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フロレス

本日三話目です



 ヴィクトリアは自身が経営している店の前に立っていた。


 ヴィクトリアの目線の先には『フロレス』と書かれた看板が掲げられており、店のショーウィンドウからは美しい容器に入れられた石鹸や、ハーブなどが飾られているのが見える。

 店の扉からは貴族の使いと思われる女性や、貴族女性がひっきりなしに出入りしていた。


 『フロレス』は貴族街の一角にあった。高級感を売りにしている店舗は、外観にもこだわっている。窓の形や扉の枠の色にまで悩みぬいて決めたこともあり、目の肥えた貴族女性からも好評だ。

 扱う商品も、貴族など上流階級の女性向けのものだ。ハーブを使った石鹸や、入浴剤。化粧水や、紅茶なども取り扱っている。商品を飾る容器だけを売ることもある。


 ヴィクトリアがフロレスの経営を始めたのは二年ほど前のことだ。

 妃教育で国の現状を学んだとき、ヴィクトリアは衝撃を受けた。王を戴き、貴族制を採用するわが国には格差がある。それはヴィクトリアも分かっていたことだ。しかし、貧困地区の住民が想像以上に劣悪な環境で生き、多くの子どもが日々命を落としていることは知らなかった。

 困窮した者が最後に行きつく場所が孤児院であり、修道院だ。それらの施設は国や領主、貴族からの援助で成り立っている。寄付が少ない施設は運営を維持できない。

 現状では慢性的に数が足りておらず、死んでいく者が沢山いるのだ。


 ヴィクトリアは自分にできることを考えた末、家族の助けを得て自分の店を開店することにした。貴族向けの利益が高い商品を売り、得た収益を寄付するのだ。

 寄付のために始めたことではあったが、商売というものが思った以上に楽しく、やりがいを感じていた。



 今日は店の視察とともに、売れ行きの良い薔薇を使った商品の陳列や在庫を確認した。店の外から商品の見え方を確認していると、後ろから声がかかった。


「ヴィクトリア」

「あら、シリル」


 ヴィクトリアに声をかけたのは幼馴染のシリル・デュランだった。すらりとした長身で、灰色の髪は短く切りそろえられている。デュラン伯爵家の次男である彼とは幼い頃から交流があった。同い年だし、両家のタウンハウスが近いからだ。

 シリルは商会の従業員と共に大きな荷物を抱えていた。注文した素材の納品にきてくれたのだろう。

 デュラン伯爵家は商会を経営している。彼は伯爵家の次男でありながら、商会の手伝いもしていて、こういう雑用もこなしているのだ。


「重いでしょう。ちょっと待っていて。店から人を呼ぶわ」

「ありがとう、助かる」


 店に入り、男手を呼ぶように言うと、従業員が何人か出てきてくれた。箱の中身を確認し、次々と店の中へと運び込んでいく。

 シリルは自由になった両手を上げて伸びをした。重かったのだろう。彼は体をほぐすように回すと、ヴィクトリアに笑いかけた。


「今日は視察か?」

「そうよ。何だかシリルと話すのは久しぶりね。学園では毎日会うけれど」

「それ、嫌味? 仕方ないだろ。王子様が怖いし。まぁ、ここなら大丈夫だろ」


 シリルとは同じクラスだが、学園では一切話さない。彼は冗談っぽくエリオットのせいだと言うが、穏やかなエリオットがシリルを牽制するなど考えられない。

 彼が自分を避けるのはきっと悪評が原因だと考え、彼のためにもヴィクトリアはシリルに近付かないようにしている。


「そうそう。ラベンダーがそろそろ届くぞ。あと数日はかかるけど」

「まぁ! 本当に楽しみだわ。有難う」


 次はシリルが仕入れてくれるラベンダーで新商品を売り出すつもりなのだ。

 既にラベンダーの効用や活用法については調べていた。ハーブティーや化粧水、入浴剤に加工する予定である。シリルは商会の伝手を使い、素材の提案もしてくれる有難い存在だ。


 シリルはショーウィンドウから見える商品を眺めている。瓶や包装、形にこだわっているので、フロレスの商品は美しい。素材の一つ一つの効用を調べ、それに合った加工を施しているので品質も確かだ。


