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懺悔



 王国にある貴人向けの牢は、扉と窓だけは牢らしく鉄格子がはめられているが、中は過ごしやすい空間となっている。ベッドは清潔で、椅子や棚などの家具もあり、棚の中には本などの暇をつぶせるものも揃えてある。その牢の中に、不釣り合いなほど美しい令嬢が椅子に座り窓の外を眺めていた。


 カツン、カツンと、牢の外に珍しく足音が響く。令嬢は足音の方へ顔を向ける。常にそこにいたはずの牢番はいなくなっていた。足音の主の仕業だろう。


「スザンヌ。よくここに来れたわね」


 そう声をかけた令嬢は以前と全く変わらない微笑みを浮かべていた。粗末なフードを被ったスザンヌは悲壮な顔でオーレリアを見る。


「オーレリア様……なぜですか」

「何のことかしら?」

「なぜ、連邦国と繋がったのですか。なぜエリオット様に危険な目を負わせたのですか。ラウルも……わたくしの弟だっていたのですよ!」


 オーレリアは強い口調で言いつのるスザンヌを見返し、目を伏せると、一筋の涙をこぼした。スザンヌは想像していなかった反応に面食らう。


「ごめんなさい、スザンヌ……わたくしは……なんてことをしてしまったのかしら」

「オーレリア様」

「ここで、これまでの自分を心から反省したわ。誓って言うわ。エリオット殿下も、あなたの弟も、ローラン様も、傷つけるつもりはなかったの。あの連邦国の方が、まさかあんなことをするなんて……」


 彼女の瞳からは、ぽろぽろと涙が流れている。触れれば折れてしまいそうな程儚げな様子で後悔の念を口にするオーレリアを見ていると、スザンヌの中の怒りの感情はどんどんと萎んでいってしまう。


「アセルマン公爵家はどうなっているの……?」

「……表向きには、オーレリア様はヴィクトリア様を害した罪で牢に入ったとされています。あなたが外国と通じたという話は外には出ていません。ただアセルマン公爵は内務大臣の任を辞職されて、社交も控えておられるようです。公爵家の領地を一部国へ返還される動きもあるようです」

「お父様……わたくしのせいで……」


 またオーレリアは静かに泣き始めた。


 ここに来る前、スザンヌはオーレリアを罵り徹底的に責めるつもりだった。しかし彼女の様子を見ていると、もう十分裁きは受けているような気になった。精霊術師を害した罪で牢に入り、その他の罪状も重大だ。きっと彼女はこれから、良くて公爵令嬢の身分をはく奪され修道院に入るか、悪くて死罪になるだろう。


 あんなに美しく、誰よりも輝いていたオーレリアが。


 スザンヌは自分の告発により彼女の人生を変えたことが、どこか自分の心の中にひっかかる棘のように、小さな罪悪感になっていた。


「スザンヌ、ヴィクトリアはどうしているの?」

「ヴィクトリア様は学園ではこれまで通り過ごしておられますけど、精霊術を使って怪我人を癒したりとかで、王宮にはこれまで以上に頻繁に行っておられます。きっとヴィクトリア様が王太子妃になると皆言ってます」


 オーレリアは目線を伏せ、しばらく考え込んだ後、スザンヌの瞳をじっと見た。


「……スザンヌ、お願いがあるの。わたくし……ヴィクトリアに直接会って謝りたい」

「えっ……! それは、無理だと思います。特にその、オーレリア様と会うというのは」


 思わぬオーレリアの願いに、スザンヌは慌てて拒否する。オーレリアは多くの人の前でヴィクトリアに攻撃したと聞いている。それを知っていて二人を引き合わせるなど到底できるはずがない。ヴィクトリアは今やこの国で王妃に次ぐ尊い女性なのだ。


「お父様に頼めば一度は公爵家へ戻れるはずよ。わたくしが牢から出たら、ヴィクトリアをあなたの家に招いてくれないかしら? そこで、あの子に謝ろうと思う」


 スザンヌは言葉に詰まってしまう。

 今話している限りでは、オーレリアは自身の行いを心底悔いているように見える。それに彼女がヴィクトリアに会いたいという理由も、謝罪のためだ。


「スザンヌ。わたくしはこれからきっと、身分もはく奪されて、ヴィクトリアに会うことなど絶対に叶わなくなるわ。その前にきちんと謝罪をしたいの……」


 またオーレリアの頬に一筋涙が流れた。憔悴した様子に、チクリと彼女への罪悪感がまた胸を刺す。


 昔からオーレリアはスザンヌの憧れの女性だった。いつも優しく柔和な態度で、美しい容姿。しかも王太子の婚約者だ。完璧な女性だと尊敬し、できるだけ彼女に近付きたかった。誘いがあれば必ず公爵家に行き、お茶会にも参加した。


