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壮行会の夜



 最初は食事会という話だったクリステルの壮行会はもはや夜会といってもいい規模になっていた。

 王宮のホールは多くの人で賑わっている。王族とその婚約者。宰相や、騎士団、魔術師団の幹部なども出席している。

 騎士団と魔術師団の面々はクリステルを恭しい態度で扱っていた。魔物を遠ざける結界がいかに彼らから歓迎されているのかが伝わってくる。


 学園はすでに夏休みに入っていた。数日後にクリステル達は西方にあるアベール男爵領に赴き、結界を張るという。

 アベール男爵領はアベール男爵家が治める領地だが、領地内に険しい山があり、そこが魔物の生息域となっている。ここ数年魔物が山から下りてくるようになったらしい。これまでの歴史でもそういうことはあったので、領都には魔物から街を守る城壁が作られている。しかし領都以外の小さな村は、魔物がいつ来るかという恐怖に怯えているというのだ。

 山に魔物が下りてくる獣道があり、そこにクリステルが結界を張るらしい。



 ヴィクトリアは王族席で、エリオットの隣にいた。沢山の人に囲まれているクリステルを眺めながら、彼女の遠征中の無事を密かに祈っていた。


「“精霊の乙女”は本当に綺麗なご令嬢ね」

「オーレリア様」


 声をかけたのはオーレリアだった。質のいい生地に、シンプルなデザインのドレスに身を包むと、清楚な彼女の印象が際立ち、美しい。


「アベール男爵はわたくしの母の縁戚にあたるの。わたくしも心を痛めていたわ。彼女の力添えはとても嬉しい」

「そうでしたか……」


 えぇ、とオーレリアはにっこり微笑んだ。


「早くわたくしも精霊の乙女と話してみたいわ」

「もう少し待てば、こちらに挨拶に来るのではないでしょうか? 先ほど両陛下に挨拶に行っていたようですし」


 そのような話をしていると、クリステルが騎士と魔術師を連れてこちらに来た。ヴィクトリアはクリステルの傍につく魔術師を見て声が出そうなほど驚いてしまう。


(シリル!? なぜ? シリルも遠征へ行くの?)


 魔術師団の衣装に身を包んでいるのはシリルだった。確かにシリルは優秀な魔術師だ。何度か魔術師団に誘われていると聞いていた。てっきり彼は商会を継ぐつもりだと思っていたが、もしかすると魔術師になることにしたのかもしれない。

 最近、父君のデュラン伯爵が後妻と離縁したという話は聞いていたが、遠征へ行くとは聞いていなかった。ヴィクトリアはじっとシリルを見てしまう。


 ルシアンとオーレリアの前にきたクリステルはカーテシーをした。

 その姿は、どこをどう見ても教育の行き届いた令嬢であった。


(努力したのね)


 ルシアンとオーレリアがにこやかに労いの言葉をかけている。クリステルの表情は硬く、緊張からか顔が赤い。


「ローラン嬢、君とは長い付き合いになりそうだ。よろしく頼むよ」

「は、はい。頑張ります」

「また、わたくしのお茶会にも招待しますわ。是非いらしてね」

「はい。光栄です」


 しどろもどろに、クリステルが答えている。少し心配になったヴィクトリアがその様子を見つめていると、クリステルの隣に控えている騎士が敵意を隠さずにヴィクトリアを睨みつけた。

 その騎士は、学園でも見かけたことのある顔だった。


(あぁ、スザンヌ様の弟だわ)


 彼はスザンヌの弟で、バルテ伯爵家の次男だったと思う。一つ年下の一年生だ。何度か学園ですれ違ったことがあるので見覚えがあるのだ。騎士服を着ていると印象が変わるので、すぐに気づかなかった。

 ルシアン達への挨拶を終え、次にクリステルはエリオットとヴィクトリアの前にきた。彼女はあからさまにホッとしたような表情をしている。


「ヴィクトリア様ぁ、緊張しました……」

「そうなのね。でもクリステル様、ここは正式な場だから、まず礼をとらなくては。そしてまずエリオット様に挨拶を」


 はっとしたように、彼女はカーテシーをした。


「殿下。本日は、このような会を開催していただき、有難うございます」

「まぁ、私は何もしていないけどね。遠征は大変だと思うけど、頑張って」

「はい」


 二人が話している場面を見るのは久しぶりだ。エリオットは社交用の笑みを浮かべて声を掛けている。特別親しいようにも見えず、ヴィクトリアはどこか安心した。


「クリステル様、どうか無理はなさらないでね」

「はい、ヴィクトリア様! そうします!」


 様子を見ていたスザンヌの弟が、皮肉気に顔を歪めている。

 これまで彼とは関わりがなかったはずだが、どうやらヴィクトリアに反感を持っているらしい。スザンヌから何事かを吹き込まれているのか、悪役令嬢の噂を聞いているのだろう。


「そちらの騎士様と魔術師様も、クリステル様と遠征へ行かれるの?」

「はいっ! こちらの騎士はラウル様。こちらの魔術師はご存じのとおり、シリル様です! お二人にはとてもお世話になっています」


 クリステルが彼らをヴィクトリア達に紹介すると、二人は礼を取る。シリルはちらりとヴィクトリアに顔を向け、口端を上げた。


 心配するな、と言いたいのだろう。


 エリオットが二人に顔を向けた。


「君はバルテ伯爵の子息だな。そして君は、デュラン伯爵の子息か」

「はっ」

「二人とも、どうかローラン嬢を守ってやってくれ」

「はっ!」


 ラウルとシリルは恭しい態度でエリオットの言葉に返答した。

 二人が通常の姿勢に戻ると、クリステルがそっとヴィクトリアの近くに来て、小さな声で囁いた。


「ヴィクトリア様、さっきオーレリア様からお茶会に誘われてしまったんですが」

「そうだったみたいね。聞いていたわ」

「それって、断れないですよね」

「……オーレリア様からの誘いを断るのは難しいかもしれないわね」


 ヴィクトリアの答えに、クリステルの顔が曇る。

 彼女はオーレリアの誘いを断りたいらしい。ヴィクトリアは不思議に思った。クリステルは今日初めてオーレリアに会ったはずだ。オーレリアからの誘いを受けるのをためらうのはなぜだろう。

