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【ウェブキャスト・ダンジョン】配信系冒険者の底辺だけど切り抜き動画が鬼バズりした件【天音ハバネ】


「よいしょっと……はーい、冒険者の天音あまねハバネです。今日も見に来てくれてありがとう。音、大丈夫? オッケ。じゃあ始めよっか。この前は第四階層まで攻略できたから今回は第五階層を攻略できるよう頑張るから応援よろしく!」


 決まり文句のように、定型文のように配信開始の挨拶を済ませると、チャット覧に返事が表示されていく。見慣れたアイコンと名前を今日も見付けられてほっと安堵した。

 魔法で構築された立体映像のタッチパネルには撮影された風景が流れている。

 俺の側で浮かんでいるのが自立飛行型撮影ドローン。

 魔法技術の発達によってプロペラが不要となり完全な無音飛行に成功した一品。

 配信系冒険者の必需品で、一機十万円強もする高級品でもある。


「ツナマヨさん、こんばんは。くちなわさん、こんばんは。俺の右手がッさん、こんばんは。今日、結構人多いね。三十人近くいるじゃん」


 自分でも笑ってしまうほどの底辺だけど。


「お、博多メンタイさん、初見です。来てくれてありがとう。どろろんさん、破邪顕正さん、ミッドナイトさんも初見ありがとう。よかったら最後まで見てって」


 目新しい名前はそれくらいで開幕のコメント返しはそろそろ修了。

 一端タッチパネルから目を逸らして遠くを見やる。

 ここはダンジョンの第一階層、選別の間。

 すべての冒険者がダンジョンの洗礼を受け、選ばれた者は先へと進み、選ばれなかった者は地上への帰還か死を余儀なくされる。

 幸いにも俺はダンジョンに選ばれたようで冒険者をなんとか続けられているけれど、大変なのはここからだ。


「おしゃべりしてて平気なの? あぁ、今のところは大丈夫。ほら、あれ」


 撮影ドローンをすこし動かして、通路の隅に咲いた黄色い花の群れを映す。


「退魔の花アンネイソウ。この花が咲いたところには魔物が寄ってこないんだ。詳しくは知らないけど、魔物が嫌う匂いがするんだってさ……どんな匂い? そうだな」


 摘むのは良くないので花に鼻を近づけて嗅いでみる。


「んー、若干甘いかな。植物的な甘さ? まぁ、そんな感じ。食レポとか出来なさそう? ねぇよ、そんな機会、冒険者に!」


 チャット覧とプロレスは日常茶飯事。たまに行きすぎた言葉を見掛けるけれど、それは無視すればいい。楽しいコメントだけを拾ってあとはスルーが基本だ。下らない意見や感想には付き合わないほうが精神衛生上いい。


「持っていったら無敵? あぁ、俺も一度はそう考えたけどさ。この花、摘むと直ぐ枯れるんだよ。この匂いも再現が難しいみたいだし、まぁ世の中そう上手くは行かないってことだな」


 アンネイソウの匂いを再現できたら冒険者界隈に革命が起きる。


「だから、ここを抜けたらちょっとチャット覧見えなくなるけど、合間見て確認するからよろしく」


 本格的にダンジョンの攻略開始。

 アンネイソウの生えたセーフティーゾーンを抜けると底が見えないくらいの裂け目に行き当たる。氷河や雪山などで見られるクレパスよりも更に規模が大きく、人間の身体能力では到底跳び越えられないくらい対岸が遠い。


