バルモンドを討て!
温泉から村に帰り為朝は族長にバルモンド討伐の話を持ちかける。
「バルモンドを倒すつもりか、おやめなさい! あいつのバックには魔王国がついている」
「やらなきゃ、いつまでも奴の言いなりだぞ」
「見なさい、これが今の魔王国の支配地域だ」
そこにはこの世界の地図が書かれており、魔王国は大陸全体の3分の1にも及ぶ地域を支配していた。
「現魔王はこれをたった5年で成し遂げた怪物だ……」
族長はそういうと黙り込む。
「どうしてもやらないのか?」
「我々だって捕まっている同胞の命は助けたいが、奴を敵に回したら終わりだ……」
族長は憤る気持ちを堪えながら、為朝に話した。
「ならば、俺を罪人としてバルモンドに突き出せ! それであれば、この村に被害は出まい」
「しかし、そんなことをすれば君は殺されるぞ!」
為朝の提案に族長は首を傾げた。
「心配するな、簡単には殺されぬ。あんたは何も心配しなくていい」
為朝は鎧を身に着け、出かける準備を始める。
「無茶だ! それに皆怖がって使者として向かってくれないだろう」
族長は更に難しい顔になる。
「使者なら私が行ってあげるわ!」
族長と為朝が振り向くと、温泉から帰ってきて髪をポニーテールに結わき、城に向かうための正装をしたサファイアが立っていた。
「為朝をバルモンドに突き出せばいいのでしょ? 私が送り届けてあげる」
「お前ひとりではダメだ! 護衛を数人つけるが、この御仁をバルモンドに差し出したら直ぐに戻るのだぞ!」
族長は少し厳しい口調になる。
「よし、話はまとまったな。ひとつだけ頼みがある。『うり坊』は連れていけない。俺が戻るまでこの村で預かっていてほしい」
「預かるのは構わんが、君は戻れんだろうから、二度と会うことはできないぞ」
族長はうり坊を預かることを承諾してくれた。
「戻れるさ! そいつは将来3メートルくらいの大イノシシになる。腹が減っても途中で喰ったりするなよ」
為朝は笑みを浮かべる。
「食べたりなどせんよ。我らはベジタリアンだからね」
絶望的な提案なのに自信満々な為朝を見て、族長は少しばかり光を感じるのであった……。
為朝をバルモンドに差し出すという策で話はまとまり、為朝はエルフ族に後ろ手を縛らせ、馬車の荷台に乗り、バルモンドの城を目指す。
為朝は元から規格外の強さであったが、実はこちらの世界に来てから更に強さが増していることにも気づいていた。
「為朝、何か策があるのでしょう。私で力になれるなら助けるわ!」
「いや、そなたは父上の言うことを聞いて俺をバルモンドに差し出したらエルフの村に戻れ!」
為朝はサファイアでは人質にされる危険があると考えて申し出を断る。
しかし……
「なんですって! 私では力不足とでも言いたいの!」
サファイアは為朝の帰れという説得にも一切応じない。
「わかった。しかし、そなたは逃げ出した者たちを保護してエルフの村まで連れていってやってくれ!」
「わかったわ! その役目、私に任せなさい!」
サファイアは役割をもらって満足したのか、ようやくおとなしくなった。
場面は変わりバルモンドの城。
バルモンドは長髪で腕に毒蛇のタトゥーを入れていて、貴族というより、盗賊の頭と言った方が似合う風貌の男である。
バルモンドは王国の一貴族に過ぎないが、国王の言うことさえ聞く気がなかった。
バルモンドは魔王国幹部の一人、ゴルゴーンから支援されている。
バルモンドの城には目付け役として人食い鬼のバーバラという目が真っ赤で口は耳までさけた昔ばなしの鬼婆のような妖怪を預けられていた。
このバーバラは普段は黒髪で妖艶な体つきの貴族の婦人に化けており、バルモンドの城で生活をしている。
お腹が空けばバルモンドの家来でも勝手に食べてしまうので、さすがにバルモンドも扱いに困り、他種族を盗賊に拐わせてはバーバラに与えて、自分の家来を食べさせないようにしていた。
「ゴルゴーンめ、変なババアを寄越しやがって」
そうは言いながらもゴルゴーンには頭が上がらないことに、バルモンドはイラついた。
「今日は人が食いたい。エルフやドワーフは食い飽きた。バルモンド、人間を用意しろ! 用意できないならお前を食べてもいいんだよ」
バーバラはバルモンドにそう言うと、笑いながら自室に戻って行った。
(このババア冗談じゃねぇ、用意できなければ本当に食われる)
バルモンドの額からは冷たい汗が流れる。
そんな時、家来から報告が入った。
「報告します。先日、バルモンド様配下の盗賊からエルフの子供を横取りして逃げた賊をエルフ族が見つけ捕らえたということです」
「これはちょうど良い。確かその賊は人間であったと聞いている。ババアの餌にしよう!」
バルモンドはタイミングよく生け贄が来たことを幸運だと思った。
この夜、最悪のディナーショーとなることも知らずに……。