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アンバー



 猫は堰を切ったようにしゃべり続けた。自分はとっても賢くてすごいので、言葉なんてずっと前から理解していたのだという。

 言葉を話す動物は稀に出現する。犬や猫、鳥や兎などでこれまで確認されていた。この猫もそういった稀な例だろう。魔物にも人語を解する個体がいるが、この猫からは瘴気が感じられないので魔物ではない。


「ヴィクトリアがすき。だから一緒に暮らしたいけど、こうしてしゃべっちゃいそうだったから、やめてた」

「そうなの。じゃあもう一緒に暮らせるんじゃない? これでもう、わたくしはあなたがお話できること知ってしまったし」

「にゃーっ……たしかに、そうかも」


 器用にふかふかの手を顎まで持ってきて、考えるような仕草をする。なんとなく滑稽で、とても可愛らしい。猫はアーモンド型の黄金の瞳をヴィクトリアへ向けた。


「じゃあ、一緒にすむ」

「まぁっ……! うれしいわ」


 ヴィクトリアは思わず大きな声を出してしまう。普段感情の出ないヴィクトリアにしては珍しいことだ。

 猫はぴょん、とヴィクトリアの腕の中へ飛び込み、ぎゅっと体を丸めた。ぽかぽかと温かい。次に猫は目を開けると、ナディアへ顔を向けた。


「ナディアもすき。でも、ヴィクトリアのほうがもっとすき」

「ふふ。わかっているわ」


 ナディアがゆっくり猫を撫でた。猫は嬉しそうにそれを受け入れる。


「あなた、お名前はあるの?」


 家で飼うにしても猫と呼ぶわけにもいかないので、確認してみる。猫は首をかしげた。


「ある。でも、いえない」

「そうなの」

「ヴィクトリアが好きによんだらいい。ねこちゃんでもいい」


 本当の名前を教えてくれないのはなぜだろうと思ったものの、答えてくれなさそうだ。

 愛らしい猫をじっくりと見る。この子にはどんな名前が似合うだろう。


「アンバー……」


 ぽつりと呟いた言葉に、ナディアがぱっと笑顔を見せる。


「まぁ、素敵。琥珀ね」


 猫は不思議そうにそんな二人を見た。


「うん。アンバーでいい」


 呼び名にこだわりがないのか、あっさりと言うと、アンバーはそのまま寝入ってしまった。

 すべてが可愛らしい。こんなに無防備にヴィクトリアを信頼してくれていることに、嬉しくなる。

 そこでナディアとは別れ、ヴィクトリアはアンバーと共に馬車に乗り込んだ。




 アンバーは瞬く間にベルトラン侯爵家の一員となった。

 家族はみんなアンバーの虜となり、時間があればアンバーと過ごしたがった。

 言葉を話せることは知られたくないらしく、疲れるとヴィクトリアのところへやってきて、近くで眠る。


「なんでだ、アンバー。俺の膝の上が空いているのに」


 そう訴えても、にゃ、とだけ答えてジョシュアから離れてしまう。決してヴィクトリア以外に甘えないアンバーに、兄は不満げだ。

 アンバーの世話も、基本的にヴィクトリアの役目だ。餌をやり、毛をといてやる。時間があれば一緒に遊ぶ。


「ねぇアンバー。この石はどこで拾ったの?」


 前から気になっていたことをアンバーに聞いてみる。守りの力の石など、どこで見つけたのだろう。ヴィクトリアは今も胸にかけているペンダントの石に触れた。


「ん? もってた」

「すごい力があるって言われたわ」

「うん。それあればヴィクトリアあんぜん」


 アンバーはそれだけ答えて、どこかへ行ってしまった。

 アンバーは不思議な猫だ。ヴィクトリアに愛情表現は惜しまないものの、言いたくないことは絶対に言わないのだ。




「この猫が、アンバーかい」

「えぇ、エリオット様。ようやくうちの子になってくれたのですわ」

「にゃー」


 今日はエリオットがベルトラン侯爵家に訪ねてくれた。アンバーに会いたかったらしい。

 アンバーと過ごすために、今日はソファで並んで二人で座っている。エリオットはヴィクトリアの膝の上で座るアンバーの顎の下に手を出し、優しく撫でた。アンバーも嫌がる素振りは見せなかったので、ヴィクトリアは安堵とする。


