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クリステルの過去 4



 エリオットとヴィクトリアが婚約したことは知っていた。王族の婚約で王都の街がお祝いムードになったからだ。“精霊の祈り”では二人の婚約は白紙になっていたので、クリステルはとても喜んだ。しかし、婚約者の令嬢に加護があるという話がでていないので、クリステルは不思議に思っていた。


「ヴィクたんはまだ精霊の加護を受けてないの?」

『受けてないよ』

「なぜなの? もう加護を受けている時期なのに。ヴィクたんは加護を受ける運命でしょ」

『運命は知らない。僕たちは女神様じゃないから未来も過去も見られないし』

「なんでだろう……」

『まぁあの子、加護を貰う事情がないもんね』


 リツが言うには、精霊は気に入ったからといって誰にでも加護を与えることはできないという。人から心底の、切実な願いに応えるという形でしか、加護を与えられないらしい。


『君はすごく真剣に祈ってた。だから僕の加護をあげられた』


 クリステルは呆然としてしまう。ヴィクトリアが切実に精霊に願いを捧げないと、精霊は彼女に加護を与えられない。


(“精霊の祈り”では……エリオットを助けたいと祈りを捧げて、加護を貰って……)


 今の世界ではエリオットが大怪我を負わなかったので、彼女が切実に精霊に祈るような場面は起きなかったのだ。

 そのことに思い至ったクリステルは大きな衝撃を受ける。


「そんな……、私のせいじゃん」


 顔面蒼白になったクリステルはぽつりとつぶやくと、力なく床に座り込んだ。


『言っただろ。お前のオシは別の道を歩むって』

「それは、エリオットのことだと思ったわ!」


 ヴィクトリアは精霊の加護を貰うことで自分に自信を持ち、より素敵な女性となるのだ。精霊術師として努力し、その力で周囲を助けることで、徐々に貴族たちからの評価も上がる。

 しかし、今のヴィクトリアはそのきっかけを失ってしまった。ほかならぬクリステルの行動によって。


『でもクリステルはあの第二王子に怪我してほしくなかったんだろ』

「……うん。そう、そうだけど。そうだけどさ……」


 エリオットの怪我を防いだことで、ヴィクトリアが受けるはずだった輝かしい未来を奪ってしまった。その事実は、クリステルにとって背負いきれないほど重いものに感じた。



 それからもクリステルは普段通り過ごした。家を手伝い、薬草を採り、下の兄弟の面倒を見る。

 でも、ふとした時に、これでいいのかと自問自答する。


(今、どうなっているんだろう。ヴィクたんとエリオットは仲良くしてるのかな。加護を受けなかったら、オーレリアもあくどいことしない、よね)


 “精霊の祈り”では、ヴィクトリアに嫉妬したオーレリアによる嫌がらせがあった。オーレリアは基本的に自分の手を汚さない。エリオットを慕う単純なスザンヌを操り、ヴィクトリアを追い詰めていた。

 加護を受けなかったのだから、きっとオーレリアの嫌がらせは受けていないだろう。でもヴィクトリアは自信を持てないままだ。


 しかも、ヴィクトリアが精霊術を使って人を助ける展開があることも、クリステルは気にかかっていた。


(イザベルと、ナディア。二人ともヴィクトリアが『癒し』を使って助けてた)


 イザベルは毒で一時危うい状態になるものの、ヴィクトリアの真摯な看病と精霊術で回復する。ナディアは火事でやけどを負うが、それをヴィクトリアが癒すのだ。

 事件や事故が起きても、二人を助ける存在はいない。ヴィクトリアは加護を受けていないのだから。クリステルは自分の行動によって、取り返しのつかない事態になっていることに恐怖を感じていた。


 それでもエリオットの怪我を防がなければ良かったとも思わないのだ。



 そのように煩悶していたある日、彼らはやってきた。


「手に紋様のある少女とはどの者だ」


 狭い家に数人の貴族と思われる男と騎士が、突然押しかけて来た。家族はあまりに突然のことに困惑を隠しきれない。クリステルは、いよいよこの日がやってきてしまったと悟った。


「あの、貴族様がうちにどういったご用件で」


 父が恐る恐る聞くと、彼らは厳しい目つきで父を睨んだ。


「質問に答えよ。紋様のある少女がこの家にいるという情報を聞いている」


 家族はみんな、押し黙っていた。なぜ彼らがクリステルを探しているのか意図が分からない上に、貴族が恐ろしいからだ。

 クリステルは静かに立ち上がった。


「ク、クリステル……!」


 両親は焦ったようにクリステルを止めるが、クリステルは静かに手袋を取った。

 彼らはもうここまで来てしまっているのだから、逃げることなどできない。いつかこんな日が来ると思っていた。ここまで平穏に過ごしてこられた方が、奇跡に近いのだ。


「私です」

「おぉ……!」


 彼らはクリステルの手を見て感嘆の声を上げた。

 ざざっ、と音を立てて騎士たちがクリステルを前に跪いた。家族は何が起きているのか分からずに口を開けて彼らを見る。


「まぎれもなく君は精霊の加護を受けた女性のようだ。さぁ、こっちへ」

「……私は、家に帰れるのでしょうか」

「もっとあなたの相応しい場所へ行くということなんだよ」


 貴族らしき男が、にこやかな、しかし有無を言わせない笑顔で言う。

 分かっていた。彼らについて行けば、もうこの家には帰れないだろう。拒否することなどできない。平民が貴族の言うことに逆らうなど、死を望むことと同じだ。


 クリステルは家族の方を振り返る。家族は皆、不安そうにクリステルを見ていた。

 おかしな言動をするクリステルを邪険にすることなく育ててくれた両親。呆れながらも世話を見てくれた兄と姉。かわいい弟、妹。クリステルは家族を愛していた。


「ちょっと行ってくるね」

「クリステル……!」


 心配させないように、いつもの笑顔を浮かべる。彼らは急かすようにクリステルを家から出すと、そのまま馬車に乗せた。


 家の外は日が傾き、乾いた風が吹いていた。家族は外に出て、馬車に乗るクリステルをずっと見ている。クリステルは自然と溢れそうになる涙を必死で堪え、最後まで家族に笑顔を見せていた。







作者体調不良のため、少し更新をお休みします。

申し訳ありません。

続きは必ず投稿しますので、更新再開をお待ち頂ければ嬉しいです。


risashy

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