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 それから福の神は消えた。と、突然、彼の部屋の電気も消えた。

「ありゃりゃ、もう停電しちゃったよ」

 彼はつぶやいた。

 福の神の話では彼が登板するとドームが停電する筈だった。停電し、そして試合はノーゲームになる。理屈から言えば水魔人と類似した効果が期待できる訳だ。

 そして、それでしばらくはそれで食いつなごうという目論見だったのだ。

 ところが早速停電だ。

 まだ登板なんかしていない。

 困った。

 福の神は彼に〈もちろんお前さんにも大した迷惑は掛からんと思うが〉などと、能天気なことを言っていたけれど、早速彼に迷惑が掛かってしまったじゃないか(怒)。

 いいかげんな福の神もあったものだ。


 そこで彼はトイレ横の収納に置いてある「災害セット」のリュックを出すことにした。

 これまでさんざん大雨を降らせた手前、かどうかは分からないが、彼は結構几帳面な所があり、しっかりと災害に備えていたのだった。

 それで彼はそのリュックから懐中電灯を取り出しスイッチを入れた。だけど点かなかった。

 電球が切れているのか電池がダメになっているのか。

 彼は几帳面だから電球も電池も予備を持っていた。しかし両方取り替えてもダメだった。

 接触が悪いのか。

 それから彼はスイッチの接点をごしごしとサンドペーパーで磨いたり、しゅーっとCRC556のスプレーを使ったりしたが、全くダメだった。

(なんじゃこら。ならば、ロウソクだ!)

 そう思った彼は、今度はリュックからマッチとロウソクを出した。

 さすがにロウソクは灯ってくれた。


 それから彼は、その明かりを頼りに部屋の中を移動しながら、ふと窓の外に見ると他の建物はちゃんと電気が点いていた。

(ありゃりゃ、ここだけか。それじゃブレーカーだ!)

 ところが、風呂場の入り口近くにあるブレーカーは切れていなかった。

 いくらパチパチやってもダメだった。

「これやあかんわ!」そうつぶやくと、彼は潔く電気のことはあきらめ、出掛けることにした。

 実は彼は腹がへっていたのだ。

 つい先程までは戦力外にされ、絶望的な気分に浸りマイナス思考へと暴走中で、飯どころではなかった。

 だけど今度は「停電魔人」か何かわからないが、多少の希望が見えてきたとたん、腹がへってきたようだった。


 そこで彼は買出しついでに、近所のファミリーレストランにでも行くことにした。

 それで彼はロウソクの明かりを頼りにコートや財布やその他いろいろな物を探し出し、その火を吹き消すとコートを着てドアを開けた。

 するとやはり廊下の電気は点いていた。

「やっぱりな。うちだけか」彼がそうつぶやいてからドアの外に出ると突然廊下が停電した。

 そう思ったら今度は彼の部屋の電気が点いた。

「なんじゃこら! でもまあ、助かった」

 彼はそうつぶやいて、また部屋の中に入った。

 ところが彼が入ると部屋が停電した…と思ったら廊下の電気が点いた。

「ありゃりゃ! やっぱり出掛けるか」

 彼がそうつぶやいて、また外に出たら廊下が停電し、部屋の電気が点いた。

(何と!)

 また入ると部屋が停電した。廊下は点いた。

 また廊下に出ると部屋が点いて廊下が停電した。

 部屋に戻ると廊下が点いた。

 廊下に出ると部屋が点いた。

 廊下に出ると部屋が…

「もういい!」

 彼は叫んだ。

 そして彼は誰が何と言おうと(太陽が西から昇ろうと、いやいや、たとえ太陽が超新星爆発しようと)豪快に「出掛ける!」という決意をした。


 それから彼は停電したマンションの廊下に出ると、夢遊病のように手を前に伸ばしゆっくりと前進した。

 少し進むと、どしゃんとエレベーターのドアに衝突した。そこで手探りにボタンを押すとエレベーターのドアが開き中は明かりが点いていたが、彼が入るといきなり停電した。

 それで彼はドアに挟まれないうちにあわてて廊下に出ると、電気が点いて静かにドアが閉まり、エレベーターはそのままどこかの階へと姿をくらました。

 そこで彼は健康的に階段を使うことにした。もちろん階段の電気も消えた。

 それで彼は手すりにつかまりながら、ゆっくりと階段を降りた。

 彼が住んでいる四階から三階に降りると四階の廊下は電気が点き、三階が停電した。二階に降りると三階が…


 やっとの思いで駐車場に着いた。

 だけどその頃には彼の目は十分に暗順応が出来ていて、あまり不自由はなかったようだ。

 早速彼はポケットから1500CCの少し高級な乗用車のキーを取り出し、キーレスエントリーのボタンを押したが、車からハザードランプの「返事」はなかった。

 もちろん彼がドアノブを引っ張ってもドアは開かなかった。そこで彼は昔ながらに鍵を差し込んでひねり、ドアを開けた。

 するとルームランプが点いた。だけど彼が車に乗り込むとすぐにランプは消えた。


 それからシートに座った彼は、それでも僅かな期待を込めてキーを差し込んでひねった。

 だけど計器類のランプが点かない。

 もちろんセルモーターなんて豪快に沈黙していた。

(何と、車も停電だ! ならば携帯でJAFを…)

 でも彼の携帯の画面は真っ暗だった。

「畜生、携帯も停電だ! べらぼうめ!」とうとう彼は怒り狂った。

 それで彼は車を降りると乱暴にドアを閉め、それから持っていた携帯を力いっぱい投げた。


 だけどその前に何回か左腕をぐるぐると回し、肩を作った。それは投手としての彼の本能的な行動だったのだ。

 ともあれ彼の肩は出来た。そして彼は力の限りその携帯を投げた。

 すると携帯は見事なスピンを利かせ手裏剣のようにひゅるひゅると風を切って飛んで行き、ビルの間を抜け、数秒後、120メートル程離れた道頓堀からボションという鈍い音がした。


 しかしそれでも怒りが収まらない彼は発作的に自分の少し高級な乗用車を叩き壊そうと考え、適当な大きさの鉄パイプか何かが転がってないかと、駐車場をうろうろとした。

 すると運良く(悪く?)廃品のような、へこんだ金属バットが転がっていた。彼はそれを拾うと自分の車に近づき、その金属バットを振り上げた。

 と、その時、十八階のベランダから、「まあ、あの人、何をしているのでしょう?」という、ひそひそ話が彼の地獄耳に入り込んだので、彼ははっと我に返り、振り上げたバットをそっと降ろし、そしてそれを粗大ごみ置き場まで持って行き、静かにそこに置いた。


「夜中に金属バットで車を叩き壊す!」


 仮にもそんなことをしようものならせっかく「水魔人」の件でうやむやになっていた「暴力魔」という彼に対する世間の「誤解」が復活してしまう。

 彼は自分の地獄耳に感謝すべきだったのだ!

 それはさておいて、いずれにしても彼は一つの決断を下した。

(もう頭に来た! 歩いてファミレスだ!)


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