序文
源氏には武勇に秀でた武将が多い。
酒呑童子を退治した源頼光、『八幡太郎義家』でも有名な源義家、鵺退治の源頼政、『鎌倉悪元太』で有名な源義平、そして源平の合戦で活躍した源義経。
そんな武勇に名高い源氏武者の中でもダントツに強い男がいた。
源為義の八男で鎌倉幕府を開いた源頼朝や源義経の叔父にあたるこの物語の主人公となる男。
源為朝である。
為朝は2メートルを超える巨体で粗暴な性格から13歳の時に父である源為義より九州に追放される。
しかし、九州に追放された為朝は落ち込むどころか九州の豪族たちと合戦を繰り返し、3年で九州を平らげてしまった。
崇徳上皇と後白河天皇が衝突した保元の乱では父・為義と一緒に崇徳上皇側につき、その圧倒的な強さで、後に太政大臣にまで上り詰めた平清盛でさえ為朝との直接対決を避けた。
保元の乱は為朝の活躍はあれども崇徳上皇側は敗れ、為朝は伊豆大島に流刑となる。
しかし、為朝は伊豆大島に流されても大人しくなることはなく暴れまわり、伊豆七島を支配してしまい、遂には朝廷から為朝討伐の院宣を出され、伊豆大島で自決することとなる。
為朝はこの時も一矢報いようと島に向かってくる300人ほどが乗る軍船に強弓を射かけ、船を沈没させたという。
源為朝という人物の伝承を調べると、一般的な猛将の粋を超えているモノが多く、他にも強いと称される武将などと比べても抜きんでている。
佐賀県上峰町の鎮西山には『五万ヶ池』という池があり、為朝を攻めた敵の五万騎が為朝の弓でこの場所で討たれたことからついた名前と言われている。
同じく佐賀県の黒髪山にも為朝の伝承があり、為朝は角が7本ある大蛇を弓一発で仕留めている。
また、為朝は疱瘡(天然痘)が流行した時代にも病にかからなかったといわれ疱瘡に対する守り神とする伝承が多く残っている。
歴史上、為朝のように常識の枠を外れた人物が出てくることはある。
例えば戦国時代の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人などがそうだが、彼らは歴史的使命を帯びて生まれてきたと感じさせられる。
しかし、為朝に関しては特に歴史的使命を帯びているとも思えず、神様の遊び心で生まれてきたのではないかと思わされる人物である。
いわゆる『イレギュラー』で生まれてきたような人物で、この世界では浮いてしまう圧倒的な強さで、その強さが圧倒的すぎるがために最期は朝廷から討伐令を出されるまでに至ったのだと考える。
そんなイレギュラーな存在である為朝が異世界に転移したらどうなるのだろう、そんな思いで書いたのがこの作品である。
主人公は決して正義の味方ではなく、ただひたすらに強い中世の武士。
魔族でさえも『蛮族』と恐れる存在、江戸時代以降のモラルというものが重んじられた侍と違い、礼儀や忠誠心の意識が薄く、荒々しい中世の武士である源為朝という人物が異世界で活躍する姿を描いた作品である。