「さて、と。じゃあ、いつものアレやりますか」


 手足の屈伸で準備運動を終え、位置に付く。

 以前からの視聴者はあぁアレねと頷き、所見はアレ? と疑問を抱く。

 そんな中で地面を蹴って全速力で駆け、裂け目の手前で力の限り跳び上がる。

 当然、対岸に渡るには勢いがなさ過ぎる。

 俺の体は裂け目の半ばほどで落下し始め、奥底へと落ちていく。

 チャット覧はふぅぅぅううううう! と、えぇえぇえぇえええええ!? で埋め尽くされ、落下の最中にいる俺は体を捻って上を向き、追従する撮影ドローンにピースサイン。

 中々に迫力のある映像が撮れているはず。


「さぁ! このまま第二階層だ!」


 自由落下の果て、裂け目の底を越えた先に広がるのは第二階層、廃都遺跡はいといせき

 裂け目が途切れて天井が広がり、様々な鉱石による輝きがこの身を照らす。

 第二階層はこの鉱石光のお陰で昼のように明るい。


「魔物に見付からないうちにこのまま第三階層に行くぞ!」


 ただ第三階層へはこのままの自由落下ではたどり着けない。

 地面に叩き付けられて一巻の終わり。

 だけど。


天翔空駆アイル


 唱えた魔法は落下するのみだった体に自由を与えてくれるもの。

 背に一対の白翼を構築し、無数の羽根が舞う飛行魔法。

 両翼で羽ばたけば鳥のように大空を駆けることが出来る。

 チャット欄はおぉぉぉおおおおおッ! で埋まっていた。


「あった、あそこだ」


 第二階層、廃都遺跡は鉱石の天井と荒れ果てた遺跡で構成されている。

 眼下に広がる街並みは残骸だらけ。

 石柱は倒れ、道は瓦礫でふさがり、建物は枠組みだけを残して崩れ落ちている。

 そんな風景の中にも第一階層のような裂け目は存在していて、キャンパスにナイフで傷を付けたかのようにそれは開いていた。

 純白の翼を羽ばたいて羽根を散らし、裂け目へと向かってダイブ。

 両翼を畳んで錐揉み回転しながら落ち、高速で亀裂を通り過ぎる。

 数秒と立たずして第三階層、紅蓮山河ぐれんさんがへと到達。

 両翼を広げて空中で制止すると、視界に膨大な赤が突きつけられる。


「いつ見ても赤いな、ここ」


 第三階層は赤い山と赤い川で構成されている。

 土や岩、植物に至るまで同じ赤い成分を含んでいるのだとか。

 川が赤く見えるのは川底が赤いから。

 赤い木々に実った果実を食べたモノを捕食しているからか、この階層に生息するすべての魔物は種類に関係なくすべて赤い。

 ゆえに赤くない冒険者を積極的に攻撃する習性を持っている。


「うわ、やべ。見付かった」


 それは初め赤い雲のように見えた。

 だが赤い背景で視認性が悪くなっていただけで、それは最初から鳥の魔物の群れだった。


「第四階層に避難!」


 ダンジョンの魔物は階層が深くなるにつれて強力になっていく。

 だからか基本的に魔物は階層を越えて獲物を追うことがない。


「画面酔いに注意!」


 両翼で空気を掴み、羽ばたいて加速。

 撮影ドローンを掴んでトップスピードに乗り、風を切って魔物の群れを引き離す。

 そのままの勢いを維持しつつ第三階層の裂け目へと飛び込み、第四回層へ。

 裂け目を過ぎると夏の日差しを思わせる強烈な光に包まれ、青い海と白い砂浜が目に飛び込んでくる。

 第四階層、封鎖海域ふうさかいいき

 フィールドの大半が海水で占められた階層で水生の魔物が多く生息している。

 魔物が気にならないのであれば一夏のバカンスをここで過ごすのも悪くない。

 まぁ、その際、白い砂浜は血と肉で第三階層の如く赤く染まるだろうけれど。


「追っ手は……なし。オッケ、逃げ切った。ふぅ……」


 海の綺麗な景観を眺めつつ一息をつく。

 この階層の異様な明るさも、天井に生えた鉱脈のお陰。

 第二階層よりもより多くの鉱石が光を放っている。


「えーっと……あそこだな」


 前回はこの第四回層を攻略し、第五回層へと続く通路の前で終わりとし、地上へと帰還した。今回は前回の続きから、ということで、第四回層の亀裂は通らずに通路前に降り立つ。


