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特別な日

作者: 鳴宮琥珀

「ヒーロー」に出てきた沖田翼と赤羽舞菜のお話です。

 俺、沖田翼(おきたつばさ)と、赤羽舞菜(あかはねまいな)の出会いは高校一年生の時だった。

 女の子が大好きな俺は、持ち前のコミュニケーション能力を生かして、高校入学から遊びまくっていた。反対に赤羽舞菜はクラスの中でも中心にいる存在だけれど、どこか謙虚さがあって、遊んでいそうな見た目(派手髪ピアス)なのにそういう噂は一切聞いたことがなかった。女の子たちに聞いても、舞菜には嫉妬の感情すら湧かないと言っていて、非の打ち所のない女の子というイメージだ。正直言って俺の好みではなかった。隙のない女の子は相手にならないから。だから絶対に好きになることはない、そう思っていたのに…。









「舞菜…」


 目の前で泣いている女の子を、俺は今すぐに抱きしめたかった。舞菜が悠佑と何を話したのかは分からないけれど、舞菜にとって笑える結果ではないことは目に見えていた。


 誰が悪いわけではない。誰も悪くないから辛いのだ。この俺の行き場のない気持ちも。




 舞菜が悠佑のことを好いているのは、大分前から気づいていた。それくらいには俺も舞菜のことを目で追いかけていた。でも悠佑が樹のことを特別に思っていることも、俺は分かっていた。姉たちのおかげか、周りを見て気遣う能力はそれなりに高くなっていたからだ。




 二年生になって同じクラスになった悠佑(ゆうすけ)(いつき)(うた)遥人(はると)。この四人と一緒にいるのは居心地が良かった。元々誰かと行動を共にすること、ましてや男子とここまで仲良くなることなんてなかった。大体は、妬まれるか、話しても浅く広い関係を築くかのどちらかだった。それに不満を抱いたことはないし、俺はその方が楽だと思っていた。でもそれは俺の勘違いだと、四人といると思えた。




 悠佑と樹は出会った時から空気感が特別な感じがした。二人の間だけに感じる壁というか、二人にしか分からない空気感みたいなものがあるように感じた。だから、二人から付き合うという報告を受けたときも、特に驚きはなかった。(悠佑から話を聞いていたのもあるけれど。)大事な友達の恋が実ったという喜びの半面、舞菜の気持ちを考えると胸のあたりがちくちくした。






 舞菜の気持ちに気づいた時、ああ俺は無理だと察した。悠佑を好きになる気持ちはよく分かる。優しくて、自分より周りのことを考えられる、誠実で可愛くて、一途なところもいい。だからこそ、ダメだ。俺と悠佑は真逆なんだ。舞菜の好きなタイプに俺は少しもかすらない。少し前までは、それでよかったはずなのに…




 行事で、授業で、休み時間で、何となく気になって目で追っていた彼女は、思ったよりも完璧じゃなくて、それがますます俺を惹きつけた。悠佑を見る舞菜の表情で、自分の中に嫉妬という感情があることを初めて知った。




 一年の時は、からかいのつもりで舞菜に絡んでいたのに、話すうちに彼女の良さに気づいて惹かれていく自分に動揺した。俺が話しかけると舞菜はいつも嫌そうな顔をするくせに、なんだかんだ俺の話を聞いてくれて、たまに笑ってくれる。舞菜の笑顔を見ると、胸が締め付けられて、愛おしい気持ちを知った。


 これが恋だと知りたくなかった。よく恋愛で落ち込んでいる姉たちの気持ちが、今なら痛いほど分かってしまう。このどうしようもない感情は、女の子と遊んでも発散できなくて、むしろより俺の心を苦しめた。








 ある時、悠佑に言ったことがある。


「いいな、俺も悠佑みたいになれたらな…」


 それはつい口からこぼれ出た言葉だった。こんなこと言うなんて俺らしくない。なのに、悠佑は不思議そうに、そしてほほ笑みながらこう言ったんだ。


「翼は翼だよ。翼のいいところ、僕は知ってる」


 この言葉を聞いて、あーやっぱり悠佑には敵わないな、と思った。こんなセリフを純粋に言える悠佑を尊敬した。でもそれと同時に、俺は始める前からすべて諦めていることに気づいた。だって、悠佑のせいにすれば今の自分自身を否定しなくていいから。もし舞菜に拒まれたら、そう考えたら怖いから。言い訳をして、逃げていただけなんだ。


