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雨の中で



 ヴィクトリアが精霊の加護を授かったという話は、瞬く間に国中へ広がった。第二王子の婚約者が加護を得たということは、国としても歓迎されることだ。


 これまで悪評ばかりがつきまとっていたヴィクトリアへの評価は一転した。

 ベルトラン侯爵家には、ヴィクトリアと近付きたい令嬢から多くの招待状が届くようになった。しかし昔から変わらない態度の友人たち以外はどうしても心から信用できないと思ってしまう。結局ヴィクトリアはこれまでとあまり変わらない生活を送っていた。

 遠征隊はそろそろ帰還する頃のはずだが、まだその知らせは到着しない。辺境伯領を出発したという手紙を受け取って以降、エリオットからの便りもない。こんなことは今までなかった。


(移動しながらだもの。手紙は書けないわ)


 そう自分に言い聞かせつつも、ヴィクトリアは沸き上がる不安を抑えきれないのだった。




「ヴィッキー、明日ルシアン様からオーレリア嬢に婚約破棄を伝えることになった」


 ヴィクトリアの部屋にやってきたジョシュアが報告にきてくれた。


「……! そうですか」


 ヴィクトリアは思わず膝の上に抱いていたアンバーを抱きよせる。ようやく公爵令嬢である彼女と婚約破棄に持ち込める状態になったらしい。


「アセルマン公爵には陛下から伝える。オーレリア嬢にはルシアン様が直接言うとおっしゃっていた」


 精霊の加護を授かってから、オーレリアとはちゃんと話をする機会がなかった。彼女がどういう意図で今までヴィクトリアを貶めていたのかを聞きたいとずっと思っていた。

 家族やルシアンからはオーレリアと二人で会わないようにと釘を刺されていた。割り当てられていた公務もしばらくは免除され、オーレリアと顔を合わせる機会自体が持てなかった。


 明日は学園も休みで、ヴィクトリアも王宮へ行く予定がある。しかし婚約破棄という極めて繊細な話をする場に居合わせることは、できないだろう。


「婚約破棄の後、恐らくオーレリア嬢は修道院に入ることになるだろう。もうお前と顔を合わせることもないはずだ」


 ルシアンからそれを告げられたとき、彼女は一体、何を思うだろう。彼女とは長い付き合いであるのに、結局オーレリアの本当の人となりを理解できなかったヴィクトリアには、推測することもできなかった。




 騎士団の救護所で、ヴィクトリアは精霊術を使っていた。

 目の前のベッドには横たわり怪我を負った騎士がいる。落馬した上に、馬から踏まれてしまったらしい。踏まれた足は折れ、落馬のときに負った傷も痛々しい。

 ヴィクトリアが彼に『癒し』をかけると、みるみるうちに傷がふさがっていった。救護所にいた医師や薬師、騎士たちは感嘆の声をあげた。


「すごい……」

「まさに精霊の御業だ」


 加護の力自体はもちろんのこと、精霊術を使うとき、左手の紋章が光る。それが一層神秘的な印象を周囲に与えるらしく、彼らは崇拝するような目でヴィクトリアを見ている。


「傷は治りましたが、体力はしばらく戻らないでしょう。ゆっくり休んでくださいね」


 治した騎士にヴィクトリアが告げると、彼は顔を真っ赤にして頷いた。


 近ごろ、こうして精霊術を依頼されることが増えた。全て応えていてはきりがないので、要望は一旦宰相へ上げられ、宰相や彼の部下が判断してからヴィクトリアに話がくるようになっている。

 精霊術を使う度に、周囲の目が変わっていくのが分かる。ヴィクトリアが戸惑ってしまうほどに。


 ヴィクトリアは大げさなほど礼を言う騎士をなだめてから、救護所を出て、王妃の宮まで歩きだした。今日は王妃の宮で彼女の手伝いをする予定だ。

 騎士団から王宮へ続く道は屋根が付けられているが、一旦外に出る構造になっている。ふと顔を空に向けると、まだ明るい時間のはずなのに、薄暗い。周囲は雨の匂いが香っていた。よく見るとぽつぽつと雨が降り始めている。

 昨日のジョシュアの話ではもう今頃オーレリアは婚約破棄を告げられた頃だろう。もう公爵家へ帰っているかもしれない。

 そのように思いを巡らせ、足を再び動かし始めたところで、外から人が近づいてきた。ヴィクトリアは振り返る。そして立ち止まった。


「オーレリア様……」

「ふふ。なぜ驚いているの、ヴィクトリア」


 彼女はいつも通りの、美しく清楚な笑みを浮かべていた。

 外はさぁっと小さな音をたて細かい雨が降っている。雨に降られているにも関わらず、彼女は構わず外に突っ立っていて、それが異様な雰囲気をかもしだしていた。


「久しぶりね、ヴィクトリア。なぜかあなたに会う機会がなかったわ。わたくしも、あなたが精霊の加護を授かったことを直接祝いたかったのに」

「あ……ありがとうございます。オーレリア様、そこは雨に濡れますわ。どうぞ屋根のある場所へ」

「ねぇ、どうやって? なぜあなたが?」


 笑顔のはずなのに、彼女は笑ってはいなかった。ぞわり、と鳥肌が立ち、思わず後ずさる。オーレリアはそんなヴィクトリアにまた笑みを深めた。

 次の瞬間、激しい衝撃がヴィクトリアの左腕に当たった。


「……っ!」

「は、はは! あなたって本当に、魔法の発動も見極められないのね。信じられないわ。次はその紋章を焼いてあげましょうか」


 思わずうずくまったヴィクトリアを見て嬉しそうにオーレリアが笑う。彼女はヴィクトリアへ魔法で攻撃したらしい。周囲にいた騎士が慌ててオーレリアを取り押さえた。それでも彼女は笑っている。


「なぜこんなことを」

「なぜ、ですって? ふふ。煩わしい虫をいたぶることに理由はあって?」


 騎士たちは取り押さえたものの、オーレリアをどうすべきか迷っているようだった。目の前でヴィクトリアに危害を加えたとはいえ、彼女は公爵令嬢で王太子の婚約者である。婚約破棄の件はまだ発表されていないのだ。


「ふふ。ねぇヴィクトリア。今頃エリオット殿下はどうされていると思う?」

「どういう意味ですか」

「遠征隊はどうしてまだ王都に着かないと思う? ふ、ふふ……。あはは! あの元平民も、愛妾の息子も、この王宮で大きな顔をしてずっと目障りだった。いい気味だわ!」


 心底愉快そうにオーレリアが笑っている。ヴィクトリアは彼女の言葉に、胸がざわめいて仕方がない。そこで焦った様子のジョシュアとルシアンが到着した。


「オーレリア……! 君は!」


 高笑いをしていたオーレリアはルシアンの姿を認めると、ぴたりと笑うのをやめ、真顔になった。雨に濡れた髪はそのままに、彼女はルシアンだけを見つめていた。


「ルシアン殿下、わたくしの愛する方。あなたのせいよ。あなたのせいで、わたくしはこうするしかなかったのよ」


 ルシアンは彼女に返答することはなく、騎士たちにオーレリアを捕えるように命令した。彼女はそのまま、貴人向けの牢へ入れられたのだった。




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