「よっと。ってことで今回のアレは修了っと……本編修了? 解散? コラコラ、帰るな帰るな。これからだっての」


 このやり取りも毎回恒例になってきたな。


「なんで裂け目を通ってどんどん深く潜らないの? か。そりゃ出来なくはないけどさ」


 ちらりと側にアンネイソウが生えているのを確認しつつ質問に答える。


「調子に乗って深く潜りすぎて帰ってこられない、なんて冒険者じゃ珍しくないからな。俺は空を飛べるから深く潜りやすい。だからこそ、攻略は一階層ずつって決めてるんだ。それが理由」


 自分の身の丈を弁えておくべきだ。

 長く冒険者を続けたいなら、長く生きていたいなら。


「ビビり? 勇気と無謀は違うんだよ。さて、じゃあここからが本編だ。第五階層に行くぞ!」


 目の前の通路に足を踏み入れ、螺旋状の下り坂を進む。

 ぐるぐるぐるぐる、回ることしばらくして螺旋の終着地点を過ぎる。

 足を踏み入れるとすぐに崖に行き当たり、そこから階層全体が見渡せた。

 高低差の多い苔むした足場が点在し、至るところから流れる水が滝のように落ちていく。

 遠くには山脈が横たわり、岩肌の地面に張り付くように根を張り巡らせた木々が景観を彩っている。


「ここが第五階層、巨人きょじん箱庭はこにわだ」


 舞い落ちた落ち葉が鼻につき、それを指先で弾く。

 流れ落ちる水の音に耳を澄ませながら、崖からすこし距離を取って歩く。

 数センチほどもない底の浅い川。

 抉れたように出来た道から見る滝の裏側。

 舞い散る花びらを敷き詰めた湖の水面。

 木の根に足を取られないようにしつつ歩いていると、比較的平らな岩場の上に一本の樹木を発見した。

 絡みに絡まったスパゲッティーのように入り組んだ木の根の上を歩くと、鉱石光を受けてキラキラと輝く何かを発見する。足場を選びつつ近づくと、それは樹木の幹から滴り落ちて固まった琥珀こはくだった。


玉虫琥珀たまむしこはくだ」


 玉虫色のそれは見る角度によって色合いが変わって見える。

 樹木から滴り落ちているこの背景がなければ宝石と言われても疑わないだろう。


「綺麗だな……お前のほうが綺麗だよ? 誰に言ってんだよ」


 腰に差していた刀を抜き、玉虫琥珀にきっさきを当て、柄の先を軽く叩く。

 ちょうど良い大きさの塊が外れたので、それを腰に巻き付けた雑嚢鞄に仕舞う。

 多少のべたつきはご愛敬。自然に優しい洗剤で手は綺麗に洗っておいた。


「幾らになるかな。装備もただじゃないからなぁ。使うと欠けるし、すり減るし。携帯食料は食べると無くなっちまうし。こいつもそろそろメンテに出さないと」


 撮影ドローンを小突く。


「投げ銭させろ? いやー、そんな日がくるもんかね」


 視聴者から配信者へ金銭を送ることが出来る機能が配信サイトにはある。

 投げ銭を受け取るには色々と条件があって、中でもネックなのがチャンネル登録者数だ。

 現状、俺のチャンネル登録者数は51人ほど。

 投げ銭を受け取るには四桁達成が条件なのでまだ足下すら見えていない状況だ。


「伸びてほしい? ありがとう。でも、俺は今ののんびりした配信も好きなんだ。元々、金銭目的じゃなくて趣味で始めたもんだし。伸びなくたって別に構いやしないんだ。まぁ、もらえるもんならもらいたいもんだけどな。投げ銭」


