飛ばされた先で
気が付いたら鬱蒼とした木々に囲まれていた。見回しても木ばかりである。
「ここはどこだ」
何が起きたか理解できないエリオットが声を出す。腕の中にいるクリステルは未だ意識を取り戻していない。隣にはシリルがおり、彼も困惑顔で周囲を見回している。
とりあえずクリステルを降ろして木を背に横たえ、周囲の状況を確認する。近くに小さな水場があり、木々を見るに山は手入れされているような印象がある。狩人や木こりが近辺で活動しているのだろう。この様子であれば探索すれば道があるかもしれない。
小さな羽音をたて、クリステルの肩に鳥がとまる。エリオットはその鳥をじっと見つめた。
今自分たちの身に起きた事象と似た現象を、エリオットは目の前で見たことがある。ヴィクトリアだ。アンバーと共に王都からフォーレ辺境伯領まで移動してきた彼女。
「君はもしかして精霊か?」
エリオットの言葉に、ピピッ、と鳴いて鳥は頭を揺らした。
『さすがに分かるかぁ』
「なっ……! え、えぇ!?」
突然言葉を話した鳥に、シリルは思わず後ずさりして大声を上げた。エリオットはシリルに構わず話を続ける。
「君は精霊なんだね。そして、さっき私達を助けてくれた」
『だってあんな魔法を受けたらシリルもエリオットも怪我しそうだったから。そうしたらクリステルが悲しむだろ。クリステルはエリオットに怪我してほしくないんだよ』
「私が?」
『うん』
精霊がそう言う意味は良く分からないが、この精霊のおかげで三人とも助かったことは確かなようだ。
「君のおかげで助かった。礼を言う。それで、ここはどこだ?」
『うーん、どこだろ。とりあえず別の場所に行くことしか考えてなくて。僕、移動は得意じゃないんだよ。しかも三人もいたし。まぁ国の中なことは確かだね』
「……」
「ちょっと、精霊様。そりゃ……なんつーか……」
頼みの精霊がこの調子だったので、思わずシリルがぼやくように言った。
精霊はバサバサと上空へ飛び立った。
『この辺りを見てくる。また戻るけど、僕が離れている間、クリステルのこと頼むよ』
そう言い残すと、次の瞬間には姿がなくなっていたので、エリオットたちはぽかんと言葉をなくしてしまった。
空は段々と夕闇が押し寄せてきた。クリステルの意識がないこともあり、朝までむやみに移動するのは危険と判断して、ここで夜を明かすことに決める。
シリルが周辺で数匹獣を狩って捌く傍ら、エリオットは魔法で壁と屋根だけの簡単な寝床を作った。黙々と二人が作業していたところで、クリステルが目を覚ました。
クリステルは状況が把握できずに周囲を見回している。
「……あれ? わたし……。殿下とシリル様? あの、ここはどこですか」
きょとんとした顔で問いかける彼女に、シリルが近付いた。
「どっか痛いとか、気分が悪いとかはないか」
「……ないです」
クリステルの答えに、シリルが安心して息をつく。様子を見ていたエリオットが彼女に声をかけた。
「クリステル嬢。君は兵士に連れ去られそうだった。しかし精霊が君の危機を教えてくれて、私たちは現場に駆け付けた。そして奴らとの戦闘の中で、危険だと判断した精霊が僕たちをここに移動させたようだ」
説明を聞くうちに、クリステルの眉根は険しくなっていく。
「ピーちゃんが……」
「うん。君の精霊は数刻前、周辺を確認すると言って飛んでいったよ」
クリステルは複雑そうな表情をした。そして二人に頭を下げる。
「申し訳ありません。もう内部に敵はいないと思って……あの人は顔見知りの兵士さんだったので油断してしまいました。私が迂闊だったせいで、殿下とシリル様に物凄いご迷惑を……」
「クリステル嬢。君は悪くない。悪いのはあの兵士だ」
このまま自分を責めそうなクリステルに、エリオットはそう言い切った。
「いいかい。君が狙われるのも、そのために周囲が君を守るのも、君の責任じゃない。君は何も悪くない。精霊の加護を授かったのも、素晴らしいことだ。悪いのは君を利用しようとする奴や、君の意思に反して連れ去ろうとする奴らだ」
「殿下……」
「精霊はとても君を思いやっているようだった。良い関係を築けているんだね」
眉を八の字にしたクリステルはしばらく堪えていたが、涙が一筋こぼれる。それを見たシリルが慌ててハンカチを差し出した。
「みんな優しい……やっぱ推せる……」
そう呟きながら、しばらく彼女は泣き続けた。
リツがクリステルのもとへ戻ってきたのは夜中だったようだ。朝、クリステルが目覚めると、リツが顔の前をふわふわと飛んでいた。リツの姿を見て安心したクリステルは体を起こす。
「リツ、助けてくれたって聞いたよ。ありがとう」
『こんなとこに飛ばしちゃったけどね』
「でもリツのおかげで三人とも助かったわ」
リツはまたふわふわ飛びながらクリステルの手にとまった。
『クリステル、僕が見てきた映像を送る』
「うん」
リツが紋章に触れると、リツの見てきたものがクリステルの頭の中に入ってきた。この辺りは木々がしばらく続いているが、どうやら数時間歩くと森を抜けられそうだ。道の特徴や、近くの街の光景を頭に焼き付ける。
「ありがとうリツ。これだけ情報があればきっと帰れるよ」
リツは何も言わずに鳥の姿に変わった。クリステルはリツの頭や嘴を優しく触ると、気持ちよさそうにその指に甘える。リツは甘えたいとき、こうして鳥の姿で頭を擦り寄せるのだ。クリステルは可愛く素直じゃない精霊を愛でたのだった。
クリステルはリツが見せてくれた映像を土の上でざっくりと絵に描いた。エリオットとシリルに説明するためだ。
地形や特徴は口で説明しつつ、身振り手振りで伝えると、次第にエリオットは大まかに今いる場所を把握したらしい。
「そういう形の城だったら、きっとここはレスピナス子爵領だ。確かに領都の近くに森があったよ。となると、きっとここはレスピナス領の森の中だね」
「そうですか、結構遠いですね……」
シリルが眉を寄せる。
レスピナス子爵領は王国の西方に位置するのどかな場所だ。辺境伯領よりは王都に近いものの、街から馬車を使って数日はかかる。
「ピーちゃん、私たちを遠征隊のところか、王都まで移動させられないの?」
リツの力でここに来たのだから、リツに戻してもらえないかと聞いてみる。リツは力なく嘴をゆらした。
『やめといた方がいいよ。僕、移動は得意じゃないんだ。またとんでもないとこに飛んじゃうかもしれないし。昨日は緊急事態だったからやっただけだよ』
クリステルの頭の上に止まっているリツがそう答えたので、その案は諦めることになった。
「まぁ、とりあえずここがどこか分かっただけでも収穫が大きい。街に出て子爵に会えれば馬でも手配してもらえるだろう。幸いにも子爵は王族派だしね。まず何とか森を抜けよう」
エリオットの言葉に三人は頷き合ったのだった。
昨日は小説家になろうのメンテが入っていた関係で更新を休みました。




