EP2 えっ子供もつらいの? -マインドマップ作成と課題解決-
退屈で重たい時間が流れていた。病室の天井はいつ見ても真っ白で、目を閉じるたびに、目覚めたばかりの混乱した瞬間が蘇る。
経験や記憶は42歳のそれを引き継いでいるものの、脳や精神は16歳に戻ってしまっている様だった。以前と比べて、冷静な判断や構造的な情報分類が苦手になっているのを感じていた。
七瀬川としての俺の死の真相、ななせを襲った人間についての情報、高校生としての社会生活への適応。特に今は考えるべき事が多すぎる。
俺はマインドマップを作成して現在の状況を整理することにした。こういった場合、一旦ChatGPTに情報をメモリーしてもらい、それをマークダウン形式で出力、Mapifyでマインドマップ化を行う。作業自体は5分も掛からない。
この1週間にあった会話をまとめて振り返ってみよう。
1.医師との会話
看護師が去った後、最初に訪れたのは医師だった。
「渋谷くん、検査の結果をお伝えしますね」
50代くらいの医師は、無表情ながらも穏やかな口調で言った。医師の顔はやや志村けんに似ていたが、非常に知的で喋りはだった。バカ殿ではない。
「後頭部の打撲による頭蓋骨骨折。他にも数箇所に不全骨折。一時的な心肺停止がありましたが、現在は安定しています。脳機能に異常はないので一時的なものを考えられますが、記憶に混乱について現在はどうですか?」
実際のところ、脳裏には異質な「42歳」の記憶が離れない。
が、それを話せば検査が長引くだけだろう。
「そうですね、、怪我をした以前のことがあまり思い出せなくて」
「時間の経過とともに回復する可能性が高いですが様子を見ましょう。ただ、しばらくは絶対安静が必要です。退院まで少なくとも1ヶ月はかかるでしょう」
俺は、医師の言葉を淡々と受け止める。記憶については、自分の中で点と点を繋ぐ必要性を強く感じた。
怪我についても16歳の体が悲鳴を上げているのは明らかだった。状態を考えると、医療的な情報も整理する必要がある。
2.母親との会話
次に訪れたのは一人の中年女性だった。俺より少し年下だろうか?年齢の割にかわいらしい印象だが、どこか疲れた表情を浮かべたその女性は、俺の「母親」らしい。
「ななせ、大丈夫? まだ痛む?」
ななせは高校の寮で生活しているらしく、顔を合わせたのは半年ぶりだという。母親の口からは他の家族について語られることはなかった。
彼女の声は優しさと困惑が入り混じっていた。面会時間いっぱいまで甲斐甲斐しく面倒を見てくれたが、俺は微かに頷くだけでほとんど話はできなかった。まさか息子の中身がおっさんに入れ替わっているなどと知ったらどれほど悲しむだろうか。
意外なことがひとつあった。ななせの母親は見舞いのりんごを剥いてくれたのだが、これがななせの好物である事を[俺]は覚えていた。
知識としてではなく、身体が覚えているといった方がいいだろうか。りんごを口に入れた瞬間。過去にもこんな事があったような気がした。
人間の記憶は脳だけでなく、全身の細胞や神経にも記録されているという仮説を思い出した。確かあれは一種の疑似科学だったはずだが、記憶が入れ替わってる状況を考えれば疑似科学どころかオカルト話でもバカにはできない。
「面会時間終わりだからまた明日ね。ななせ、大丈夫? 何も覚えてないの?」
心配そうな母親に対して俺は頷いた。笑顔のひとつも見せようと思ったがうまくいかなかった。
そういやお袋、どうしてるかな?俺も母親とは何年も会っていない。
3.片瀬との会話
その次に訪れたのは片瀬だった。
「ななせくん、元気そうで良かったよ!」
彼女は笑顔を見せた。怪我の後遺症で記憶がないフリをして学校のことや身の回りの事についていくらか話を聞く事ができた。
俺は学園の寮で暮らしているらしいこと。片瀬とは中学からの友人であること。事件当日は試験前で、放課後一緒に勉強する約束をしていたらしい。だがななせは約束の場所に現れなかった。
「事件の日に起きたことで何か思い出すことはない?例えば僕の様子がおかしかったとか」
片瀬はしばらく考え込んでいたが、静かな声で話しはじめた。
「ごめん。はっきりした事は言えないんだけど、、ななせくん少しだけ変だったかもしれない」
「変って、具体的にはどんなこと?」
「わかんない。ななせくんいつも何も話してくれないから、、考え込んでるような気もしたけど、ななせくんいつもそういう所あるし」