 最後に軽く笑い飛ばして話を終わらせる。

 金絡みの話はいやらしくなるのでそこそこで切り上げたほうがいい。

 視聴者は金の話がしたくて俺の配信を見てくれているわけじゃないしな。


「さて! 攻略再開……ん? 助けて? なに? うわ、なんかメッチャ流れて来た」


 チャット覧が加速し、似たような文言が次々に表示されていく。

 助けて。緊急事態。救難信号。他にも長文でなにか送られて来ているがチャット覧の流れが速すぎて読み取れない。


「なんだなんだ、荒らしでも湧いたのか? おまえらこんな底辺荒らして楽しいか? やるならもっと大手のチャンネルをだな……え? 違う?」


 違う。そうじゃない。コメント見て。

 チャット覧の様子がまた一変し、なにかを訴えかけてきている。


「んん? ちょっと待て。わかった、適当なところでチャット覧止めて見るからなにか伝えたいなら書き込んでくれ」


 すると、また長文が流れ始め、適当なところでチャット覧の流れを止める。


「えーっと……冒険者が窮地。俺が一番近い。救援に行って欲しい。マジか――場所は!?」


 止めていたチャット覧の流れを再開。するとすぐにURLが流れてくる。

 指先で触れると別枠で配信が流れ始め、その映像には大量の魔物から逃げる一人の少女の姿があった。

 長い髪をかき乱して必死に走るその姿には赤が目立つ。

 右の上腕部を負傷しているようで戦闘服に血が滲んでいる。

 赤はそのまま裾まで伸び、手の平を通って指先から散っていた。

 怪我のせいで腕が動かせない様子だし、出血量も多い。

 かなり不味い状況だ。


「ダメだ、これじゃ位置がわからない」


 第五階層に来たばかりで土地勘がないし、まだそれほど歩き回ったわけじゃない。

 地形に疎い俺ではこの配信から位置情報を割り出すことは不可能だ。


「せめてなにか目印は……そうだ。フレアガン。フレアガンを空に撃つよう書き込んでくれ」


 了承の旨が書かれたコメントが流れ、彼女の配信にもフレアガンの文字が流れる。

 けれど。


「逃げるのに必死で読めないか」


 それもそうだ。

 大量の魔物に追われて生きるか死ぬかの時にチャット覧なんて目に入らない。


「とにかく空に」


 天翔空駆アイルを唱え、背中に生えた両翼で舞い上がる。

 俯瞰視点から第五階層を眺めてみるも、木々の枝葉に埋もれて彼女の姿は見えない。

 そもそも俺の近くにいるかも怪しい。

 耳を澄ませてみても聞こえるのは滝の音ばかり。


「移動……どっちに? 下手したら遠のくぞ。でも、ここでいても埒が――」


 その時、木々の枝葉をすり抜けて光り輝く弾丸が空へと登る。

 強烈な光を放つそれはフレアガンの弾丸で間違いない。


「気付いた! あそこか!」


 全力で両翼を羽ばたいて加速。

 風を斬って空を駆け、彼女の元へと急いだ。


§


 両親の反対を振り切って、私は冒険者になった。

 目指した切っ掛けはとある冒険者の配信。

 画面の中の彼女は格好良くて、綺麗で、眩しくて。

 幼心に冒険者を目指すのに時間は掛からなかった。

 その日から私の生活と言えば、それまでとはまるで別物。

 頭が痛くなるような勉強も、避けてきた運動も頑張って、甘い物も控えるようになった。

 ちょっとだけ。

 とりわけ魔法の訓練は人一倍頑張ったつもりだった。

 どんな状況でも冷静に魔物を斃せるって本当にそう思っていたのに。


「どうしてっ」


 息が苦しい。心臓の鼓動が激しい。右腕が痛い。足が自分のものじゃないみたい。

 後ろをちらりと見ると、さっきより魔物の数が増えてるように見えてしまう。

