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「やけに風流な住処じゃのう」

「はいはいはい。そりゃあもう酷いもんで」

「わしの魔法のせいで、えらい迷惑を掛けたのう」

「はぁ」

「はた迷惑さは、さほどでもなかったようじゃが、お前さんには甚大な迷惑を掛けてしもうたな。水魔人の比ではなかったわい。わっはっは」

「そう言っていただければ、多少は気が済みます」

「悪かった悪かった。それでな。実は新しい魔法を考えたのじゃ。それを昨夜お前さんに掛けた。じゃから今日は凄い球が投げられたじゃろう」

「凄い球? そうだったんですか」

「いや、昨夜わしが来たとき、お前さんはぐっすりと眠っておったから、起こすのは悪いと思うて、それでこっそりと魔法を掛けて帰ったのじゃ」

「僕が眠っている間にこっそり?」

「それにお前さんがまたドーピングとか何とか難いこと言いそうじゃったから、『お試しに』と魔法を掛けてみたという訳じゃ」

「お試しの魔法?」

「そうじゃ。ともあれ、凄い球が投げられたじゃろう?」

「はぁ、それは確かに」

「ところが前の魔法が完全には消えてなかったのじゃ。じゃから、まだ少し停電しおる。いわゆる『瞬電』というやつじゃ。瞬間的な停電で電気がちらちらする。瞬電はIT関係にも良くない」

「瞬電? そうか。福の神様は電気にお詳しかったですよね。たしか魔界の電気なんとかかんとかとかいう資格を…」

「そうじゃ。実は、わしはあれから人間界の工科大学の電気工学科に、お忍びで通うたのじゃ」

「工科大学に、お忍びで?」

「その上、人間界の『電気主任技術者』の資格と、さらに工学士の学位も取ったのじゃ。どうじゃ凄いじゃろう?」

「凄い!…でも、その格好で大学に?」

「いや、そのときは学生風にGパンにTシャツ姿じゃ。まあ髪とひげはこのままじゃがな」

「ああそうですか」

「大学祭ではロックコンサートにも出たのじゃ。七福神全員とわしで、ああ、『ザ・八福神』というグループを作ってのう」

「それは凄い」

「宝船も出してやったのじゃ。それで会場は騒然じゃ。わっはっは」

「ずいぶん有意義な時間をお過ごしになったのですね」

「そりゃぁもうわっはっは」

「あ、そういえば例の魔法のピッチングフォームのスーツを持って帰って、魔界の草野球で使ったのでしょう。どうでした。忍者のチームに勝ちましたか?」

「それがダメじゃった」

「どうして?」

「奴らはスーツに対抗して、金縛りの術を使うてきたのじゃ。スーツがフリーズしてしもうた」

「スーツがフリーズ?」

「固まったのじゃ。もう使い物にはならん」

「ああそうですか」

「それはまあいい。さてさて、それではちょっとの間じっとしておれ。まず停電魔人の魔法を完全に消去してしんぜる」

〈デンキガキエル消去ウラガコウアツセンノシタディナギティマカイノパンタグラフディカイリキカイリキゴウソッキュウ……〉

「これで停電魔人の魔法は完全に消去した。じゃからもう停電はなしじゃ」

「それはありがとうございます!」

「その上、新しい魔法をインストールし直した」

「魔法を…、インストール?」

「新しい魔法を掛け直したということじゃ。この魔法はわしが工科大学に通っておる間に考えついたのじゃ。そこで身に付けた電気の知識を生かしてな」

「電気の知識?」

「そうじゃ。実はこれは高圧線からの電力供給を受け、そのエネルギーで150キロの剛速球が投げられるという魔法なのじゃ。お前さんの背中に魔界のパンタグラフを取り付けたのじゃ」

「魔界のパンタグラフ?」

「そうじゃ。そのためにわしは人間界の工科大学を卒業後、魔界の鉄道会社にしばらく就職しておった。その間、パンタグラフ制作会社の魔人とも知り合いになってのう。で、わしのアイディアを話したら『それは面白いですね!』と言って、早速人間用のパンタグラフを作ってくれたという訳じゃ」

