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王宮のお茶会



 王宮の薔薇は美しい。

 フロレスで仕入れている加工用の薔薇とは違い、大輪で肉厚なものや、小さな花弁が沢山ついているものなど、多くの品種が植えられ、見ているだけで幸せになる。


 しかしヴィクトリアは今、その薔薇を楽しむ余裕もなく、目の前のお茶会に集中していた。


「ヴィクトリア。例の精霊の加護があるという令嬢はどんな子だった? 彼女が学園に入って一月ほど経つでしょう」


 優雅な所作で紅茶を置き、声を出したのは王妃だ。王妃は完璧な微笑みをたたえながら、ヴィクトリアに問いかけた。


 今日は王妃主催のお茶会である。王妃はピンクブロンドの髪を一つにきっちりまとめ上げ、アレキサンドライトのペンダントを首にかけていた。その風貌は迫力があり、振る舞いは自信に満ち溢れている。


「美しい方ですわ。あまり親しい訳ではありませんが……はつらつとしていて、笑顔が素敵な令嬢という印象です」

「まぁ、ヴィクトリア。そんなに綺麗な方なら、わたくしも早くお会いしたいわ」


 優雅な所作で、王太子ルシアンの婚約者オーレリアが扇子で口元を隠す。彼女は白とパステルブルーの清楚なドレスを身に付けていた。赤みがかったストレートの髪は艶やかで、ふんわりと笑うその瞳は、王家の色に近い濃いめの青だ。

 オーレリアはアセルマン公爵家の令嬢である。アセルマン公爵家は王家に次ぐ名家であり、王位継承権も持つ。彼女が王太子ルシアンの婚約者となったとき、国内から反対意見はほとんど出なかったという。

 オーレリアの主催するお茶会には多くの令嬢が出席するらしい。高貴な家柄である上に、優しい性格である彼女は多くの令嬢から慕われている。


「そうですわね。彼女は精霊術師ですから、オーレリア様もこれからきっと機会があるでしょう」

「えぇ。そういえばローラン嬢はつい最近まで市井にいらっしゃったとか。きっと学園では大変な思いをされているでしょうね」

「はい。ですので、わたくしもできるだけ彼女を気にかけておりますわ」


 オーレリアがそうなのね、と完璧な笑みを見せる。ヴィクトリアも社交用の笑みを意識して浮かべると、次は向かいから鈴のなるような声がした。


「ヴィクトリア。あなた、もう精霊術は見たのかしら?」


 声の主はエリオットの母であるソニアだ。ソニアはエリオットと同じ金髪碧眼で、白百合のように楚々とした美女である。

 ソニアは元子爵令嬢だが、その美貌に心を奪われた国王が強引に囲い込んだことで愛妾になった人だ。今でもなお、彼女への国王の寵愛は深いという。


「いえ、ソニア様。わたくしはまだ見ておりません」

「そうなの。魔法とはどう違うのか是非見てみたいわ」

「ソニア。精霊術は強大な力だから、むやみやたらに使うことのないようにローラン男爵令嬢に伝えているのよ」


 王妃が口を挟むと、ソニアはゆったりと微笑んだ。


「まぁ、陛下。そうでしたか」


 クリステルに精霊の加護があると判明したとき、王宮はちょっとした騒ぎになったという。精霊術の研究をしている学者や、魔術師などが彼女に会い、話をしたらしい。

 確かにクリステルは授業で魔法を使うことはあるが、精霊術は使っていない。そのような注意を受けたからだろう。


「ローラン男爵令嬢に与えられた加護は『結界』らしいわ。素晴らしい力よ」

「そうですわね、陛下。きっと魔獣被害がひどい地域の助けになりますわ」


 王妃とソニアはそれからも穏やかに話し続ける。妃と愛妾という微妙な間柄だが、この二人の関係は悪くない。ソニアが穏やかで野心がない人物であり、王妃にはルシアンという確固たる後継者がいる。その上、王妃が国王からの愛を一切求めていないからだろう。


