鳥籠
その日、私ことリナヴェルディア・フォン・ベルベットは世界の記憶から消された。
女性、褐色の肌、銀髪、青い瞳が私という以外の情報はない。
誰も私を覚えていない。
初めて会うような反応をする。
ニセモノだと石を投げた。
今は足枷を着け、辺境にある塔の牢獄にいる。ここには私と見張りの者しかいない。見張りは交代制だが、恐らく5人もいないだろう。顔は覚えてない。覚える気もない。何も考えず横になり、気づけば1日が終わる。そうやって、私の人生は終わるのだ。
とある庭園である男が黒髪の女性と会話している。男は白髪、それなりの身長、首にゴーグルをかけ、白いコートを纏っていた。女性はこの国の重要人物のようで、顔を仮面で隠し、黒いドレスを纏っていた。
「要件を聞きに来た。早く済ませろ」
男は馴れ馴れしいながらも、どこか冷めたような口調で尋ねた。
「アンタが暇そうだから、プレゼントでもして少しは人生に意味を持たせてあげようと思ってね」
彼女も慣れ親しんだ口調で返答し、再び口を開く。
「この座標に向かいなさい。そこにあるから。話はつけてある。アンタのバイクならすぐに行けるでしょ」
「お前のプレゼントなんざどうせロクでもないモノだろうけど、わざわざ呼び出してまで取りに行けって事は、それなりも代物なんだな」
「ええ。それは好きにしていいわ。ただし、それを手に入れて何を思っても、此処に持って来ないで。持って来るなら、消すだけだけど」
彼女は棘のある言い方で、男に釘を刺し、男もなんとなくだが、消すという意図を汲み取った。
「わかった。とりあえずそれを見るだけだ、その後に此処に来るのはいいだろ」
「良いけど、変な癇癪起こさないでね」
男は深く追求せず、書類を受け取った後示された場所へ向かった。
王都からさほど距離はなかった。そびえ立つの塔は、彼女がプレゼントと言うモノを保管する為だけに建てられたそうだ。
入り口には見張りが2人、見張りやぐらに1人の3人体制だったが、厳重ではなかった。
書類を提示し、中へと案内された。3階建てと思いきや、地下に降りるらしい。門番と暗い螺旋階段を降りながらこの塔について尋ねた。
「この塔はとある大罪人を投獄する為だけに建てられたそうです。なんでも、国家転覆を狙ったかなんかで」
「大罪人を押し付けるつもりなのかアイツは…。プレゼントなんて言い方するなんて、嫌がらせにも程があるぞ…」
渡されるモノが人間かつモノ扱いとは、彼女の逆鱗に触れるような人物がこの世界にいる事に男は呆れていた。更には、そんな人物を自分にプレゼントする。考えが理解出来ないが、見れば嫌でも行動を起こすと念を押されては、会うしかない。螺旋階段を下り切ったその先にその子は居た。
言葉がでない。
なんだコレは…
オレは幻を見ているのか?
ようやく勝ち取った場所で、
よりにもよってアイツがこんな…
「どちら様ですか?」
動揺する男の思考を遮るかの如く、少女の声が鉄格子の奥より聞こえた。
「囚人。勝手に口を開くな。次は許さんぞ」
案内役は冷たい声で少女を威圧し、持っていた鉄棒で地面を鳴らした。
「も…申し訳ございません…」
「口を開くなと言ったであろう!」
案内役は鉄格子の間から鉄棒で少女の腹を一突きした。少女に反抗する元気はない。いや、心が折れてるのだろう。何度も理不尽な扱いを受け続けた結果か。見るに耐えない。服と言うよりは、布切れに近いものを着て、ろくな食事も与えられない。髪はボサボサで、足には足枷が付けられている。だが、不思議とアザはなかった。
「これ以上手を出すな、オレの所有物になる子だ。アイツの命令と思え」
男は案内役の鉄棒を掴み、諭すように言ったが、内に秘めた感情を抑えるので必死だった。
「大丈夫か?自由に発言していいから、答えてくれ。」
男は優しく語りかけるが、
「わたくしは紛い物なんです。お気になさらないで下さい。」
彼女の返答は自分を卑下し、彼女自身が生きることを諦めてかのように聞こえた。
「顔をよく見せてくれ」
「お断りします。この忌まわしい肉体を晒す事ですら罪なのです。」
「見ない限り忌まわしいかどうかも分からんだろ。て言うか、オレの所有物扱いらしいし、言う事聞いてくれないか?」
そう言うと少女は男に顔を向けて、
「どうですか?この顔を生まれ持った時点で、わたくしは罪人なのです。だから…」
「綺麗な顔立ちじゃないか、恥じること
じゃないぞ。」
「そうではなく…」
「オレはキミに何があったか知らないが、オレの所有物である以上は、そんなに俯かなくても良い。引き取りの手続きをして来るから、もう少し待っててくれ。」
男はそう言うと、案内役と共に螺旋階段へ向かった。
「待って下さい!」
「何だ?」
「せめてお名前をお聞かせください…」
男は少し悩んだ後、
「そうだな。シロとでも呼んでくれ、今のオレはシロでいい」
シロはそのまま塔を後にし、再び庭園で女と手続きをしていた。
「お前、どういうつもりだ?」
「どうもこうもないわ。アンタに生きる意味を与えてあげたのよ。せっかくだから悲惨なストーリーもオマケでつけてあげたの。あの容姿は不幸を招くって言い伝え通りで、銀の髪と青い瞳が王族に生まれれば、滅びの兆しってね。」
シロは書類に署名し、黙って女に突きつけた。
「シロ?へぇ、なんでそんな面白くもない名前にしたの?」
「今のオレはシロで良い、そんで、オレは決めたよ」
女は不敵な笑みを浮かべ、
「何を決めたのかしら…何をするにしろアタシが干渉することないけどね」
と投げかけると、
女の心臓をシロの短剣が穿った。光の如き早さで、一突きだった。
「いい…わね。楽しみにしてる…どうせ無駄だけどね……そう……なら…」
そして、女は事切れた。シロはそのまま城の人間に見つかる事なく都市を出て、塔へと向かった。
シロがバイクで出立したのを庭園から見送る男がいた。望遠鏡で彼を確認すると、口を開いた。
「行ったぜ、アイツ。本気でお前を殺すつもりらしい。」
「アンタはどうすんの?一緒にアタシを殺す方法でも探す?それとも最期までダラダラ生きるの?」
黒髪の男は庭園に大の字で倒れた死体と話している。死体はナイフを抜き、血まみれのまま会話を続ける。
「アイツが白なら、アンタはクロね。」
「俺とアイツのセンスを一緒にすんなよ。まあ、俺もここじゃ偽名使わないと何かと不味いけどな。」
「んで、どうすんの?」
「このままじゃいけないのは分かってる。でも、まだ迷ってる。このままお前だけを置いて先に死ぬのも御免だしな。」
クロと呼ばれた首元のゴーグルを目に装着し、
「まぁ…考えるわ。前に進む為に。」
はにかみながらそう伝えると、クロも庭園を後にした。
死体だったモノは何事もなかったのように庭園にあるベンチに腰掛け、突き刺さっていたナイフを引き抜き、手入れを始めたのだった。