 嫌だ、死にたくない。

 そう思えば思うほど足は強張って、魔法になるはずの魔力が散っていく。


「あんなに練習したのにっ」


 第一階層も第二階層も第三階層も第四回層だって、うまくやってこられた。

 私なら大丈夫だって自信もついたのに。

 本当の命の危機を感じて、私はどうしようもなく震えてしまった。

 怯えて、怖がって、意気地なしな自分になってしまう。

 奮い立てない。


「誰か……」


 あぁ、このまま死んでしまうんだ。

 魔物に食べられてしまうんだ。

 嫌だ、嫌だよ。


「誰か、助けてっ」


 声は滝の音に掻き消されて届かない。

 はずだった。


「――天使?」


 私の目の前に舞い降りた純白の翼を持つ人。

 舞い散る羽根の最中に私は彼と目が合った。


§


「伏せてろ!」


 叫び声は彼女に届き、その背後では猿の魔物が爪を振り上げていた。

 低くなる姿勢、羽ばたく両翼。

 羽根で空気を掴んで得た推進力で加速し、彼女の頭上すれすれを刀身が過ぎる。

 一閃を描いた剣撃は魔物の胴体を二つに両断し、鉱石光を受けて残光を残す。

 光の軌跡が消える前に、更に加速して続く魔物たちへと突っ込んだ。

 両翼を畳み、回転を掛けて螺旋を描く。

 身を包む純白の羽根は触れた魔物すべてを例外なく斬り刻み、両翼を広げて急停止。

 これで寸前まで迫っていた魔物と彼女との距離が空いた。

 降り立った位置はちょうど浅い川で赤の混じった水が滝底へと流れていく。

 側には魔物の死体が落ち、その凄惨な光景を前にして魔物たちは足を止めた。

 尾が発達した尾立猿おたちざる。硝子のような瞳を持つ硝眼狼しょうがんろう。岩をも砕く鋭い爪を持つ砕岩熊さいがんぐま

 数は多いけど、個々はそれほど強い魔物じゃない。


「けど殲滅に拘るより、救出が優先か……いや」


 地面を飛ぶ影が駆け抜けていく。

 見上げた空には長いくちばしを持つ嘴槍鳥しそうちょうが何羽か旋回していた。

 いま彼女を抱えて空を飛んだところで逃げ切るのは難しい。

 人一人抱えて落ちる機動力は馬鹿に出来ないし、気合い入れるしかなさそうだ。


「みんな、あの子に危険が及んだら知らせてくれ」


 チャット覧には任せろのコメントが流れていく。

 それを横目に長く息を吐き、刀を握る手に力を込めた。


「行くぞ」


 先んじて仕掛けたのは魔物のほうから。

 睨み合いに痺れを切らした硝眼狼が停滞を破って飛び出し、他の魔物たちもそれに続く。

 迫り来る無数の魔物に対して、こちらも両翼を羽ばたいて反撃。

 掴んだ空気を前方へと送り出し、吹かせた突風には鎌鼬が仕込んである。

 風に押され、刃に斬られ、バラバラになっていく魔物たち。

 その最中、空から落ちてくる槍が一つ。

 鋭く長い嘴を持つ嘴槍鳥がこちらを貫かんと迫り、それをバックステップで回避。

 足下に突き刺さる嘴槍鳥の嘴。それを蹴り折ると飛翔して空中へ。

 鎌鼬はすこしの間、持続する。その間に航空戦力を排除しないと。

 弾丸の如く突貫してくる嘴槍鳥の攻撃をひらりと躱して攻撃に繋げ、鋒で円を描いた刀が胴体を断つ。


「下が心配だ。早めに終わらせる」


 天翔空駆アイルの最高速は嘴槍鳥よりも速い。

 羽根対羽根のドッグファイトはこちらに軍配が上がり、空中戦の本場を荒らしながら次々に撃墜し、最後の一羽を地に落とす。

 羽根を散らして滝壺へと落ちていく様子から画面へと目を移す。


「おっと、急がないと」


 チャット覧の様子で状況を知り、即座に急降下。

 彼女の側まで迫った魔物を錐揉み回転しながら処理し、勢いを殺し切らないまま着地してちょうど彼女の前で止まる。