なるほど。いつも通り変なやつだったと。俺は事件について少しでも情報が欲しかった。
「何も思い出せないな。勉強の約束をサボって俺は誰か、例えば犯人と会ってたんだろうか?」
「わかんない、、けど」
「けど?」
「もしかしたら吉岡さん達のグループかもしれない」
片瀬は明言することに抵抗があるようだが、内心ほぼ確信しているようだった。吉岡という名前には当然ながら覚えはない。
「いつも意地悪してる子達だよ。ターゲットを見つけて無視するように命令するの。みんな怖くて逆らえない。暴力を振るわれたって子もいる。」
片瀬は声を震わせながら続けた。
「私も二学期に入ってから急に無視されるようになって、それで靴とか教科書を隠されたりするようにもなった。学校に行くのも嫌になって、、後からそれが吉岡さん達の[命令]だってわかった」
変わらないな。いじめってのはいつの時代も。
「ななせくんが代わりに怒ってくれて、くだらないことするなって。それで、、」
なるほど、どうやらそれでいじめの矛先が俺に向いていたってことか。
「もし吉岡さん達が犯人なんだとしたら。私ぜったいに許さない」
それは意外なほど強い意思を感じさせる言葉だった。
片瀬は大人しい印象ではあったが、それだけに思い詰めたら危うい激しさを秘めているようだった。
しかし、物を隠す程度のいじめの延長でこれほどの大怪我になるだろうか?
なんにせよ片瀬に妙な行動を起こさせるのはまずいと思い、世間話で気を紛らわせてその日の面会は終わった。
4. 友人たちとの会話
「な゛な゛な゛せ゛ぇーーーーー」
泣き叫びながら病室に飛び込んで来たのは、寮で同室の宮原だった。
「お、おでぇ、、おばえがしんじゃったかとおぼってぇえええええ!!」
宮原は顔中の穴という穴から何らかの液体を吹き出しながら絶叫し、泣き止むまで数分かかった。
「思ったより元気そうでよかった。それで、記憶に問題があるというのは本当なのか?」
対象的に大人びて冷静なのは佐々木だ。
宮原より頭ひとつ背が高い。とても落ち着いたトーンだが、切れ長の目には深い心配の色が浮かんでいた。やはりななせの事は心配してくれているようだった。
「そうなんだ、、正直言うと君たちが誰なのかもわからない。医者はじきに思い出すって言ってくれてるけど」
「えぇええ!俺のことも覚えてないのがよぉおおおお!!」
再び泣き出す宮原。忙しいやつだ。茶色がかった柔らかい髪とも相まってトイプードルみたいな印象がある。
「まだ治療中なんだ。焦る事はないさ。当分の間は人の出入りがある場所で治療に専念したほうがいい」
佐々木は犯人がわかっていない事の危険性を理解しているようだった。宮原はうんうんと頷いているが、佐々木の言葉の含みには気づいていない。
「そうだ!退屈だろうと思って持ってきたんだぜ。本とかいろいろ!あとななせの教科書とかも。ななせがいないから今回の中間テストはぼろぼろだったんだぜ。早く戻ってきてくれよな!」
片瀬もそうだが、ななせは勉強の面ではずいぶんとあてにされてたらしい。
「ありがとう。宮原、もしかして事件の日も僕は一緒に勉強する約束してたのかな?」
「うん、朝家を出る時は夕飯のあと部屋で英語の復習をするって言ってた!」
「そうか、、」
少なくとも事件当日も朝の段階では夜までに帰宅予定だったわけだ。
「ななせは今回の中間試験は免除になっているから学校の事はとりあえず心配するな。期末の論文提出だけ間に合えば留年はせずに済むって話だ」
佐々木は担任との連絡役になってくれているようだった。おかげで俺はななせの学校生活について情報を得る事ができた。
「そういや論文ぜんぜん手をつけてないや、、やばいなあ。このままじゃ俺一人だけ後輩になっちゃうかもしれない」
宮原が言うには学園では期末までに提出する論文課題がテスト以上に重視されているらしい。生徒は専門書籍を一冊選び、それについての論文を提出しなければならない。
「記憶が戻れば論文課題も問題なくこなせるだろう。必要なものがあったら持ってくるからいつでも連絡してくれ」
「早く元気になってくれよな!俺のためにも!」
高校生らしい慌ただしさで佐々木と宮原は帰っていった。ななせは友人に恵まれているな。
これだけ愛されている人間がなぜ暴力の対象になったのか尚更疑問が残る。