 俺の性格じゃ舞菜には好かれないと分かっていたのに、少しでも改善しようとしないで、いつかは俺を見てくれるかもしれないなんて期待だけ胸に抱いて、かっこ悪すぎる。悠佑のように好きになってもらう努力もしないで、こんなの悲劇のヒロインぶってるただのダサい奴だ。俺の中で糸がほどけた瞬間だった。


(頑張ろう。舞菜に好きになってもらえるように、まずは俺が頑張るんだ)


 女の子と遊ぶことをやめた。これで全てが洗われるわけではないけれど、一番にすべきことだと思った。悠佑達は驚いていた。でも理由を話すのはもう少し先にしようと思った。体育祭での舞菜の様子から、そろそろ悠佑に告白をするのだと察したからだ。少し前から舞菜なりに悠佑にアピールしていたが、悠佑は自分のことには鈍感なので全く気づいていなかった。




 体育祭から二週間がたったころ、舞菜が悠佑を呼び出した。ついに来たかと思った。今から起こることを考えると、胸が痛くなる。悠佑に話しかけられたけれど、ちゃんとした返事を返せなかった。自分はどうするべきなのか、それだけを考えていた。


 ひとまずトイレに行った後、ゆっくりと下駄箱に向かった。このまま帰ることはできないけれど、かといってどこにいればいいのかも分からなかった。




 下駄箱には樹が立っていた。悠佑が来るのを待っているのだろう。俺に気づいた樹は少しだけ表情を変えて、すぐにいつもの無表情に戻った。悠佑といると表情が和らぐけれど、いない時は大体こうだ。いい奴なのは分かっているけれど、いまいち何を考えているのかは分からない顔。黙って樹の横に立つと、樹がこちらを向いて口を開いた。


「翼、赤羽さんを待つのか?」


 樹を見上げると、何を考えているのか分からない顔で首をかしげている。


「もしかして……気づいてる?」


 自分の気持ちを隠してるつもりはなかったが、分かりやすい態度も、とらないようにしていた。が、どうやら樹は察しがいいらしい。


「何となくは。そう聞くってことは、そうなんだな」


 俺の問いに樹は頷いた。


「うん、まあね」


 そうして、二人の間にしばらく沈黙が流れる。その間に樹と翼の前にはたくさんの生徒たちが横切って、下駄箱で靴を履き替えて出ていく。下校する生徒たちのピークを越えると、下駄箱は大分静かになる。


「…どうすればいいのかな、俺」


 いつもと違う俺の様子に、樹は少しだけ驚いたような表情を見せた。そしてしばらく黙って考え込むと、もう一度翼の方を見た。


「翼は…翼なりに行動すればいいよ」


 悠佑と同じようなことを言う樹に、思わず笑みがこぼれた。このカップルは、考え方までも似ているのか。全く羨ましい限りだ。


(俺は俺なりに、か)


 笑った俺を樹は不思議そうに眺めていた。そこからはお互い何も話さずに、しばらく二人で立っていると悠佑が階段から降りてきた。悠佑は俺がいることに驚いていたが、俺は二人に別れを告げるとすぐに階段を上り始めた。




 まずは俺たちの教室に向かったが、人はいなかったし鞄もなかった。だが舞菜は必ず校内にいる。トイレに行っていたらさすがに見つけられないけれど。二人で話せそうな場所を考えながら、校内を歩く。すると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。そこは、かつて俺と悠佑が二人で話した屋上に続く階段だった。




「舞菜……」


 俺の声に、後ろ姿がぴくりと動いた。


「何でっ……いるの…」


 肩を揺らしながら、震える舞菜の声が聞こえた。泣いている。俺らしく、舞菜と向き合うと決めたけれど、どう声を掛けたらいいのか分からない。


「…………翼は気づいてたんでしょ。私の気持ちも、悠佑くんの気持ちにも。面白かった? 叶うはずのない相手に必死になって、無駄に頑張ってる私。…ははっ……ばかみたい…だよね」


 次の瞬間、俺の身体は自然と動いて舞菜の腕を引っ張り、抱き寄せていた。これ以上、彼女の言葉を聞いていたくなかった。俺の好きな子を、こんな風に言ってほしくなかった。


「面白いわけないし、舞菜はバカでもない。……頑張ってたよ」


「………」


「大丈夫、俺がいる」


 俺の行動を拒むわけでも、受け入れるわけでもなく、ただその場に立ちすくむ舞菜を、俺はさらに強い力で抱きしめた。


 俺の気持ちが伝わればいい。今、あの言葉を言うのは、振られた舞菜の弱さにつけこむようでできなかったけれど、せめて行動だけでも自分がどれだけ舞菜を大切に思っているかが伝わってほしかった。こんな時でも自分のことばかり考えてしまう俺は卑怯だ。


