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幸せのありか

本日最終話まで二話投稿します。




 蹴り破られた扉から差し込む光とともに見えたのは、陽を反射してきらめく金髪だった。

 元々扉があったはずの、ぽっかりと穴が開いた場所から、数人の騎士や魔術師と思われる人間がなだれ込んできた。彼らは連邦国の男たちとオーレリアを捕縛する。


 大きな喧騒の中、まっすぐにエリオットがヴィクトリアの元へ駆け寄った。


「ヴィクトリア……」

「エリオット様」


 彼が手を伸ばしたので、膜に阻まれるかと思ったが、彼は何の障害もなくヴィクトリアを抱き寄せた。そのまま強く抱きしめる。


「ヴィクトリア、ヴィクトリア……! その頬は? 耳は? 一体誰が」


 流血しているヴィクトリアに、エリオットは取り乱している。ヴィクトリアはイヤリングをオーレリアに奪われたことを思い出し、慌ててオーレリアに向かって声を出した。


「オーレリア様! イヤリングをお返しください!」


 オーレリアは感情の見えない瞳でエリオットに抱き寄せられているヴィクトリアを一瞥し、何も言わずにイヤリングを投げた。ヴィクトリアには到底届かない場所に落ちたので、周囲の人間が慌てて拾っている。そのまま歩き始めた彼女に、ヴィクトリアがまた声を掛けた。


「オーレリア様。わたくしも、本当はあなたのことは苦手でした」


 声が聞こえたのだろう。オーレリアはぴたりと止まった。


「ですが、あなたが見せる美しい微笑みや、周囲への気配りにずっと憧れていました」


 オーレリアは眉根を寄せ、口元を歪ませた。


「わたくしはあなたのそういう所が大嫌いよ。ヴィクトリア」


 それだけ言うと、彼女は騎士に連れられて出て行ったのだった。




 エリオットはしばらくヴィクトリアを離してくれなかった。

 エリオットが心配するので頬と耳の傷は『癒し』で治し、そのまま彼の腕の中で過ごす。リュカが先ほどオーレリアが投げたイヤリングを持ってきてくれたので、エリオットが耳に付けてくれた。


「今日戻られたのですか? 一番に迎えると約束していたのに、申し訳ございません」

「早く帰りたかったから、途中から馬車をやめて馬で走ってきたんだ。先ぶれを出すのも忘れていて」

「クリステル様とシリルは……」

「クリステル嬢は馬に乗れないから、シリルと相乗りしていた。一緒に王都に着いたけど、慣れない乗馬に彼女は疲労困憊で、今は男爵家で休んでいるよ」


 行方不明だった三人は皆無事なようだ。ヴィクトリアは安堵した。


「なぜエリオット様はここに?」

「王宮に戻ったときに、ちょうどバルテ伯爵夫人が来てね」


 ヴィクトリアが伯爵家を出た後、スザンヌが「オーレリアから頼まれてヴィクトリアを伯爵家に招いた」と告白したのだという。驚愕した夫人はすぐにベルトラン侯爵家に使いをやり、まだヴィクトリアが屋敷に戻っていないことを確認したため、王宮へやってきた。

 スザンヌは伯爵家にオーレリアを招きいれることはできないと拒否していた。そのためオーレリアがどうやってヴィクトリアと会うつもりなのかはスザンヌも知らなかった。騎士を総動員してヴィクトリアを捜索することになり、エリオットもそれに同行したらしい。


「割とすぐにこの場所は特定されたよ。移動に使われたのがベルトラン侯爵家の馬車だったからね」


 彼はヴィクトリアの存在を確かめるように優しく髪を撫で続けている。

 そうなのだ。この誘拐劇はすぐに行き詰る、場当たり的なものだった。


「オーレリア様は何をしてでも、わたくしを貶めたかったのですね」


 さすがにここまで早く捜索の手が届くとは思っていなかっただろうが、たとえヴィクトリアの誘拐が成功したとしても、すぐに捜査はオーレリアまでたどり着いたはずだ。

 しかし後に救出されたとしても、一度誘拐されたとなれば、その事実はヴィクトリアの大きな醜聞となる。


 オーレリアは自分がどうなろうとも、ヴィクトリアに傷を付けたかったのかもしれない。


「ヴィクトリアが無事で良かった。王都に帰れば会えると思っていたのに、行方が分からないと言われ、どれだけ恐ろしかったか……」

「それはわたくしもです、エリオット様。離れている間、本当に心配しておりました。早くお会いしたかった」

「君にそんな風に言って貰えるなんて」


 感動した様子でまたエリオットがヴィクトリアを抱きしめる。そして耳元で彼は、囁くように声を出した。


「ねぇヴィクトリア。もしかして、君は兄上の妃になる?」

「……!」

「きっと、そういう話になったんじゃないかな。でも今だけは、君の婚約者として……もう少しだけ、こうしていたいんだ。どうか、許してほしい」


 エリオットの手は、少し震えていた。背中に伝わる僅かな震えに、彼からの思いが伝わってくる。

 実際、ルシアンの提案を受け入れていれば、ヴィクトリアはもうエリオットの婚約者ではなくなっていた。

 彼は王都に近付くにつれ、王都の情報を掴んでいった。様々な情報を整理する中で、王宮ではきっとヴィクトリアをルシアンの婚約者とする動きが出るだろうと推測を立てたのだろう。

 それでも彼は帰還してすぐの身で、ヴィクトリアの危機に駆けつけてくれたのだ。


(なんて……)


 ヴィクトリアの心は、エリオットへの愛おしさでいっぱいになった。


「いいえ。わたくしの婚約者はエリオット様だけです」

「……しかし、兄上や陛下はきっと」

「確かにそういうお話はありました。でも、お断りしました」


 エリオットは驚きに目を見開いた。


「わたくしは、エリオット様だけをお慕いしております。ルシアン殿下の妃にはなれない、とお伝えしました」

「……君は、兄上の妃……王太子妃よりも、私の妃になることを選んだと?」

「はい」


 エリオットは信じられないものを見るように、数回まばたきをすると、口元に手を当てた。


「エリオット様?」


 喜んでもらえると思っていたのに、どうしたのだろう。ヴィクトリアがエリオットの瞳を覗き込むと、彼はヴィクトリアの顔を自分の胸に埋めた。


「こんな時、なんて言ったらいいんだろう。ありがとう、なのか。嬉しい、なのか。ヴィクトリア。私は君に初めて会った時、見た事ないぐらい綺麗な子だって、こんな子が私の妻になってくれるんだって嬉しくなった。優しくて、聡明で、努力家で。君がたまに耳を赤くしたり、ふと微笑むところも可愛くて。でも、君は本当に素敵な女性だから、私なんかの婚約者になって可哀想だとも思っていた」

「……」

「だから、君が兄上の妃になったら本当に辛いけれど……君にとっては良いことかもしれないと、自分に言い聞かせていたんだ」


 こんな風にエリオットの心の内を聞いたのは初めてのことだ。彼の想いの深さに、ヴィクトリアは胸が震えるような心地になった。


「わたくしは、エリオット様の婚約者になれて、なんて幸運なんだろうとずっと思っていました。どんな時でもわたくしを信頼して愛してくださったあなたの隣にいられる未来が、辛いときに立ち上がる理由になりました。だから、わたくしの幸せはあなたと共にあります」


 気付けば二人とも、瞳を潤ませていた。

 そっと互いの唇を寄せる。それは二人にとって初めてのキスだった。


「愛しているよ」

「わたくしも、愛しています」


 そう言ったヴィクトリアの表情は、これまでエリオットが見た中で一番に美しい笑顔だった。




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