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1559年5月 尾濃同盟



永禄二年(1559年)五月 尾張国内(おわりこくない)




 永禄(えいろく)二年五月下旬。この日、美濃(みの)斎藤義龍(さいとうよしたつ)と尾張の高秀高(こうのひでたか)は、尾張・美濃国境地帯の松倉城(まつくらじょう)にて面会を果たすことになった。


「殿、間もなく美濃の義龍様が参られまする。」


 その松倉城の本丸。美濃の方角を望む櫓の中にて城主の坪内利定(つぼうちとしさだ)が秀高に義龍一行の足取りを報告した。


「そうか。どれほどの者を連れてきている?」


「はっ。物見からの報告によれば、槍足軽四百に鉄砲足軽四百。総勢八百の軍勢で参られまする。」


「なんだぁ?軍勢を引き連れて来てるってのか?」


 と、秀高の隣でその報告を聞いた大高義秀(だいこうよしひで)が、腕組みしながらもこう言うと、月番の城代家老として秀高に同行していた丹羽氏勝(にわうじかつ)が義秀にこう言った。


「義秀殿、あくまでその軍勢は護衛が名目かと思われます。本気で城を攻めてくるのならば、倍以上の軍勢を引き連れてくるでしょう。」


「はっ、そんな事分かってるさ!俺が言いたいのは、義龍もタダで来るわけじゃねぇってことだ。」


「そうだな。聞けば選りすぐりの精鋭だという。美濃斎藤家の意地を見せに来るに違いないだろうな。」


 義秀に対して秀高がこう言うと、そこに森可成(もりよしなり)が現れて秀高にこう報告した。


「殿、申し上げます。ただ今義龍殿のご一行より使者が到着し、もう間もなく到着なされるとの事です。」


「よし、使者に承知したと伝えてくれ。利定、門を開け。門前で義龍殿を出迎える。」


「承知いたしました。」


 秀高は利定にそう指示すると、可成や義秀たちと共に櫓を降り、義龍一行が来る方角の門を開けさせてその前で義龍一行を待った。やがて丘陵の谷間から一つの軍勢が現れた。旗に五三桐(ごさんきり)の紋をあしらった義龍の一行そのものであった。


「者ども、止まれぇ!」


 その一行の先頭を馬で進む義龍は秀高らの姿を見ると、一行の足を止めさせて下馬し、そのまま門前に待つ秀高に近づいて手を取った。


「義龍殿、お久しぶりにございます。高秀高です。」


「ほう…あの信勝(のぶかつ)殿の使者がこうも立派な人物になるとはな。斎藤義龍じゃ。」


 義龍の言葉を聞いた秀高はそれに会釈すると、そのまま義龍や付き従ってきた稲葉良通(いなばよしみち)ら義龍の家臣を連れて城内に入り、本丸の館の中へ義龍たちを招き入れると、その中の評定の間に用意された二つの(しとね)に互いに腰を下ろし、その背後にそれぞれの家臣が分かれるように着座した。


「改めて、こうして面会できて大変うれしく思います。」


「うむ…お主と初めて会ってから、もう三年経ったのか。時の流れというのは残酷なものじゃ。」


 開口一番、秀高の挨拶を受けた義龍が秀高にこう返すと、秀高はその意見に頷いてこう述べた。


「はい。三年前は私が信勝様の家臣。義龍殿は道三(どうさん)殿を討たれた後にございました。そして、今はそれぞれ国を束ねる国主として顔を合わせています。」


「そうじゃな…この三年の間に今川義元(いまがわよしもと)は死に、信長(のぶなが)もあえない最期を遂げた…そして混乱した尾張を纏めたのが、他でもないお主…いや、秀高殿であったとはな。」


 義龍は時の流れを噛みしめるようにそう言うと、秀高にある事を告げた。


「…まずは、我が妹・帰蝶(きちょう)を手厚く庇護してくれて、誠にかたじけなく思う。信長とはいろいろあったが…今はその恨みもない。だが今は残された妹の身の上が気がかりじゃ。秀高殿、今後も妹をよろしく頼むぞ。」


「はい。お任せください。義龍様。」


 秀高が義龍の願いを聞き入れてこう言うと、義龍はその言葉を聞いた後に本題を切り出した。


「早速ながら本題を申し述べる。この美濃に逃れて来ている信隆(のぶたか)の事じゃ。あ奴は今、岩村(いわむら)遠山景任(とおやまかげとお)が保護しており、独自に尾張復権を画策している。秀高殿、これをどう思われるか?」


「はい…まず、信隆の件に関しては、先の尾張侵攻において討ち漏らしてしまったため、義龍殿に多大なご迷惑をかけてしまい、こちらとしては申し訳なく思っています。」


 すると、義龍は詫びを入れた秀高に対して、その意見を否定するように首を横に振った。


「そう言うな。ただ単に、奴の悪運が勝っていただけの事だ。詫びるような事ではない。」


「はい。その為義龍殿のお求めならば、万が一の場合の相互軍事協定を結びたいと思います。」


「ほう?相互軍事協定とな?」


 義龍が秀高の言葉を聞いてのその単語を復唱して尋ね返すと、秀高はそれに頷いてこう義龍に進言した。


「はい。この軍事協定を取り決めれば、尾張・美濃に信隆の手が及んだ時、双方が助け合ってこれに立ち向かい、その魔の手を撃退する策です。そうすれば、尾張と美濃の関係性はより固いものとなるでしょう。」


