、ひょこひょこと堤防の道を歩いた。
そして歩きながら彼は考えた。
(僕の魂を売って特注のMP120を付けてもらう…、魂を売ったら僕、どうなるのだろう? 魂の無い僕が池乃下球場で剛速球を投げる。まあ剛速球はいいとして、魂の無い僕は、それで幸せなのだろうか? いやその前に魂の無い僕が投げる球は、きっと魂のこもっていない球の筈だ。そんな球、簡単に打たれてしまうのではないだろうか? やっぱり没だな。それに何だかいやな予感がする。だって「魂を買う」のは、ふつう悪魔とかじゃないだろうか。電天様は福の神だ。そもそも、福の神は人に福をもたらす神だ。だから悪魔とは正反対の存在の筈だ。それなのにMP120の代金として魂をよこせと。電天様は悪魔と付き合いがあるのだろうか? もしかして、悪魔にだまされているのでは…)
それから彼は一旦家へ帰り、足を洗ってから靴下を履いて靴を履き、ちょっと偵察でもしてみようかと、電天様のいるらしいウーロン茶女子大へと向かった。
学園祭をやっていてロックコンサートの音が響いていた。
ベースとドラムとエレキの音。
(エレキ? 自分がそこへ行ったら停電して、エレキが音を出さなくなってしまうのでは…)
いやいや、彼はもうその魔力からは解放されていた。だけど彼はいまだにトラウマになっていたのだった。電気のことを考えると身がすくんでしまうのだ。
身がすくむので彼はコンサート会場に抜き足差し足近寄った。
そこではどこかのグループがハードロックを演奏していた。
大学生とは思えない。それどころか、人間とも思えないような連中だった。
彼が近づいてよく見ると、その中に電天様がいるのがわかった。あとは七福神の面々…
恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁才天、福禄寿、寿老人、布袋だ。
それと、もう一人。
紺色の肌、赤い目、とがった耳、裂けたような口、とがった歯、とがった爪そしてコウモリの様な羽を持っていた。
(こいつが悪魔か?)
彼は思った。
その悪魔らしき人というか魔人というか、とにかくそいつはサイドギターを担当し、ドラムを叩いている電天様の隣にいた。
曲はピンクフロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐」という曲に変わり、最初は紅一点の弁天才が演奏するシンセサイザーが出す宇宙的な音と、恵比寿の迫力あるベースの演奏だった。
その間、暇そうな、その悪魔らしきそいつは電天様に何か耳打ちしていた。
彼は親から授かった地獄耳を生かし、その悪魔のしゃべる言葉を聴き取ろうとした。
しかし、恵比寿の演奏するベースの大音響が邪魔で、しかも途中から電天様がドラムを叩き始めたこともあり、彼らが何を話しているのかさっぱりわからなかった。
でも、何か嫌な感じだった。
演奏はまあまあだったので、彼はそのあと何曲か聴いた。
大黒天と毘沙門天と弁天才がそろって前へ出て、インド音楽を演奏したのは、なかなか聞きごたえがあった。
そして彼は宝船が出る前に、電天様とは話をせず家へ帰った。それから彼は考えた。
(MP120なんか付けてもらわない方がよい。剛速球のことは潔くあきらめよう。そしたら電車に悪影響を与える心配もない)
そんなことより彼はバイトではなくて、ちゃんとした職を探そうと考えたのだ。
翌朝、彼は張り切って早起きした。
まずは親孝行にと、ビニール袋とスコップを持って犬を散歩に連れて行くことにした。
実家で飼っている犬だ。
この犬は散歩コースの中に、うんこをするスポットが数箇所あるのだが、日によっていろいろとややこしい掟(内部規定)があるらしくなかなかうんこの場所が決まらないという習性があった。
しかも気が小さいためか、場所が決まったはいいが途中で少しでも物音がすると警戒しておしりを上げてしまうという悪癖もあった。
一度、彼が散歩をさせていた時など日向灘のはるか沖を航行する船の「ぼーっ」という汽笛がかすかに聞こえた時でさえ、うんこを中断してしまった程である。
犬の聴覚は彼の地獄耳のさらに上をいったのである。
ともあれさんざん迷った挙句、ようやくその朝のうんこの場所が決まったようだった。
犬は腰をかがめた。
彼は手にビニール袋とスコップを持ち、し終わるのを待ち構えた。
その瞬間、バンバンバンというけたたましい音とともに煙が上がり、まあ彼にはこういう場合に誰が現れるのか容易に想像はついたのだけど、犬のほうはあわててお尻を上げてしまった。
しそびれてしまったのだ。
うんこを…
「大変なのじゃ。急いで来てくれ!」
もちろん電天様だった。




