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遠征隊の出発



 遠征の日程が再び組まれた。南方の国境沿いにある森に魔物が出るので、結界を張って欲しいと陳情が出ているらしい。森を管理するのはフォーレ辺境伯といって、オーレリアの縁戚の家ではないようだ。


 学園に通いながら、クリステルは頻繁に王宮に通っている。魔術師団や騎士団と共に訓練をしたり、打合せをおこなっているらしい。ヴィクトリアも王子の婚約者としての用事のほかに、遠征に関する雑務を手伝うなど、忙しい日々を送っていた。


「エリオット様、こちらを」

「これは?」


 ヴィクトリアが差し出したのはイヤリングに加工した魔石だった。


「アンバーがくれたものを加工しました。できれば、常に身に付けてくださいますか? イヤリングでしたら移動中も邪魔にならないかと思いまして」

「君の瞳の色だね」


 エリオットはヴィクトリアからイヤリングを受け取ると、そのまま耳に付けた。


 これはアンバーにまた魔石を貰えないかと聞くとすぐに出してくれたものだ。守りの力があり、付けている者に危険があればアンバーに分かるようになっているという。

 菫色に光る魔石がきらりとエリオットの耳で光っている。自分の色を付けるエリオットを見ると、嬉しい気持ちとともに、少し気恥ずかしくなってしまう。できれば小さめの魔石がいいと大きさについてのリクエストはしたが、色の指定はしなかった。アンバーが気を利かせたのかどうかは分からない。


 鏡を通して自分の耳を見たエリオットは顔をほころばせた。


「嬉しいよ。ずっとヴィクトリアの色を付けられるなんて」

「……わたくしも、嬉しいです」


 エリオットと目が合い、胸の高鳴りにヴィクトリアが耐えきれずさっと目をそらす。するとエリオットはゆっくりとヴィクトリアの体を両手で包みこんだ。


「私の事を待っていて。帰ってきたら、一番に君の顔を見たい」

「はい、必ず。離れている間も、ずっとエリオット様のご無事を祈ります」

「私も、いつもヴィクトリアを想うよ」


 二人はしばらくそのまま寄り添いあっていた。



 クリステルにも何か贈ろうかと考えたが、アンバーが「あいつが嫌がるからだめ」と言ったので諦めた。あいつ、というのはきっとクリステルに加護を与えた精霊のことだろう。

 クリステルとは手紙で他愛もないやり取りを続けている。彼女は最近も王宮で何度かルシアンと遭遇し、彼から気にかけて貰っているらしい。それ自体は嬉しいものの、どこにオーレリアの目があるか分からず怖いと書いてある。


(そんなに何度もルシアン殿下にばったりお会いするものかしら)


 手紙を読みながらふと疑問が沸いた。ヴィクトリアもしょっちゅう王宮に行っているが、なにせ王宮は広い。事前に予定を調整して会っているエリオットは別として、ルシアンにもクリステルにもばったり会うことはあまりない。しかもルシアンは王太子だ。彼はかなり多忙な身であるはずである。

 会おうと思って積極的に行動しない限り、彼と偶然会うことなどないように思えた。


(……考えすぎね)


 クリステルが言っていたように、精霊術師を重要視する王妃の意向もあって、ルシアンは彼女に声をかけているのだろう。




 二度目の遠征隊は王都を出発した。

 出発の直前、クリステルとは手を取り合って、しばし二人で語り合った。最近はヴィクトリアとクリステルが本当に親しいらしいと貴族達も理解し始めているらしい。二人でいても、以前のような目を向けられることはない。


 エリオットを見送るときは胸が痛んだが、きっと彼は無事に帰ってくるはずだ。菫色のイヤリングを付けた彼を、ヴィクトリアは笑顔で見送った。

 今回もクリステルの傍にはシリルとラウルが立っている。彼らも学園を休んででも遠征に参加することを選んだのだ。クリステルのためだろう。




 学園でのスザンヌは最近めっきり大人しくなり、ヴィクトリアに突っかかってくることは少なくなった。


「調子が狂いますわ。どうされたのかしら」


 ミシェルたちは喜びつつも、スザンヌの態度に肩透かしをくらったような顔をしている。そんな友人たちを見てヴィクトリアは苦笑してしまう。スザンヌはまたラウルが遠征に出たことに複雑な思いを持っているのかもしれない。





 遠征隊が出発して数日が経った。今、彼らはどうしているだろう。何もできないヴィクトリアは、前回と同じように頻繁に教会に行き、彼らの無事を願って祈りを捧げていた。


「ヴィクトリア様」

「ナディア様、ごきげんよう」


 教会で祈りを捧げて帰るところで彼女に会った。ナディアもラウルのために祈りを捧げにきたのだろう。教会で彼女と会うことが増えた。


「アンバーは元気かしら?」

「えぇ、元気にしていますわ」


 そのまま二人でしばらく歓談し、ではまた今度、と言って別れる。ヴィクトリアはそのような日常を過ごしていた。





 王宮の王族の居住スペースで、ヴィクトリアとオーレリアは二人、王子の婚約者として割り当てられた公務をこなしていた。

 二人とも無言で書類を見ている。最近はヴィクトリアから話題を降ることも減った。どうしても、彼女をこれまで通りの目線で見られなくなってしまったのだ。

 

「もうフォーレ辺境伯領には着いたかしら」


 ぽつりとオーレリアが声を出した。遠征隊のことだろう。ヴィクトリアは手を止めて彼女に顔を向ける。


「そうですね。そろそろ到着している頃だと思います」

「心配ね。エリオット殿下もご無事だといいけれど……辺境伯領に出る魔物はとても強いと聞くわ。恐ろしい」


 深刻そうな顔でオーレリアが言う。段々と分かってきた。今まで彼女はこうしてさりげなくヴィクトリアに不安の種を植え付けてきたのだろう。


「……エリオット様は優秀な魔術師でいらっしゃいますわ。騎士団も魔術師団も帯同しておりますし、クリステル様が結界を張れば安全な場所になります。きっと無事お帰りになられますわ」


 彼女に同調することなくそう答えると、オーレリアは意外そうな顔をした後、いつも通り優しい微笑みを浮かべた。


「えぇ。無事にお戻りになるよう、わたくしも祈っているわ」


 二人はまた作業に戻る。それからもじっとオーレリアがヴィクトリアを見つめているので、不思議に思ってヴィクトリアは彼女を見返した。


「何かありましたか?」

「いいえ。ねぇ、そのイヤリングは、エリオット殿下から?」


 ヴィクトリアの耳には、エリオットから贈られた碧色のイヤリングが光っていた。これは先日エリオットに贈った菫色のイヤリングを模したもので、アンバーの魔石のような特別な効果はない。しかしエリオットは「離れている間、ヴィクトリアも私の色を纏ってくれたら嬉しい」と言って贈ってくれたのだ。

 彼の手でヴィクトリアの耳にイヤリングをつけてくれたことを思い返し、ヴィクトリアの耳が知らずに赤くなる。


「はい。出発される前に、エリオット様からいただきました」


 何となく恥ずかしくてオーレリアの顔を見られずにそう答える。

 そんなヴィクトリアを見るオーレリアの表情が冷たく歪んでいることに、ヴィクトリアが気付くことはなかった。




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