「美人な猫だね」


 エリオットが次はアンバーの背を撫でると、アンバーはなぅ、と鳴いてエリオットの膝へ移動した。エリオットが嬉しそうに破顔する。


「まぁ。この子、未だにお兄様の膝にも座りませんのに」

「それは光栄だ」


 ゴロゴロとのどを鳴らすアンバーを二人で愛でる。

 ふとエリオットの顔を見ると、彼はどこか疲れているように見えた。表情に陰りが見える。心配になったヴィクトリアはエリオットの顔を覗き込んだ。


「お忙しいのですか?」

「ん? あぁ……そうだね。遠征の後始末が色々と。ごめん、疲れた顔をしているかな」


 エリオットが苦笑するように言った。遠征では予想外の出来事が起き、彼がその調査や検証に奔走していることは知っている。ヴィクトリアは慌てて首を横に振った。


「わたくしにお手伝いできることがあればいいのですが……」


 まだ婚約者であるヴィクトリアにできることは限られている。逡巡したヴィクトリアは、思いついたことがあり、ちょっとお待ちくださいと声をかけ、席を立った。

 アンバーはにゃぁ、とエリオットの膝に丸まったままだ。

 少しして手に小さな箱を持ったヴィクトリアが戻ってきた。さっとエリオットの隣に座ると箱を差し出す。


「これはカモミールのハーブティーです。疲れた時に良いので、是非お試しください」

「フロレスの商品? 見た事ないな」

「これから売る予定のものなので」


 微笑んだエリオットが箱を受け取ると、アンバーがその箱に手をあて、なーぉ、と鳴いた。すると淡く箱が光り出す。予想しない事態に、ヴィクトリアは困惑する。


「え?」

「なっ……なにをしたの、アンバー」


 慌ててアンバーを抱き上げると、アンバーはきょとんとした顔をしている。


「げんきになるお茶にした」


 急に喋り始めたアンバーに、エリオットはぎょっと目を見開いた。


「元気になるような効果がついたってこと?」

「うん。アンバーはなんでもできるから」


 にゃー、と誇らしげに鳴くアンバーに茫然としていると、エリオットは無言でアンバーの手をとった。


「紋章はない、か……」

「エリオット様?」

「精霊術みたいに見えたから、一応確認してみたんだけど。アンバー、君は言葉を話せる動物なんだね」

「うん。でも、ないしょ」

「君が賢い猫なことは秘密なんだね」


 にゃっ、とアンバーは答える。アンバーのことをルシアンに報告するのだろうか。少し不安になってヴィクトリアはエリオットを見上げた。


「大丈夫。とりあえずこのカモミールティーを楽しむよ。アンバーのことはその後だ」

「エリオット様……」


 人語を解する動物である上に、精霊術に似た力が使えるとなると、アンバーは恐らく王宮の魔術師団に預けられることになるだろう。ルシアンに報告するということはそういうことだ。

 正直、アンバーと離されるのは嫌だ。しかし、エリオットの立場を思うと、アンバーの存在を黙認するのは難しいということもヴィクトリアには分かっていた。


 にゃーっ!とアンバーは威嚇するようにエリオットの服に爪を立てた。


「ヴィクトリアと離れるのはだめ。アンバーはヴィクトリアといっしょじゃないといや。それをげんきに

なるお茶にしたのも、ヴィクトリアがそうしてほしいと思ってたから」

「だめよ、アンバー」


 慌ててヴィクトリアはアンバーをエリオットの膝から抱き上げる。エリオットが怪我でもしてしまったら大変だ。


「大丈夫だよ。君とヴィクトリアを離すつもりはない」


 エリオットがアンバーの目を覗き込むと、アンバーは黄金の瞳をじっとエリオットへ向ける。


「じゃあいい」


 ぴょん、とヴィクトリアの腕から飛び降りると、アンバーは部屋から出て行ってしまった。残された二人はしばらく無言でアンバーが消えた扉を見る。


「どうしようかな……」


 困ったように、ぽつりと呟いたエリオットの声が部屋に落ちた。




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