エッチな朝読書
短編です。
「ねぇ、恵知さん」
「うん?」
僕が声をかけると、となりの席で黙々と本を読んでいた恵知さんが、本から顔を上げて、そのガラス玉みたいに透き通った瞳をこちらへとむけてきた。
僕はその瞳を見つめ返して、さきほどから不思議に思っていたことを尋ねてみる。
「なんでエロ本読んでるの?」
「なんでって……朝の読書の時間だから」
あさのどくしょのじかんだから……。
うん、まぁ、そうなんだけどね。
うちの中学校ではホームルームの前の十分間、朝の読書の時間が設けられている。
生徒は各々、好きな本を選んで、読書を楽しむ訳なんだけど……。
「エロ本はダメでしょ」
そう僕が言うと、恵知さんはキョトンとした顔になって、
「え、どうして?」
と、首を傾げた。
「どうしてって、そりゃ常識的に考えて、ダメでしょ」
「そうなの? なんで?」
「なんでって……エッチだから?」
「エッチだとダメなの?」
「そりゃそうでしょ」
「でも、朝の読書の推薦図書に《源氏物語》が入ってたよ。あれ、がっつり性描写があるけど、エッチじゃないの?」
「いや、でも、あれは古典だから」
「どうして古典は例外なの?」
「それは……その、あれだよ……ダビデ像がち〇こ丸出しでも大丈夫なのと同じ理由だよ」
「ふーん、よくわからないけど、要するに、歴史あるエロ本ならいいんだね」
そう言って、恵知さんは机の引き出しから、一冊の本を取り出して広げた。日焼けが酷く、紙が湿気でよれている。とても古そうな本だ。
「なにそれ?」
「カストリ雑誌。太平洋戦争終結直後の時期に出版されてた歴史あるエロ本だよ」
「なんでそんなもん持ってんだよ!」
「なんでって……趣味、かな?」
「恵知さんって、女子なのにエッチな本が好きなの?」
僕が尋ねると、恵知さんは迷いのない声で「好きだよ」と、即答した。
「っていうか、エッチな本が好きなことに性別は関係なくない?」
そう言って、恵知さんは二コリと笑う。
その笑顔が妙に色っぽくて、ふいに僕の心臓がドキリと跳ねた。
「ねぇ、朝来くん。よかったら一冊貸してあげる」
「え」
「読んだら感想聞かせてよ」
恵知さんが一冊のエロ本を差し出してくる。
受け取るべきじゃない。理性では分かっていたのだけど……恵知さんの透き通るような瞳に見つめられると、まるで魔法にかけられたみたいに、僕の右手が勝手に動いて、気付けば彼女の手からエロ本を受け取っていた。
エロ本の表紙に目を落とす。
そこには、黒髪の乙女のグラビアが写っていた。
「……ん? っていうか、これって」
僕はエロ本の表紙から、となりの席の女子へと視線を移す。
そこには、エロ本の表紙とまったく同じ顔の少女が、可愛らしい微笑を僕にむけていた。
彼女は人差し指を立てて、それを薄桃色の唇の前にかざすと、
「クラスの皆には内緒だよ」
と、悪戯っぽくウインクしてみせた。