「時間がない、抱えるぞ」

「え? ひゃっ!?」


 返事を言う暇も与えず、彼女を抱きかかえて飛翔。

 嘴槍鳥を一掃して制空権は奪取済み。

 空中へと逃れる寸前、尾立猿の爪が靴底を掠めた。


「残念」


 舞い上がりどう足掻いても爪や牙が届かない位置へ。

 見下ろした魔物たちは口惜しそうにこちらを睨み、尾立猿は必死に石をこちらに投げている。決して届かないと知っていながら。


「ここに来る途中にセーフティーゾーンを見付けたんだ。とりあえずそこに付いてから怪我の応急処置をしよう。我慢できるか?」

「は、はい!」

「よし、じゃあさっさとここから離れよう」


 人一人抱えては飛ぶ速度も落ちてしまうけれど、問題なく飛行は可能。

 アンネイソウの群生地を目指して加速した。


§


「これでよしっと」


 包帯を巻き終え、患部の応急処置が完了する。

 消毒液が思いの外染みたのか、彼女の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「出血は多いけど、見た目ほど酷くなかった。地上に帰れば魔法で一発だよ」

「ありがとう。あなたが助けに来てくれなかったら私は今頃」

「危ないところだったな、間に合ってよかった。視聴者のお陰だ」

「リスナーの?」

「あぁ、俺も配信しててさ。そっちの視聴者が伝書鳩みたいに現れたんだよ、助けてくれって」

「そうだったんだ……リスナーのみんな、ありがとう」


 開きっぱなしの彼女の配信画面のチャット覧には無事でよかった、一時はどうなるかと、どう致しまして、などのコメントが流れていく。

 冒険者の配信行為に懐疑的な意見も多々見られるけれど、現場に立っているこちら側にすればメリットのほうが多い。

 今回の件だって彼女が配信をしていなければ恐らくは助からなかっただろう。


「最初は荒らしかと思ったけどな」

「私のせいでとんだご迷惑を……」

「大丈夫だって、ちょっと驚いただけだから。マジで」


 こちらのチャット覧にも次々に謝罪文が流れてくる。


「ほら、そのお陰でヒーローになれたし。一度やってみたかったんだ、こういうの。冒険者なら憧れるだろ? こういうシチュエーション」

「それは、たしかに」

「だろ? 良い体験が出来て嬉しいよ。だから、そんなに気負わなくていいって。冒険者は助け合いって奴だ」

「優しいんだね。本当にありがとう」


 彼女は再び深々と頭を下げる。

 照れくさいったらないな、ほんとに。

 チャット覧も感謝の言葉で埋め尽くされている。

 本当にヒーローになったみたいだった。


「アンネイソウの群生地が近くにあってよかった。助けに向かう途中で見付けたんだ」


 取り繕うように、話を逸らすように、そう切り出す。

 アンネイソウが咲き乱れるセーフティーゾーン。


「甘い香りがして落ち着く。ここがダンジョンだって忘れちゃいそう」

「あんなことがあったのにな」

「あんなことがあったのにね」


 一面の花畑は心を穏やかにしてくれるダンジョンにおける唯一の休息地。

 魔物避けになる便利な花なのに、摘むとすぐに枯れてしまうのが惜しいところだ。

 まぁ、それをねだるのはあまりにも強欲というものか。


「その怪我じゃ地上に戻るのも一苦労だろ? 送ってくよ」

「あ、そんな。悪いよ、助けてもらったのに」

「助けるなら最後まで、だ。それにここで、はいさようならじゃ、視聴者に袋叩きにされちまうよ」


 そうだぞ、せやせや、とチャット覧がまた加速する。

 今日だけで一体どれほどのコメントが流れたのだろう?