「ヴィクトリアってすげぇよな。俺の仕入れた素材がこんな風になるなんて。ラベンダーがどうなるか楽しみだ」

「ほとんどシリルが仕入れてくれた素材の力よ」


 彼の伝手でフロレスの商品の材料を仕入れているので、フロレスの成功は半分ぐらい彼のおかげでもある。ヴィクトリアだけでは、とてもできないことだ。


「なんでヴィクトリアがフロレスを経営しているって言わないんだ? たぶんお前を見る目も変わると思うぜ」

「……」

「ほら、今店に入ったのだって、バルテ嬢の従者だ。自分が愛用している商品を作ったのが実はヴィクトリアだって知ったら、どんな顔をするんだろうな」

「あぁ、スザンヌ様の……」


 スザンヌ・バルテは同級生で、学園でも同じクラスだ。珍しく堂々とヴィクトリアへ苦言を呈してくる令嬢である。陰でこそこそと言われるよりはよっぽど気分がいいので、陰口を言う令嬢よりは好印象だ。

 フロレスの顧客にスザンヌがいることは把握しているが、特にフロレスの経営者がヴィクトリアであると彼女に告げるつもりはない。


 フロレスはベルトラン侯爵家が経営しているとだけ公表しているため、実質的なオーナーがヴィクトリアであるということは知られていない。両親や、公爵家内部の家臣が経営していると思われているようだ。

 フロレスの顧客にはスザンヌを始めヴィクトリアの陰口を言っている令嬢も沢山いるし、彼女たちがお茶会でフロレスの商品についての話題を出すことも多い。

 一般的に流行を作りだす女性は社交界で尊敬されるものだ。

 シリルの言う通り、フロレスのオーナーがヴィクトリアだと知られれば、彼らが自分を見る目も少しは変わるのかもしれない。


「……何をしても悪くとられるのよ、わたくしは」

「ヴィクトリア?」

「わたくしがオーナーだと知られれば、逆にこの店の価値が下がるかもしれないでしょう」


 ヴィクトリアにとって、フロレスは大切な場所だった。自信を喪失しそうだったヴィクトリアに、多くの人から評価される経験を与えてくれた。

 ヴィクトリアが経営者だと公表したところで、自分の悪評を考えると、フロレスの商品価値の方が下がるように思えてならなかった。


「寄付ができるようになったのも、嬉しいの。わたくしにできることってそれだけだものね」


 はぁ、とシリルはため息をついた。


「……少し話したらヴィクトリアは全然噂とは違うし、無表情でもないって分かるはずだけどな……」

「あら。もしかして、シリルったら褒めてくれているの?」


 彼の言い方がどこかくすぐったくて、ちゃかすようにヴィクトリアは顔を彼に近付けた。


「うわっ、そんなにくっつくなよ! 王子様に殺されるだろ! 物理的に!」

「何を言っているのよ。エリオット様がこんなことで嫉妬する訳ないでしょ」

「お前、本当に殿下のこと分かってないよなぁ」


 呆れたようにシリルが言うので、とりあえずヴィクトリアは彼と距離をとった。

 今こうしてシリルと話していること自体、エリオットに知られるはずがない。絶対にシリルの考えすぎである。


「あ、そうだ。ヴィクトリア。転入生が来るらしいけど、知ってるか?」

「知っているわ。クリステル・ローラン男爵令嬢でしょう」


 シリルの口から彼女の話題がでると思わなかったので、ヴィクトリアは目を丸くした。


「さすがにヴィクトリアは知ってるかぁ。なんせ精霊の加護だもんな。いや、この前、その転入生がウチの商会に来たんだ。めちゃくちゃ変な女だったぞ」

「シリル。ご令嬢に対してそんな言い方ってないわ」

「だってそれ以外に言いようがないんだよ。ほんとに」


 シリルが少し拗ねたように言う。


「完全に変人だぜ、あれは。俺の顔を見るなり、本物だ、とかなんか意味不明なことばっか言ってさ。妙に挙動不審だし。元平民だからか?」


 ローラン男爵がクリステルを養女にしたことは知られていても、彼女が最近まで平民だったことはあまり知られていないはずだ。シリルは商人でもあるので情報に通じているのだろう。


「変わっているのだとしても、精霊様の加護がある方なのだから、正直で心の綺麗な女性であることは間違いがないわよ」


 精霊が好むのは純粋で正直な心だと言われている。その精霊が加護を与える人物は皆、清らかな人柄らしい。ヴィクトリアはクリステルとは実際に会ったことはないが、彼女が善性の人間であることを疑っていなかった。


「まぁ、顔は可愛かったよ」


 シリルが言外に顔だけは、という言い方をしたので、ヴィクトリアは彼を軽く小突いたのだった。




明日からは、1日1話で投稿します。

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[一言] シリルめちゃくちゃ良いですね✨️素敵です……っ!!
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