 俺の腕の中でひたすら涙を流す彼女は愛おしかった。この日は、泣き止んで落ち着いた舞菜を家まで送り届けた。




 翌日のお昼ご飯の時間に、四人に俺の気持ちを伝えた。悠佑と詩は、それはもう驚いていたが、樹と遥人は何かを察していたようにお互い目を合わせて笑っていた。




 舞菜は、笑っていた。悠佑にもいつも通りに挨拶をして、まるで何事もなかったかのように友達と話していた。でも、時折見える愁いを帯びた表情に、昨日の涙を思い出させた。







「今日の日直は、赤羽だけか…。大変だったら、友達にも手伝いを頼めよ」


 朝のホームルームで担任が言った言葉を、俺はチャンスだと思った。それはあの出来事から一週間ほどたった日のことだった。ここで舞菜を手伝えば、一緒にいられる時間が増えるし、アピールもできて一石二鳥だ。舞菜が先生に頼まれた仕事を、俺は積極的に手伝った。


 放課後の仕事も俺が引き受けると言うと、舞菜の友人たちは「舞菜に変なことするなよ」という釘を刺して帰っていった。俺は、相手の合意もなしに変なことはしない、と心の中で突っ込んだ。そして教室には、俺と舞菜の二人だけが残った。まさか二人きりになれるなんて、最高だ。


「翼、こっち」


 一人で幸せをかみしめていると、舞菜に呼ばれた。彼女の隣の席に座って作業を始める。俺と舞菜は三年間同じクラスだというのに、隣の席になったことは一度もなかった。作業している舞菜の横顔を眺めていると、彼女が怪訝そうな顔でこちらを見た。


「…何?」


「いや、舞菜と隣の席だったらこんな感じなんだなぁって思って」


「馬鹿なこと言ってないで早く手、動かして」


「はーい」


 舞菜に言われたとおりに、黙々と作業を始めた。しばらく沈黙の中でお互い作業をしていたが、今度は舞菜が翼の方を見て口を開いた。


「翼……好きな人できたでしょ」


 思わぬ発言に、心臓が激しく高鳴った。


「え…?何で?」


 動揺を悟られないように、軽めに返事をする。


「最近、女の子と遊ぶのやめてるでしょ。本命ができたって噂されてるから」


(何だ、そういうことか……)


 舞菜は俺の気持ちに気づいたのではなく、周りの噂を聞いてそう思ったということだ。つまり、舞菜は俺に全く興味がないのだろう。分かっていたことだけれど、辛いものは辛い。俺がため息をつくと、舞菜は不思議そうに俺を見た。いつもは可愛いその表情も、今は鈍感さに腹さえ立ててしまっている。


(早く……気づけよ)


 心の中でそう思っても、彼女には伝わらない。それどころか、こんなことまで言い出した。


「私なんかに気を遣わなくていいよ。あの場に居合わせたの、気にしてるなら私はもう大丈夫だから」


「……は?」


 まさか俺があの日、あそこにいたのが偶然だとでも言うのか。こんなことを言われたら、さすがに俺の中でも思うことがある。


「つまり…舞菜は俺がこうやって手伝ったりするの、迷惑ってこと?」


 声色から俺の苛立ちが伝わったのか、舞菜は少し怯えたような顔をした。


「め、迷惑とかじゃ…、でもこうしてるところを好きな子に見られて、誤解されたら嫌でしょ?無理して私を手伝わなくても……」


「ははは、舞菜ほんとに全然分かってないな」


 思わず呆れた笑いがこぼれる。


「え…?」


「俺があの場に居合わせたこと、本気で偶然だと思ってるの?」


「…???」


 舞菜の頭の上に、はてなマークが浮かんでいるのが目に見える。ここまで鈍感だと、さすがに心配になってしまう。わざとなんじゃないか、遠回しに俺を拒んでいるのかもしれない、そんな気持ちも頭をよぎったが、俺の口は止まらなかった。


「探してたんだよ、舞菜を!」


「……な、何で…」


「そんなの、俺が舞菜を好きだからだろ!」


 柄にもないことを、大声で言ってしまった。俺らしくないし、かっこ悪いなとも思ったけど、後悔はしていない。


 目の前の舞菜の顔が見る見るうちに赤く染まっていくのを見て、俺でも彼女をこんな表情にさせることができるのだと嬉しかった。そして、一度深呼吸をした俺は、もう一度舞菜を真っ直ぐに見て、こう言った。


