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転入生クリステル・ローラン



 学園は王都の中心にある。学園には寮もあるが、ベルトラン侯爵家のタウンハウスは学園と同じ地区にあるので、ヴィクトリアは寮に入らずに自宅から通学している。

 今日も侯爵家の馬車に乗って学園に到着すると、一人で門をくぐった。

 道行く学生はヴィクトリアに気が付くと、さっと道を開ける。『悪役令嬢』から目をつけられたくないのか、目も合わそうとしない。

 一体自分は彼らからどれほど非道な人物だと思われているのだろうと思いながら、彼らを怖がらせないようにただ前を見て歩いていく。


 自分の教室の扉を開け、中に入ると、ヴィクトリアに気が付いた友人の一人がぱっと笑顔を見せた。


「おはようございます、ヴィクトリア様」

「おはよう、ミシェル」


 ヴィクトリアは友人の輪に入る。学園でヴィクトリアに好意的に接してくれるのは、エリオットを除外すれば、ここにいるミシェルと、コレット、レリアの三人だけである。シリルは基本的に学園の中で話してくれないので数には入らない。

 この三人は以前からの友人で、派閥も同じ王族派だ。気兼ねなく付き合える大切な友人である。


「ヴィクトリア様、今日例の転入生が入ってくるのですよね」


 ミシェルが言った。この三人にはクリステルのことを伝えている。


「楽しみですわっ! 精霊様の加護があるご令嬢だなんて、どんな方かしら」


 はつらつとした笑みでコレットが言った。彼女はとても活発な令嬢だ。


「きれいな子らしいです。噂ですけど……」


 おずおずとレリアが声を出す。彼女は少し控えめな性格である。


「きっと素敵な方だと思うわ」


 シリル曰く“変人”だという彼女がどんな人物なのか全く予想がつかないものの、クリステルが過ごしやすいように力を尽くそうとヴィクトリアは心に決めていた。




 教室に彼女が入ってきた途端、おしゃべりに興じていた生徒たちはいっせいに動きを止めた。

 そこにいたのはとても愛らしい少女だった。ヴィクトリアと同じ程度の身長で、スカートから見える足からほっそりした体型であることが分かる。ハーフアップにされた明るい茶色の髪は鎖骨あたりで切りそろえられていて、貴族令嬢から見れば少し短めだ。

 教師が自己紹介するように促すと、彼女はぱっと笑顔を見せた。


「クリステル・ローランといいます。今日からこちらの学園に通うことになりました。よろしくお願いします」


 ざわざわと、教室の中が騒がしい。

 そもそも中途入学の生徒も珍しいし、彼女に精霊の加護があることを知っている生徒もいるのだろう。


(綺麗な子)


 ヴィクトリアは美しい令嬢を沢山知っている。上流階級の——それも念入りに手入れをされた美しい女性を見慣れていると言ってもいい。そのヴィクトリアでも、この令嬢は綺麗だと思った。

 しかもクリステルが歩くと、周囲になにやら光が舞うように見える。


(この光は、もしや精霊様?)


 神秘的だ。ヴィクトリアは思わずクリステルをじっと眺めてしまう。視線に気が付いたのか、席についた彼女が真っすぐヴィクトリアを見たので、まともに視線がかちあう。するとクリステルは目を見開いて頬を紅潮させ、次はその表情を蒼褪めさせた。


(怖がらせてしまったかしら)


 ヴィクトリアはクリステルから目をそらす。もしかすると彼女は既に自分の評判を聞きつけているのかもしれない。そう思うと、少し落ち込んでしまうのだった。




 精霊の加護を受けた人物には、手の甲に紋様が浮かび上がる。クリステルの手にも見事な文様が浮かんでいるらしい。らしい、というのは、ヴィクトリアは実際に見た訳ではないからだ。クラスメイトが彼女の手の甲を見て盛り上がっているのを聞いていただけである。


 クリステル・ローランが学園に来て一月ほど経ったが、彼女は特定の友人を作っている様子はない。

 爵位の低い令嬢や、平民のクラスメイトとぽつりぽつりと話す程度のようだ。


 ヴィクトリアがクリステルを気にかけていることは、機微に聡いクラスメイトには伝わっているらしい。


「ベルトラン様って、ローラン様のことが気に入らないのかしら」

「そうに決まっているじゃない。あんなに彼女のことを睨んでいるもの。恐ろしいわ」


 こそこそと、そのように囁かれているのが聞こえたこともある。

 断じて、クリステルを睨んでいたことはない。ただ見ているだけなのだが、そのように受け取られるのはいつものことである。



「ヴィクトリア様! 今日も相変わらず怖い目つきね」


 彼女は唯一ヴィクトリアへ堂々と物申してくる令嬢、スザンヌ・バルテ伯爵令嬢だ。学園に入ってからはしょっ中こうして突っかかってくるので、特にコレットは彼女に苛立っているらしい。