「なるほどな。この関係性を同盟へ昇華させるのだな。それも悪くはあるまい。今は双方が信隆という共通敵を抱えておる。一致団結してこれに取り組む事が大事じゃな。」


 この義龍の意見を聞き、秀高もそれに賛同するように首を縦に振って頷いた。こうして、ここに双方の間に軍事協定が取り交わされることになり、それぞれ秀高の取次の小高信頼(しょうこうのぶより)、義龍側の代表の不破光治(ふわみつはる)が間に入り、いくつかの取り決めを文面に起こした。ここで決まったことは以下の三つである。




一、尾張・美濃双方に織田信隆の侵攻在りし時は、片方が侵攻を受けた方に兵を送り、互いに一致団結してこれに立ち向かう事。


一、もし、片方が侵攻を受けて物資に損害が出た場合は、もう片方が侵攻を受けた方の求めに応じて物資を援助する。


一、万が一、片方の城砦が失陥し、片方が滅亡した場合、その遺児・遺臣を保護し旧領回復に尽力する事。



 この軍事協定は互いの国が一蓮托生で信隆に立ち向かう姿勢を示す物であり、尾張と美濃が運命共同体になったことを示す物であった。後世、この軍事協定は「尾濃同盟(びのうどうめい)」と呼ばれ、軍事同盟へと発展していくことになるのである。


「…この文面で、宜しいですか?」


「うむ。これで信隆も容易に両国に攻め込むことは出来まい。良き同盟が出来て安心しておるぞ。」


 互いの家臣たちが文面を作成し、その内容を吟味した秀高と義龍は、その内容に満足し、ここに互いの文書に同行してきた家臣たちの名を添えて、秀高と義龍が代表してその名と共に血判(けっぱん)を交わした。


「…ふっ、あまり血判に慣れておらんようだな?」


「はい…何分初めてでしたので…」


 血判を交わした後、秀高が切った後を抑える姿を見て、義龍は微笑んで言葉をかけた。秀高は初めて行う血判に少し緊張したが、その後家臣によって処方されて無事に終えることが出来たのだった。


「だが…これで双方の関係は同盟となった。今後はこの関係性を続けていきたいものだな。」


「はい。本当にその通りです。」


 義龍がその文面を見つめながら言われた言葉に反応して、秀高もそれに応えるように発言した。戦国大名間が交わす同盟は言わば相互の不可侵が前提であり、代が変われば破棄されるというのは珍しくもなかった。秀高は自身の手元にあるその文面を見つめ、この同盟が長く続くように心の中で祈っていた。


「さて…これで信隆の件は問題なかろう。他に秀高殿からは何かあるかな?」


「はい、それでは両国間の通商について取り決めたいと思います。」


 と、秀高は義龍に促されて、自身が提示する議題である通商関係に関わる事を義龍に伝えた。


「実は私、今後の方策として尾張国内に幾つかの楽市(らくいち)を設けたいと思っています。その場では他国商人の商いを許し、商業を活発化させて物資の流通を進める思惑があります。そこで是非とも、美濃の商人たちに尾張での商いを推し進めてはもらえないでしょうか。」


「なるほどな。確かに銭や物資の流通が流れるようになれば申し分ない。それに先ほどの軍事協定の中にある物資の支援も、それをしておけば容易になるであろう。」


 と、義龍は秀高の意見に賛同してこう言うと、直ぐに後ろに控える家臣の竹中半兵衛(たけなかはんべえ)を呼んだ。


「半兵衛!直ちに国内の商人たちに、尾張での商いを奨励させよ。商いをした者には、国内での地銭は取らぬと言ってな。」


「はい。直ちにその旨を領内に伝えましょう。」


 半兵衛の答えを聞くと、義龍はそれと同時に安藤守就(あんどうもりなり)の方を向いてこう言った。


「守就!こちらも楽市の計画を始めよう。美濃の加納(かのう)を楽市とする旨を帰国後に推し進めよ。」


「ははっ。然らば商人たちと協議し、素早い開設を行いまする。」


 それらの回答を聞いた義龍は頷くと、再び顔を秀高の方に向けてこう言った。


「秀高殿、それとこの際、互いの流通を活発化させるため、双方の国境での関税を撤廃するのはどうであろうか?」


「…はい、それはいい考えかと思います!そうすれば、より大きな発展につながるでしょう!」


 その義龍の提案を聞いて秀高は我が意を得たように喜び、すぐさまその意見に賛同した。こうして後に尾張と美濃の国境にある関所では、商人への関税は無くなり、双方での往来が活発化するようになったのだった。


「…いや、今日はよりよい話し合いが出来た。」


 それから数刻後、美濃への帰路に就く義龍一行を、秀高たちは城の門前まで見送り、そこで義龍は秀高に今回の話し合いに満足するように話しかけた。


「はい。義龍殿、今後はこの高家と斎藤家は盟友関係です。この繋がりを以ってすれば、近隣諸国に大いに影響を与える事でしょう。」


「そうじゃな。では秀高殿、また会う日まで。」


 秀高の言葉に満足した義龍は、微笑んで秀高にこう言うと、そのまま自身の手勢の所に戻り、家臣たちと共に美濃へ帰っていった。夕日に照らされながら美濃へと帰るその後姿を、秀高たちは義龍一行の姿が消えるまで城門の前で見送ったのだった。


 こうしてこの日に取り交わされた秀高と義龍の同盟関係は、すぐさま近隣諸国に驚きを以って伝えられ、その衝撃と同時に秀高の影響力は高まっていったのである。





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