「ヴィクトリア。分かってくれていると思うけれど、ローラン男爵令嬢が卒業後国に尽くしてくれるように、あなたも協力してちょうだいね」

「承知いたしました」


 自分が果たしてどれほど力になれるかは分からないとは思いつつ、ヴィクトリアは素直に頭を下げる。


「その……ローラン嬢は元平民で、男爵令嬢ですわ。両陛下からそのように命ずれば良いのではないでしょうか?」


 オーレリアが放った言葉に、王妃の纏う空気ががらりと変わった。


「あなたは一体何が言いたいの」

「……精霊術師とはいえ、彼女は臣民なのですから、王族の下命には従うのではないかと……」


 王妃は鋭い目つきでオーレリアを見据えている。明らかに気分を害しているようだ。


「いいこと、オーレリア。ローラン男爵令嬢は精霊の加護を受けた貴重な存在よ。下手な扱いをして、他国にでも取られれば大変な損失なの。元平民だろうが、男爵令嬢だろうが、そんなことはもはや些細なこと。無理やり従わせるなど言語道断よ」

「愚かなことを申し上げました。お許しください陛下」


 オーレリアが頭を下げる。ヴィクトリアは王妃の剣幕に震えそうになりながらも、何とか耐えていたのだった。




 お茶会が終わり、王妃とソニアが退席する。それに続いてヴィクトリアも席を立とうとすると、オーレリアがヴィクトリアの手をそっと掴んだ。突然のことに驚き、立ち止まる。


「オーレリア様、どうされましたか?」

「王妃陛下はクリステル・ローランをどうするつもりかしら」


 ヴィクトリアは彼女の質問の意図が分からず、戸惑ってしまう。


「どうする……とは? 陛下は彼女に国の為に精霊術を使ってもらうよう、彼女を尊重するようにと仰っておられたと思いますが」

「精霊の加護を受けた者は王家に囲い込まれるのよ。もしかして、陛下は彼女と王族と婚姻させるつもりではないかしら」


 ヴィクトリアは思わず目を見開いた。思いもしなかった話だったからだ。

 しかしクリステルと王族と婚姻させると言っても、今の王族に王子は二人しかいない。王太子ルシアンにも、第二王子エリオットにも既に自分たちという婚約者がいる。傍系の王族には幼い男子がいるのみであるし、同世代の独身男性は思い当たらない。


「……しかし、そういった話は聞いておりませんが」


 オーレリアはえぇ、と頷いた。どこか蒼褪めているように見える。


「今はね。でも分からないわ。もしかすると、わたくし達どちらかの婚約を破棄して、彼女をその後釜にするつもりかも」

「そ……そんな!」


 思わずヴィクトリアは手を口に当て、蒼褪めてしまう。エリオットとの婚約がなくなるなど、考えたくもない。


「王妃陛下の口ぶりを考えてごらんなさいな。ローラン嬢のことをかなり重要視しているわ。その精霊の加護のためにね」


 なぜかオーレリアは確信を持ったように言う。

 確かに王妃はクリステルを気にかけていた。しかし、合理主義の王妃が、精霊の加護の一点で既に成立している王子たちの婚約を破棄するとはヴィクトリアには思えなかった。

 アセルマン公爵家もベルトラン侯爵家も、有数の大貴族だ。貴族たちへの影響力も強く、たとえ王族とはいえ、二家を軽んじるようなことがあれば国内が荒れることは明らかである。


「精霊の加護がわたくしにあれば……」


 ぽつりと呟いたオーレリアに、ヴィクトリアはどこか意外な気持ちになる。彼女が精霊の加護を欲しがっているとは思わなかった。これまで彼女の口から精霊を慕うような言葉を聞いたことはなかったし、彼女が精霊を祀る教会へ行ったという話も聞かないからだ。


 オーレリアはヴィクトリアに顔を向けた。


「あなたはクリステル・ローランのことをどう思う?」

「先ほど陛下に申し上げた通りですわ。わたくしは彼女とはあまり親しくないので、美しくてはつらつとした方だという感想しかありません」

「……そうなのね」


 しばし二人の間に沈黙が落ちた。


 こわばっていた表情をやわらげ、オーレリアは、立ち上がった。

 二人はそれ以上クリステルの話をすることはやめ、お茶会会場を辞したのだった。





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