「スザンヌ様、おはようございます。何度も申し上げているように、これは生まれつきです」

「いくら気に障るからって、ローラン様を睨みすぎですわよ! まぁ確かに分かりますけど。あんなに大きな音をたてて椅子引くなんて、ローラン男爵家ではどんな教育をなさってるのかしらね!」

「ですから、睨んでません。ローラン様も、これから立ち振る舞いを身に付けられると思いますわ」


 スザンヌは基本的に人の話を聞かない。

 隣のミシェルとコレットが苛立ってきているのが分かる。後ろのレリアはおろおろと成り行きを見守っている。

 あくまでヴィクトリアが穏やかに対応していると、スザンヌはびしっと人さし指をヴィクトリアに向けた。


「授業で見る限り、ヴィクトリア様は相変わらず魔法を苦手にしてらっしゃるようですわね!そんなことでエリオット殿下の妃が務まるのかしら?」


 スザンヌはエリオットを慕っている。ヴィクトリアが婚約者に選ばれたとき、彼女は大泣きしたらしい。

 ヴィクトリアがエリオットの婚約者に選ばれたのは、家の力である。それが一層、彼女がヴィクトリアに反感を持つ理由になっているのだろう。

 返答に迷っていると、ミシェルがあら、と声を出した。


「スザンヌ様、ヴィクトリア様は魔力が豊富でいらっしゃいますのよ。魔力検査では学年一位で、わたくし達驚きましたわ。そういえばスザンヌ様は、確か5位でしたわね。素晴らしいですわ!」


 ミシェルがにっこり微笑んで言い放つ。スザンヌはひくりと顔をひきつらせた。


「しかもヴィクトリア様は座学も先日のテストでは学年一位でいらっしゃったのよ。スザンヌ様は何位だったのかしら? わたくしは恥ずかしながら一五位でしたけど……」


それに追随するように、「えーっ」とコレットが声を出す。


「ミシェルも凄いじゃない! 私なんか二十位よ! レリアは八位だし……」


 水を向けられたレリアが恥ずかしそうに頬に手を添えた。スザンヌの顔色が悪い。彼女は座学が苦手で、かなりテストに苦戦していたはずだ。確か、順位は下から数えた方が早かったような……


「ミシェル、スザンヌ様のおっしゃるようにわたくしが魔法の発動が苦手なのは事実よ。スザンヌ様、これから精進いたしますね」


 スザンヌはきっとヴィクトリアを睨みつけて自分の席に戻っていった。

 ヴィクトリアは彼女たちに、気持ちは嬉しいけど、あまり攻撃的にならないようにと伝える。

 友人たちはヴィクトリアが軽く見られるのを怒ってくれているのだが、たまに暴走してしまう。


 スザンヌからも、周囲からも「睨んでいる」と思われているということは、きっとクリステルもそう思っているだろう。目が合うとびくっと震えるのだから、そうに違いない。

 クリステルとは話してみたいことが沢山あるものの、怖がられているのだから、必要以上に近付こうとは思っていなかった。





「次は魔法の授業よ」

「ヴィっ……ベ、ベルトラン様」


 クリステルが廊下の真ん中で一人右往左往しているのを見かけたので、ヴィクトリアが声をかけた。彼女は大きな目を見開いてビクリと震えた。


「余計なお世話だったかしら。魔法の授業は外なの。だから、皆いないのよ」

「そうなんですね。知りませんでした。ありがとうございます」


 ヴィクトリアは授業が行われる場所に向けて歩きだすが、彼女は呆けたように立ちすくんでいる。授業へ向かわないのだろうか。ヴィクトリアは振り返って彼女を見る。


「ローラン男爵令嬢、どうされたの? 行かないの?」

「あ、そ、そのっ……」

「何か、困ったことでもあって?」

「いえ、大丈夫です!」


 クリステルは顔を真っ赤にしてヴィクトリアを追い抜いていった。ばたばたと、廊下に足音が響いている。


 これでいいのだろうか、とヴィクトリアは思う。

 彼女が困っている場面に出くわせばこうして声をかけていた。さりげなく彼女に伝わるように、ミシェル達に頼むこともある。

 しかしそもそも親しい友人が少なく、周囲から慕われているわけでもないヴィクトリアには、この程度が限界である。





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