スザンヌ
魔物の結界を求める地域は、他にもある。
結界を張れる人物がクリステルしかいないので、優先順位をつけて順番に遠征の日程を組むという。
しかし夏休みはあまり残っておらず、国王がクリステルの学業が最優先だと宣言していることから、次の遠征は少し後になるだろう。
「学園を数日休むことなど、魔物の被害を抑えることと比べれば何てことないのに、なんて自己中心的な方なのかしら」
「ご自分のことしか考えておられないのよ。やっぱり元平民ね。品性がないわ」
オーレリアのお茶会に出席していたヴィクトリアに、そのような会話が漏れ聞こえた。ぱっと声の主を探すが、人が多く特定できない。
(何てことを言うの。どちらが自己中心的なのかしら)
持てる者は、持たざる者へ分け与えるべきだという考え方があるのは知っている。しかしそれは持てる者に一方的な自己犠牲を強いることとは違うはずだ。
腹立たしい気持ちが沸き上がり、瞳を閉じて気持ちを落ち着かせる。
「ヴィクトリア様、ご気分が悪いのですか?」
「大丈夫よ、レリア」
一緒に出席しているレリアが心配そうにヴィクトリアに声をかけた。
ヴィクトリアとオーレリアは同じ王族派であるが、あまり彼女のお茶会に誘われることはなかった。今日は珍しく声がかかったので、同様にお誘いがあったレリアと共に出席したのだ。
オーレリアに挨拶した後、ヴィクトリアとレリアは二人で過ごしていた。周囲からは遠巻きにされていて、ぽつぽつと数人の令嬢と言葉を交わすぐらいだ。
このお茶会では、この前見事結界を張ってみせたクリステルのことに関することがさかんに囁かれている。そこには彼女への称賛と、僅かな嫉妬がにじんでいるようだ。
見たところ、今日のお茶会にクリステルは参加していない。オーレリアは彼女と親しくなりたいのかと思っていたが、今日は誘わなかったらしい。
「あら、ヴィクトリア様」
「スザンヌ様、ごきげんよう」
声をかけてきたのは真っ赤なドレスを身に付けたスザンヌだった。彼女はオーレリアと親しいので、よくオーレリア主催のお茶会に出席している。スザンヌを確認して、隣のレリアが嫌そうにため息をついた。
「ヴィクトリア様がオーレリア様のお茶会にいらっしゃるなんて珍しいじゃない」
「お誘いがあったのですわ」
ふんっ、と鼻を鳴らしてスザンヌは腕を組んだ。
「相変わらずそんな派手なドレスを着ているのね! いい加減落ち着かれたらどう?」
「そんなに派手かしら。でも自分に似合うドレスを着たいもの。スザンヌ様もそうでしょう? スザンヌ様も今日の赤いドレス、よくお似合いですわ」
今日のヴィクトリアは紫のドレスだ。胸元は隠れているし、フリルも少なめである。金の刺繍が入っているので派手に見えるかもしれない。
スザンヌはヴィクトリアの返答が意外だったのか、ぽかんとした表情をした。
「ヴィクトリア様、ドレスすごくお似合いです……」
「ありがとう、レリア。レリアの黄色いドレスも素敵よ」
ふん、と腕を組むスザンヌを見て、ふとヴィクトリアは彼女の弟であるラウルを思い出した。
「そうだわ、スザンヌ様。弟君が遠征に行かれていたわね」
「……そうね」
スザンヌは相槌を打ちつつ、ふいっと視線を横にそらした。
「クリステル様が言っていたわ。あっという間に魔物を倒してしまうと。とてもお強いのね」
ラウルの話をしたくないのか、スザンヌは黙り込んで眉をしかめている。姉弟仲が良くないのだろうか。
「本当に、誰も彼も、あの女の話ばかり」
ポツリと、スザンヌがつぶやいた。
「あの元平民は何なの。品がなくて、権力者にすり寄ってみっともない。何が精霊の加護よ。あんな女、なぜありがたがっているのよ」
「スザンヌ様。口が過ぎますわ」
ヴィクトリアが厳しい口調でスザンヌを止めると、彼女は一層目を吊り上げた。
「あなただって、あの女を煙たがっているくせに。エリオット様も、シリル・デュランも、ラウルだって……みんなしてちやほやしているんだから」
「煙たがってなどおりません」
「嘘よ。ヴィクトリア様っていつもそうね。誰に何を言われても怒らずに、いい子ちゃんぶって。どうせ腹の中は煮えくり返っているんでしょう」
これまで傲慢とか尊大とは何度も言われたことがあるが、いい子ちゃんぶっているとは初めて言われた。ヴィクトリアはどう受け取ればいいか分からず声をつまらせた。
「あなたまで、あの女と仲良しだというの? 何よ……」
「スザンヌ様?」
「おばあ様……」
声を震わせたスザンヌの瞳が少し潤んでいたので、ヴィクトリアは驚いてしまう。
彼女の様子はいつもと違う。スザンヌはいつも胸を張り、自信に満ちた振る舞いをしている。こんな気弱な彼女は初めて見た。
「あなたたち、どうしたの」
声の主は今日の主催者であるオーレリアだった。彼女は思案気に表情を曇らせていた。いつの間にか注目を集めていたらしい。
スザンヌはぱっと表情を変え、胸を張った。
「何でもありませんわ! いつも通り、ヴィクトリア様とお話していただけです」
「お騒がせしてしまったのですね。申し訳ありません、オーレリア様」
スザンヌに続いてヴィクトリアも声を出す。
オーレリアは一瞬間をおいて優美に微笑み、それなら大丈夫よ、と言って離れて行った。