なんにせよ当面の間、俺は高校生として過ごさなければならない。俺はPCを開いて状況を整理することにした。
「ChatGPT、現在状況についてマインドマップを作成するので以下の状況をマークダウン形式で整理してくれ」
会話の中から得た主な情報をChatGPTに伝える。すぐに要約された情報一覧が出力された
# マインドマップ用データ
## 現在の課題
### 1. 怪我の回復
- 最低1ヶ月の入院が必要
- 絶対安静を守ること
- 医療スタッフとの定期的なコミュニケーション
### 2. 記憶の整理
- 自分の「42歳の記憶」と「16歳の身体」の乖離を埋める
- 事件当日の行動を掘り下げる
- 宮原と片瀬から得た証言の再確認
- 吉岡グループの動機や背景を調査
- 母親との関係を再構築し、家庭環境の情報を収集
### 3. 高校生としての生活適応
- 友人関係を保つ
- 宮原のサポート(感情面と学業面)
- 佐々木との協力(担任からの情報を活用)
- 学校生活に必要な知識を補完
- 授業内容や課題の確認
- 友人たちのサポートを得る
### 4. 課題の提出(期末論文)
- 期末までに論文を提出する必要あり
- 提出が留年回避の条件
- 論文執筆を効率的に進める
- テーマ選定と必要な資料の準備
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## 今後の行動計画
### 1. 怪我と記憶の回復
- 医師の指示に従い、治療を最優先
- 事件当日の行動について思い出すために記録を整理
- ChatGPTを活用して既知の情報を整理
- 家族や友人から情報を収集し、不足を補完
### 2. 学校生活への復帰準備
- 宮原から教科書や授業ノートを取り寄せる
- 佐々木を通じて担任との連絡を取る
- 現在の学習進度を把握
- 試験免除の状況を確認
- 片瀬との関係を深め、信頼を構築する
### 3. 課題(論文)の進行
- 論文テーマを選定
- 論文テーマ例:
- 過去の自分(七瀬川)の知識を活用
- 提出期限を守るためにスケジュールを作成
- 宮原の課題にも少し助言し、信頼を強化
### 4. 事件調査の準備
- 吉岡グループの詳細を探る
- 吉岡本人や取り巻きの動向
- 事件当日の行動を確認
- 生徒会役員である佐々木を通じて学校の裏情報を収集
- 今後の危険に備えて、片瀬や宮原を巻き込まない方法を検討
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## 優先順位
1. 怪我の回復 → 体力と精神力を整える
2. 記憶の整理 → 事件の手がかりを収集
3. 学校生活 → 学業や課題をクリアし、信頼を得る
4. 事件調査 → 吉岡グループを中心に情報を集める
続けてブラウザからMapifyを開きマインドマップを作成する。
先ほどのテキストを貼り付けるだけで一瞬で状況が整理された。散乱した情報は枝別れするノードに分類されている。
多少の重複表現やレイアウトに気になる部分があるが今はこれで十分だろう。
仕事で使っていた時は更にこれを整理してプレゼン資料などに活用していた。今はこれを生きるために使う。
「困難は分割せよ」とデカルトも言っている。大きな問題が目の前に迫っている時、人間は困難を感じる。しかし多くの場合、大きな問題は個別の小さな問題の集まりだ。
解決できるレベルまで分解した問題をひとつひとつ解決することで、困難にも対処できる。
そのためのツールのひとつがマインドマップだ。ChatGPTとMapifyを連携させれば一瞬で問題が分解される。
今の俺の場合、グラフィック化された現在状況から課題は大きく4つに分類されている事が一目でわかる。
1.怪我と記憶の回復
2.学校生活への復帰準備、ななせとしての社会適応
3.課題の進行
4.事件調査の準備
怪我の回復は病院で安静にしている他ない。本格的な事件の調査はそれまでできない。
となると現在手をつけられるのは情報収集と高校生活への適応か。
俺は宮原達が持ってきてくれた本に手をつけた。
働いていた時は忘れていたが、今時の学生もなかなか大変なんだな。
この身体の持ち主のためにもやってみるか。
ブラウザを経由してNoteBookLMを起動する。
よし、この論文課題とやら、この俺が1日で終わらせてやろう。