揺れる心
少し短めです。
「食事会ですか」
「あぁ。オーレリア嬢の発案らしい。王妃陛下が乗り気だから、開催は決まったようなものだ」
いつもの昼食の席でエリオットが告げたのは、王宮での食事会についてだった。王族と、その婚約者。そこに、クリステルを加えた面々でおこなうという。
「なぜ、クリステル様も呼ばれるのでしょうか?」
「もうすぐ夏休みだよね。夏休みを使って、彼女は結界を張るために王都を離れる。それの壮行会を兼ねているらしい。だから食事会には魔術師団と騎士団も出席する」
ヴィクトリアは驚いて口元に手を当てた。
「もう遠征に出るのですか? 見る限り、彼女は魔法の技術もあまり……」
「うん。だから、騎士団と魔術師団が彼女を守る。一切危険がないとは言わないけど、滅多なことは起きないだろう」
国としては、せっかく『結界』の加護を得たクリステルが出現したのだから、できるだけ早く結界を張っていきたいのだろう。
彼女は魔法の発動が苦手としているヴィクトリアよりも魔法の技術が拙いように思える。十分に自分の身を守ることができない段階で遠征を実行するのは、時期尚早なように思えた。
「ヴィクトリアは優しいね」
「え?」
「普通、早く結界を張った方が良いと思うものだけど、君はローラン嬢の身を案じているんだろう?」
「元々わが国は魔物に対して対策を講じているはずですわ。たまたま現れたクリステル様の力にばかり依存するのは、あまり良いこととは思えません」
魔物被害に悩む地方に赴き、結界を張る。それ自体は正しいことだし、大いに歓迎されることだ。だが、今その結界を張れるのはクリステルただ一人。
だからこそ、クリステル自身の状況に気を配ることが重要だとヴィクトリアは思う。
自分が優しいとは思わないが、それが長い目で見ても最善だと。
「確かに私もちょっと早いように思ったよ。ただ、彼女はローラン男爵家に迎え入れられる前から自主的に王都近辺に結界を張っていたらしい。そのことを陛下はご存じでね。それで遠征の計画が立てられたんだ」
「そうなのですか」
ヴィクトリアは驚いた。
貴族ではない者が、見返りもなく国のために動くことはないと思っていた。ヴィクトリアにとって、民とは常に守られる存在だったのだ。
しかしクリステルは、まだ平民だったときから、誰に言われるでもなく、結界を張っていたという。
ヴィクトリアの中で、じわじわと羞恥心が沸いてくる。
(わたくしって、傲慢な人間だわ)
将来王族の一席に座る者として、常に国全体を思い、民のためにあるべきだと考えてきた。
その民という存在を、何もできない赤子のように、いつも施しが必要な者であるかのように捉えていたのかもしれない。
「ヴィクトリア?」
気が付けば、エリオットがじっとヴィクトリアの顔を覗き込んでいる。ヴィクトリアは目を見張った。
「何か、思うことがあるなら、何でも私に言って欲しい。君は思慮深い女性だから、一人で悩んでいないかと心配になる」
「エリオット様……」
エリオットの碧の瞳が、自分を映している。彼から、ヴィクトリアは一体どう見えているのだろう。
自分は家柄のみで彼の婚約者に選定された。
エリオットは頭脳明晰で、容姿も良く、魔法技術も魔術師並に優れている。
ヴィクトリアはそんな彼に相応しいと言えるのだろうか。
友人であるクリステルに対して嫉妬心など抱きたくない。
近頃、ヴィクトリアは自分の中にある醜悪な感情から目を背けたくなる。
ともすればエリオットへあなたの心はどこにあるのかと問い詰めたくなる自分を、必死でとどめているのだ。
「エリオット様は、本当はどのような女性を好ましいと感じるのでしょう」
「え?」
エリオットは心底驚いたように、目を見開いた。
そこでヴィクトリアはようやく無意識に自分が口走った言葉を認識する。
(わたくしったら、なにを言っているの)
思わずエリオットから顔を逸らした。彼がどんな表情をしているか、確認するのが怖い。
「申し訳ございません。おかしなことを言いました」
ヴィクトリアが席から立とうとすると、エリオットは彼女の腕を取った。
「待って」
「エリオット様、もうお忘れください」
「もしかして、ローラン嬢のことを何か誤解している? 言ったよね、彼女とは何もない」
「はい、承知しています」
エリオットは婚約者がいる身で、他の女性と深い仲になるような男性ではない。それは、ヴィクトリアにも分かっていた。
分かっていてなお、求めてしまう。
周囲から決められた婚約者以上の愛を、欲しがってしまうのだ。
「私には、君だけだよ」
エリオットの言葉に、ヴィクトリアは胸の奥が熱くなった。