「ところで、そんなことしたら僕、感電しませんか?」

「その心配なら無用じゃ。そもそもパンタグラフが付いておるからといって、電車が感電したなどという話を聞いたことがあるか?」

「電車が感電? はぁ~、それは…」

「まあ安心いたせ」

「はぁ」

「ちなみにわしは魔界の電車の整備士の資格も取ったのじゃ」

「そんな資格まで…」

「ともあれ、これで150キロの剛速球投手じゃ」

「あ、だけどそれ魔法のピッチングフォームと同じで、ドーピング!」

「そう言うと思うてわしは昨日お前さんにこっそり魔法を掛けたのじゃ。どうじゃ、凄い球が投げられたじゃろう?」

「それは凄い球だったし、投げていて気持ち良かったですけど…」

「そうじゃろうそうじゃろう」

「でも、ドーピング!」

「そう難いこと言うな。お前さんはわしの間違った魔法で酷い目に遭ったのじゃ。それに水魔人で稼いだ金は、ほとんど親父さんの借金に当てたのじゃろう?」

「でも僕は豪華なマンションに住めたし高級車も…」

「あんなもん思い切り普通の普通の中流じゃな。それとも今までのホームレス生活が普通と言うのか?」

「そりゃまあ…、でも、この生活も慣れると結構楽しかったです」

「しかしいつまでもこんな生活をしとると、いつか体を壊すぞ。じゃからこれからは文化的な生活をするがよい」

「…そうですよね」

「それにこれからは150キロ出るし、まあドーピングドーピングと難いこと言うな。ちっとはいい思いもするが良い。まあ、150キロは『高圧線の真下限定』じゃがな」

「高圧線の真下限定?」

「あたりまえじゃ。パンタグラフが付いとるのじゃ。電車と同じじゃ」

「電車と同じ…」

「電車は架線、つまり高圧線の下でしか走れん。電車がサハラ砂漠やら月面やらを爆走しておったら不気味じゃろう?」

「でも月の砂漠を電車が走るなんて、カッコイイ!」

「訳のわからんことを言うな。ともあれ、高圧線の下限定の150キロなのじゃ」

「ところでパンタグラフって、僕のどこに付いているのですか? そんなもの見えませんけど」

「パンタグラフといっても魔界のやつじゃ。見える訳がない」

「そういうもんなんですか」

「あたりまえじゃ。ともあれこれでプロ野球に戻れるぞ。剛速球投手誕生じゃ。わっはっは」

「でも…ドーピング!」

「難いこと言うなと言ったじゃろうが。お前さんはまだ親父さんの借金を返しただけじゃろう。もう一稼ぎして親父さんの家を綺麗にしてあげて、そして親父さんに楽をさせてもばちは当たらん。お前さんも酷い目に遭った訳だし、少しくらいいい思いしても誰も文句は言わん!」

「はぁ」

「はぁじゃない。他人事みたいに! それに『はぁ』は気が抜けると前にも申したではないか!」

「はぁ。すみません」

「何も謝ることはない。わっはっは」

「ところで、どうして僕にいろいろと世話をやいてくれるのですか?」

「それも前に話したぞ。わしは福の神じゃ。お前さんを幸せにするのがわしの仕事じゃ」

「僕を幸せに…」

「そりゃまあ、わしも魔法を間違えたりして、お前さんを酷い目に遭わせたこともある。本当にすまんことと思うておる。じゃからなおさら、お前さんを幸せにしたいのじゃ」

「僕を幸せに…」

「それにじゃ。実はわしは電気関係の資格をいっぱい取ったので、魔界の大王から、聞いて驚くな。『電天様』という称号を頂戴したのじゃ」

「そうですか。それはおめでとうございます。電天様!」

「それにじゃな。このパンタグラフ作戦が上手くいけばわしは何と七福神の準会員にしてもらえるそうじゃ」

「ということは、お互いの利害が一致したという訳ですね」

「それを言うと実も蓋もない。まあよいではないか。わっはっは」

「でも、パンタグラフ作戦と言っても、やっぱりドーピングだから…」

「お前さんも律儀な奴よのう。まあ、お前さんのそういう所をわしは気に入っとるのじゃが」

「はぁ」

「はぁじゃない! とにかく親父さんに楽をさせるのじゃ。その為の剛速球と思え。いいな!」

「…」

「難しい顔をするな! いいな!」

「…わかりました」

「よし! それで良い。で、わしはこれから女子大でコンサートをやるのじゃ。わしは忙しいのじゃ」

「そうなんですか」

「まあいい。それでは君の成功を祈る。なお、わしはただちに消滅する」

 どろん!