 オーレリアは多くの令嬢から慕われている。その高貴な身分と、王太子の婚約者という立場もあるだろうが、多くは彼女自身の人柄によるものだ。


 もしかすると、クリステルは身分違いであるオーレリアからの誘いに気後れしているのかもしれない。

 とはいえ、オーレリアはアセルマン公爵家の令嬢で、王太子の婚約者だ。彼女の誘いを断るのは、ヴィクトリアでも難しい。


「クリステル嬢。大丈夫ですか」


 表情を曇らせたクリステルを案じているのか、ラウルが割って入ってきた。心なしかヴィクトリアへ非難の視線を向けている。


「だ、大丈夫です」

「……先ほどまで笑顔しか見せていなかったのに、なぜこんな」


 ヴィクトリアへ目線を向けながら、彼は言った。ラウルはヴィクトリアがクリステルに何事か責めたのだろうと言いたいらしい。


「ですからラウル様、誤解しないでください。ヴィクトリア様は私に親切に接して下さってます!」

「ラウル。どこをどう見ても、ヴィクトリアとクリステル嬢は話していただけじゃないか」


 シリルが堂々とヴィクトリアを庇うのは初めて見た。ヴィクトリアは驚いてシリルを見る。

 少し険悪な雰囲気になってきたところで、エリオットがふう、と息をついた。


「君たち、後ろを見てみたら。クリステル嬢を待っている者が沢山いるみたいだけど?」


 会場の状況を確認すると、確かにクリステルと話したそうな出席者が多くいる。彼らはちらちらとこちらに注目しているようだ。


「そして、ラウル・バルテ。君はヴィクトリアが私の婚約者と分かった上でそのような態度を取っているのか?」

「……!」

「私の妃となる女性を敬えないのなら、この先君が騎士として身を立てることは不可能だ。分かっているか」

「……申し訳ありません、エリオット殿下」


 ラウルは表情を蒼褪めさせている。エリオットがここまで強く苦言を呈するとは思わなかったのだろう。


 クリステルはもっとヴィクトリアと話したそうな素振りを見せながらも、後ろで待つ出席者の元へと歩いていった。

 険悪な雰囲気が終わり、ヴィクトリアは思わず一つ息をついた。


「ごめんね、ヴィクトリア」

「え?」

「まだ君に謝らせてないのに……」


 エリオットがすまなさそうに眉を下げている。

 ラウルがヴィクトリアに謝罪しないまま去らせてしまったことを気に病んでいるらしい。そんな彼を見ていると、ヴィクトリアは胸の奥がじんわりと温かくなった。


「いいえ、エリオット様。エリオット様がわたくしのために怒ってくださっただけで、嬉しく思っております」


 エリオットはヴィクトリアの肩を抱き寄せた。


「ヴィクトリア。君はやはり、シリル・デュランと仲が良いんだね」

「シリルですか? そうですね、彼は幼馴染ですから」


 シリルの話になり、ふとクリステルの傍で立っている彼の方へ目線を向けた。シリルは幼馴染というだけでなく、フロレスのことでものすごく助けになってくれている。彼が魔術師として優秀らしいことは知っているものの、遠征から無事帰ってくれればいいと思う。


 ヴィクトリアはエリオットを見上げた。彼と幼馴染であることは隠している訳ではない。やはり、とは何だろう。


「君はあまり彼と学園で話している様子がないようだったから」

「そうなんですね。シリルは今も変わらずわたくしに良くしてくれていますわ」


 学園では話してくれないが、基本的に仲は良い。たまに手紙のやり取りもするし、先ほどヴィクトリアを庇ってくれたのも嬉しかった。


 エリオットはただ笑みを深め、ヴィクトリアの髪を撫で始めたので、ヴィクトリアはうろたえてしまう。


「エ、エリオット様? 今は、その、みんな見てますし……」

「良いんだよ。君と私が不仲だとか、おかしな噂が出るのはもう鬱陶しいだろ。私には君だけだ。それを見せつけてやろう」


 丁度、会場に音楽が響き始めた。ダンスの時間が始まるようだ。

 国王夫妻が踊り始め、次にルシアンとオーレリアがそれに加わった。エリオットはヴィクトリアに向き直り、手を差し出す。


「さぁ、私のヴィクトリア。踊ってくださいますか?」

「えぇ、喜んで」


 エリオットとヴィクトリアも踊り始めた。

 ヴィクトリアはダンスのときだけは、自然と笑みがこぼれる。それをヴィクトリアは知らない。


 楽しそうに踊る二人の様子を、クリステルは目を見開いて凝視している。その頬は赤らみ、興奮した様子で小さな声で何かを呟いていた。シリルはそんな彼女を見て、「また始まった……」とため息をついた。

 二人に注目しているのはクリステルだけではない。その場に出席していた多くの出席者がエリオットとヴィクトリアを見ていた。


 そうして壮行会の夜は更けていったのだった。




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