 冒険者になって配信を初めてから三ヶ月くらい経つけれど、この一瞬ですべてが抜かされていそうだ。


「だから、な?」

「そうだね。うん、わかった。じゃあ、お願い」


 怪我をしたほうとは逆の左手を握り、彼女を立ち上がらせる。


「あ、あの……あー」

「ん? あぁ、そう言えば自己紹介とかしてなかったっけ」


 緊急事態だったから、初対面の相手に対して行うべきことがすっぽりと抜け落ちてしまっていた。


「えーっと、こう言う時はチャンネルのほうで名乗るんだよな? ってことで、天音ハバネだ」

「ハバネくん、だね。私は花坂凜々(はなざかりり)


 花坂凜々

 花盛り、か。


「ハバネくん。その、送ってくれるってことはつまり、その」

「ん? あぁ、もしかして高い所が苦手とか?」

「ううん、そうじゃなくて……重く、ないかな? 私」

「いや、想定してたよりずっと軽かったけど」

「ほ、ほんと?」

「あぁ、飛行速度がもっと落ちるかと思ったけど、全然だった」


 本当に凜々は軽かった。

 事と次第によっては飛べないかもと思っていたが、その心配は杞憂というもの。

 まぁ、それでも人一人分の重量はあるから、その分の負荷は両翼に掛かるけれど。


「よかったぁ」

「俺もよかった」

「ハバネくんも?」

「ほら、触られるのが嫌だった、とかだと後でセクハラ扱いされるかも、って」

「そ、そんなことしないよ。命の恩人なのに」

「それが聞けて安心したよ。ここには証人が沢山いるから、訴えられたら勝てないからな」


 ちらりとチャット覧を見やると訴訟の文字がちらほらと見える。

 面白半分の冗談でも質が悪い。


「安心も出来たことだし、地上に戻ろう」

「うん。あの、よろしくね」


 なるべく傷に障らないように抱きかかえ、天翔空駆アイルを唱える。

 背中に生えた純白の羽根で勢いよく飛翔し、天井に走る裂け目を目指す。

 途中、また赤い鳥の魔物に襲われもしたけれど、なんとか無傷でダンジョンを抜けられた。

 凜々の負傷は迅速な応急処置の甲斐もあってか、痕も残らず綺麗に治った。

 入院する必要もないらしい。


「改めてありがとう、ハバネくん。お陰で助かりました」

「どう致しまして」


 ダンジョンに隣接された病院の前、通行人の邪魔にならない隅の方。

 向き合って立つ凜々の包帯はすっかり取れていた。

 ちなみに病院についた時点で配信は終了してある。


「あの、連絡先交換してくれないかな? ほら、お礼とかしたいし」

「別にいいよ、お礼なんて。俺がピンチの時、近くにいたら助けに来てくれればそれで」

「もちろん、そのつもりだけど。それだけじゃダメ。きちんとしたお礼がしたいの。それに、そうしないと後でリスナーのみんなに怒られちゃう」

「そう来たか」

「そう来ました」


 したり顔の凜々にしてやられたな。

 俺が言ったことをそのまま持ってこられては素直に受け入れるしかない。


「じゃあ」


 携帯端末を取り出して、連絡先を交換する。

 するとディスプレイに凜々の本名が表示されて、気がつく。


「あ」

「あ」


 どうやら俺の本名も向こうに表示されたようで、お互いに声が漏れた。


「あはは、やっちゃったね」

「まぁ、もう配信外だし」


 べつにいいか。

 普通に出会っていたら、普通に名乗っていたわけだし。


「じゃあ、また今度な。四季崎咲希しきざきさき

「うん、連絡するね。奥空翼おくぞらつばさくん」


 悪戯っぽく互いのフルネームを呼び合って、本日は解散。

 慣れないことをしたせいか、貴重な体験をしたせいか、シャワーを浴びたあとすぐベッドに沈んでしまった。

 そして、翌日の朝のこと。


「えぇ……?」


 天音ハバネのチャンネル登録数が一万を越えていた。

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