 とにかく高圧線の真下限定で150キロの剛速球が投げられるらしい。

 彼の目には見えない、「魔界のパンタグラフ」とやらを付けてもらったからだ。

 それで彼はその日、強豪チームとの「死闘」を繰り広げることが出来たのだった。ひとまず彼の謎は解けた。

 それにしても福の神、いや、電天様は摩訶不思議、というか、奇妙奇天烈な魔法を思い付いたものだ。

 パンタグラフで剛速球だなんて…

 しかも剛速球といっても、それは魔界のパンタグラフの力、つまり高圧線からの電力で投げた剛速球に過ぎない。はっきり言ってドーピングだ。

 そんなことをして自分がプロ野球で活躍出来たとしても、それは不正なことである。


 それに電天様は〈これでプロ野球に戻れるぞ。剛速球投手誕生じゃ〉なんて能天気なことを言っていたけれど、プロ野球でマウンドの真上に高圧線があるような球場なんてありゃしない。

 つまり「不正」であり、なおかつ「不可能」なのだ。

 やっぱりプロ野球に戻れる訳がない。

 彼は落胆した。

 だけど電天様は「もう停電しない」とも言っていたことを思い出し、それには感謝したい気持ちになった。(ともかく一歩前進だ。やっぱりありがとさん。電天様)

 それから彼は通常の「文化生活」に戻ることが出来た。停電しなくなったからだ。それで、彼の仕送りで借金の無くなった実家に帰り、以前のように両親と一緒の暮らしを始めた。

 実家では借金取りからの電話の音が彼の地獄耳に入ることも無く、彼は心静かに過ごすことが出来たし、停電もしないので飯ごうではなく電気釜で飯は焚けるし、冷暖房もあるから暑さ寒さもの心配もない。家の中では蚊の襲撃に悩まされることも無ければテントのように雨漏りの心配も無い。それに停電しないのでコンビニでも何でもバイトが出来た。

 とにかく彼は電気のある生活の有難さが身に染みたのだった。

 それとホームレス生活時代の経験からお年寄りの家の草取りでも農作業の手伝いでも、はたまた雪下ろしの経験から屋根に積もった火山灰降ろしさえも、彼は器用にこなすことが出来た。

 彼は以前よりも逞しく生きていくことが出来たのだ。


 それから彼は定期的に同級生の草野球チームで投げた。もちろん高圧線の真下では豪速球…

 だけど、高圧線の真下で150キロの剛速球を投げ、強打者をきりきり舞いさせればさせるほど、彼は「この剛速球をプロで試してみたい」という思いに取りつかれていった。

 元社会人野球の強打者たちをきりきり舞いさせた、あの剛速球をプロ野球のマウンドで投げてみたい…

 確かにそれはドーピングで不正なことかも知れない。それは百も承知だ。

 だけど、剛速球で強打者をねじ伏せるというのは、投手なら誰でも一度はやってみたい夢だ。それに電天様も言っていたように彼の父に楽をさせる為にも一シーズン、いや数試合でもいいから、プロであの球を投げてみたい。彼がそう思うのは、無理からぬことではないだろうか…

 だけど、それが投げられるのは河川敷のグラウンドのうちでも、高圧線の真下にある一か所だけだ。

 だからそこでプロ野球が開催でもされない限り、その「投手なら誰でも一度はやってみたい夢」は、たんなる「夢」に終わってしまう。

(やっぱりかなわぬ夢などあきらめ、まじめにバイトをやって家計を助けよう)

 彼はそう思い、バイトに精を出し、時に剛速球を投げた。

 そんなある日、彼は新聞である計画を知った。


東京の球団を経営する鉄道会社、池袋駅地下に巨大開発を発表

同駅地下にドーム球場を建設するというもので、アクセスも最高

ドームの真上を電車が走るが、騒音や振動は十分に抑えられるという

 

 ドームの真上を電車が走る! 電車は普通、高圧線の下を走る。パンタグラフで高圧線から電力をもらって走るからだ。

 つまり彼が「あり得ない」と思っていた「真上を高圧線が通る」というプロ野球の本拠地球場が現実味を帯びたのである。

 そしてそれを知った彼は、居ても立ってもいられなくなってしまったのだった。



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