「…好き、舞菜が好きだよ」


 動揺する舞菜の横で、急いで自分の分の作業を終わらせると俺は立ち上がった。


「じゃあ、俺帰るから」


 教室の扉の前で振り返ると、硬直した彼女と目が合った。


「これからはどんどんアピールするから、俺のことも考えて。今日、送れなくてごめん…気をつけて帰って。また明日」


 そう言い残して教室から飛び出し、下駄箱まで一直線に走った。息が上がって、顔が熱くなっているのが分かった。






 次の日から、舞菜が気まずくなる隙を与えないくらいアピールを始めた。とりあえず休み時間のたびに彼女に絡みに行った。(前からそうだったけど。)舞菜は困ったような、照れたような顔をして俺の話を聞いてくれる。可愛いとか好きとかは軽い言葉にならないように、でもできるだけたくさん伝えるようにした。


 まだ時々、彼女が悠佑の方を見ているのを俺は気づいている。でも……今はそれでいい。






 そんな日々が続き、あっという間に卒業が近づこうとしていた。俺と舞菜は推薦合格だった。大学は違うし、舞菜が推薦だということも知らなかった。


 俺は、推薦がとれるまでそれなりに勉強もやっていたので、受験組の友人に勉強を教えたり、初詣にお守りを買ったりと冬休みは過ぎていき、三年の自由登校期間が始まった。俺は時々、舞菜と電話をしたりしていた。内容はなく、ほとんど世間話だ。




 そして、二月に一大イベントがあることに、俺は緊張していた。これまでそれなりに、舞菜との信頼関係は築けていたはずだ。だから、もしかしたら……という希望を持っていた。そのイベントの数日前に電話をしたとき、俺は思い切って彼女に聞いてみた。


「あ~あのさ………バレンタイン、作るの?」


「え?……あぁ…」


「もし作るなら、俺にも友チョコ欲しいな~なんて…」


 本命が欲しいとは言えなかった。いつもは軽口で言えていることなのに。電話越しなのに心臓はバクバクで、自分の声が遠くに聞こえる。




「………今年は、友チョコは作らないんだ」



「…えっ。あ、そう…なんだ」



 舞菜の解答は予想外で、それからの会話は覚えていない。電話を切った後も、しばらく呆然としていた。姉たちにも何事かと笑われたくらいだ。






 数日後、俺は手続き諸々のため学校に登校していた。職員室で担任と話して、手続きをし終えて下駄箱に向かうと、そこには舞菜が立っていた。




「…舞菜?」


 俺の声に彼女が振り向いた。マフラーを巻いているが、口からは白い息が漏れている。鼻の頭が赤くなっていて可愛い。


「誰か…待ってるの?」


 問いかけると、舞菜は恥ずかしそうにもじもじし出した。


「これ、あげる」


 舞菜が差し出したそれは、丁寧に可愛くラッピングされた箱だった。それが何なのか、俺はすぐに分かった。


「え?でも、友チョコは作らないんじゃ…」


「うん、作ってないよ」


「……え、まって、ん?…そういうこと?」


「うん、本命」


「っ⁉」


 俺が答えを出す前に、舞菜がはっきりとそう言った。マフラーを口まで上げた彼女の手は、絆創膏がたくさん貼ってあった。一所懸命作ってくれたのが、痛いほど伝わってきた。恥ずかしくなったのか、舞菜は後ろを向いてさっさと歩き出してしまった。その背中に、俺は声をかける。



「だっ…大事にする!チョコも、舞菜も」



「ん、…チョコは早く食べなよ」


 振り返らずに舞菜は言った。彼女の耳が真っ赤になっていたのは、きっと寒さのせいじゃない。


 舞菜に追いつくように小走りで、横に並んだ。






「…手でも繋いで帰る?」


 俺の提案に舞菜はそっぽを向いたまま、


「やだ」


 と答えた。しかし俺側にある手はポケットに入れずに、そのままぶら下げてあるのに俺は気づいてしまった。







「顔、赤いよ」



「……寒いから」


「確かに、手冷たいもんね♡」


「……うるさい」




 この日、凍えるほど寒かった日、初雪が降った。今日は俺の中でも特別な日になった。


 きっと、一生忘れることはない。

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