 ある時からオーレリアの話題は徐々にヴィクトリアに関するものが多くなっていった。ヴィクトリアに強く言われて怖かったとか、妃教育の課題を頼まれて代わりやった、といった、彼女から困らされているという話だ。しかも、「ヴィクトリアに知られたら大変だから、今のは内緒ね」と言いながらこっそりと口にする。自然とスザンヌの中でヴィクトリアへの印象は悪くなっていた。オーレリアに近い令嬢は皆そうだと思う。スザンヌはずっとヴィクトリアのことを我儘で、傲慢で、困った令嬢だと思っていた。


 しかもヴィクトリアはエリオットの婚約者だ。スザンヌは始めて彼を見た時から、エリオットを慕っていた。スザンヌの中には、否定しがたいヴィクトリアへの嫉妬心があった。しかもオーレリアによれば、ヴィクトリアはベルトラン侯爵家の力で強引に婚約者に内定したという。努力もせず無理やり婚約者の座を勝ち取り、目上であるオーレリアを困らせるなど許しがたい令嬢だ。

 しかし実際にヴィクトリアと会い、学園で言葉を交わすごとに、頭の片隅に疑問が芽生えるようになった。


(オーレリア様が言っていたようなことを、本当にこの方が?)


 ヴィクトリアを知るごとに、どこか信じ難く思える。しかしオーレリアが嘘を吐く理由も思い当たらない。きっとヴィクトリアは陰でオーレリアに強く当たり、人を見下しているのだと結論付けた。


 オーレリアへの信頼に最初にほころびが出たきっかけは、アセルマン公爵家から出てきた男を見たときだ。不思議な香りがして、見たことのないデザインの髪留めをしていたので印象に残った。外国人だろうかとスザンヌは思った。


「オーレリア様、先ほどお屋敷から出てきた男性はどちらからのお客様ですか。不思議な髪留めの……」

「知らないわ。お父様のお客様かしら」


 その出来事について話題に出すと、あっさりと彼女はそう答えた。

 しかししばらくして、スザンヌは公爵家でオーレリアとあの男が真剣に話し込んでいるところを見てしまった。


(公爵様のお客様だったのでは?)


 その時、男は髪留めをしておらず、一見するとわが国の人間のように見える。しかし顔立ちは覚えていたし、漏れ聞こえる言葉のアクセントが少し違う。なぜ嘘を吐いたのかと、スザンヌは不審に思った。


 そしてオーレリアの話はクリステルに関しての内緒話が多くなった。挨拶しても無視されるだとか、ルシアンへ不適切な距離で接しているだとか、最終的にはエリオットと恋仲だとまで言うようになった。


(ローラン嬢は確かにマナーはなってないけれど、さすがにそれはないのでは?)


 クリステルのことは気に入らないが、オーレリアにそんな態度をとる人物とは思わない。

 いよいよスザンヌの中でオーレリアへの信頼は揺らいでいた。


 本当は随分前からスザンヌは理解していたのだ。

 尊敬する祖母が手放しで褒めるヴィクトリア。彼女への敵意を隠さない未熟な弟を一切の含みもなく称賛するヴィクトリア。彼女は優れた人間性を持つ女性だ。

 ヴィクトリアにもクリステルにも嫉妬をして必死で粗を探す自分のような女とは、全く違う種類の人間だ。


 ではオーレリアは一体何なのか? ヴィクトリアへの悪意を煽る彼女は?


 あの髪飾りの男のことも、スザンヌは気になっていた。父に聞いても公爵家で外国人を歓待したという話は聞かないし、アセルマン公爵家は外国と縁続きではない。 


 スザンヌはあの髪飾りについて調べた。

 結果分かったのは、あれは連邦国の一地方でよく普及している意匠のものだということだった。

 あの男は連邦国の人間かもしれない。連邦国は友好国ではない。


 貴族令嬢の一人であるスザンヌには、オーレリアがかなり危ういことをしているように見えた。オーレリアは王太子妃になる女性だ。一体何がしたいのかと恐ろしくなった。


 悩んだ末、スザンヌはルシアンへ告発をしたのだった。


 告発したことに、後悔はなかった。王家の調査によると実際に彼女は連邦国と繋がり、クリステルを襲わせていたのだ。遠征隊の中にはエリオットや弟のラウルだっていた。彼女はきちんと報いを受けるべきだとしか思わなかった。


 しかし今は、ずっと憧れだった女性をこれ以上ない程貶めた事実を目の当たりにし、他に方法はなかったのかいう思いがスザンヌを責める。


「分かりました」

「スザンヌ……!」

「でも、ヴィクトリア様を我が家にお招きするだけです。それ以上は協力できません」

「えぇ、分かったわ。十分よ」


 心底嬉しそうに礼を言うオーレリアを見た後、スザンヌは足早にそこから立ち去っていった。




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― 新着の感想 ―
[一言] いや、国家反逆罪級の重犯罪者相手に貴族令嬢がなんで立ち会い無しの面会とかできんのよ しかも極めて悪質なアジテーターであることも知られてるのに いくらなんでもこれはひどいご都合展開だと思う
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