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1559年5月 美濃の暗闘



永禄二年(1559年)五月 美濃国(みののくに)岩村城(いわむらじょう)




 永禄(えいろく)二年五月初頭。五ヵ月前に尾張(おわり)から逃げ延び、辛くも美濃まで落ち延びてきた織田信隆(おだのぶたか)は、付き従ってきた前田利家(まえだとしいえ)と共に、縁戚のおつやの方が嫁いでいる岩村城に滞在していた。


「どうです?この美濃の生活に慣れましたか?」


 その岩村城内の一室、本丸館の居間にて、信隆はおつやの方と、その夫で岩村城主の遠山景任(とおやまかげとお)の引見を受けていた。


「はい。叔母様のお陰で、何不自由なく生活しております。」


「うむ。今後も何かあったのなら、気兼ねなく申されよ?」


 おつやの方の隣で上座に座っていた景任が、信隆に対して優しい口調で語りかけると、信隆はそれを受け止めて頭を下げた。


「…しかし、信隆が落ち延びて以降、尾張の情勢は何も変化は起きていません。」


 おつやの方は頭を上げた信隆に対して、自分たちが独自の経路で手に入れた尾張の情勢を、信隆へ伝えた。


「はい。さすがは高秀高(こうのひでたか)。領民に施しを与えるのみならず、農兵たちに軍役免除をさせて農事に専念させるなど、中々の政策です。」


 すると、その言葉を聞いておつやの方は、居間の隣の外に広がる中庭を見つめながら、唇を噛みしめるような悔しさを滲ませながらこう言った。


「もし、道三(どうさん)様が生きて美濃の国主になっていたら、この隙に尾張に攻め込んだでしょう…。」


「叔母様…そうおっしゃらないでください。叔母様が手を差し伸べてくださったから、私はこうして生き延びていられるのです。」


 おつやの方を気遣う様に信隆が言葉を発すると、おつやの方は頭を上げて信隆の顔を見つめるとこう言った。


「…そうですね。悔やんでも仕方がありません。今はこれからの事を考えなくてはなりません。」 


 すると、おつやの方に続いて、隣の景任が信隆に向かって美濃の情勢について話し始めた。


「信隆殿、この美濃の国内で信隆殿にお味方してもらえそうなのは我らと弟の苗木城主(なえぎじょうしゅ)遠山直廉(とおやまなおかど)のみにて、飯羽間(いいばま)遠山友勝(とおやまともかつ)は同族なれど、稲葉山(いなばやま)斎藤義龍(さいとうよしたつ)と通じており、我らの動きを監視しておりまする。」


「やはり…義龍が見張っているのですか。」


 信隆が景任の言葉を聞いた上でこう一言述べると、上座に座る二人はそろって頷いた。


「…今、美濃の国主は義龍が勤めており、その下に稲葉良通(いなばよしみち)をはじめとする西美濃の諸将、それに加えて郡上郡(ぐじょうぐん)東常慶(とうつねよし)も義龍支持を表明しております。とても尾張侵攻に向かえそうにありません。」


「…どうにか、事態を好転させることはできないのでしょうか?」


 おつやの方から告げられた美濃の状況を聞いて、信隆が助けを乞う様に尋ねると、おつやの方は少し表情を曇らせてこう言った。


「…多少、美濃の国内を乱すことならば出来ます。先ほどの東常慶は一族の遠藤盛数(えんどうもりかず)を養子にしましたが、そのお陰で実子の東常堯(とうつねたか)と疎遠になっています。この盛数は宗家に取って代わる野心を秘めており、盛数に接近して誼を結べば、我らの味方となって常慶を攻め滅ぼしてくれるでしょう。」


 そのおつやの方の考えを聞いた信隆はしばし思案した後、その意見に頷いておつやの方にこう言葉を返した。


「…分かりました。少しずつですが、美濃の味方を増やしていくのが一番です。叔母様、直ぐにでも工作を始めましょう。」


 その信隆の言葉を聞いて、おつやの方と景任もそれに頷いたのだった。こうして、信隆は生き残った元高山幻道(たかやまげんどう)配下の虚無僧たちを駆使し、率先して郡上郡内での工作を開始した。その成果が露出するのは、それから数か月後の事であった…




 その頃、同じ美濃国内の稲葉山城では、城主の義龍が金華山(きんかざん)の麓にある御殿で家臣の良通と安藤守就(あんどうもりなり)の引見を受けていた。


「…そうか、遠山に目立った動きはないか。」


 上座に座る義龍に対して、良通は信隆を保護した遠山氏の動きを報告すると、義龍は短い言葉で返事を述べた。


「はっ。飯羽間の友勝殿からも苗木・岩村に目立った動きはなく、穏やかに過ごしているとの事にございます。」


「ふん、そのままじっとしてくれれば、尾張との間に要らぬ戦は起こらんであろうな。」


 進言してきた守就に対して、義龍はふんと鼻で笑った後にこう言った。すると、守就の背後に控えていた一人の若武者が、義龍に向かってこう進言した。


「殿、畏れながら信隆の気性を考えますに、そのまま黙って過ごしているわけではないかと。」


「おう、半兵衛(はんべえ)か。」



 義龍に向かって進言したこの若武者。名を竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるという。父は菩提山城(ぼだいさんじょう)竹中重元(たけなかしげもと)で、長良川(ながらがわ)の戦いでは斎藤道三(さいとうどうさん)に与していたが、戦後に父は隠居し、その家督を継いだ半兵衛が義龍に仕えていた。



「信隆殿は高秀高(こうのひでたか)への執念凄まじく、この美濃を道連れに尾張侵攻を模索しています。必ずやこの美濃の穴を見つけ出し、状況を好転させようとしてくるはずです。」


「分かっておる。で、半兵衛はどこが危ういと思うか?」


 その義龍の求めに応じ、半兵衛は守就の前に出て座りなおし、姿勢を低くすると義龍に向かってこう進言した。


「畏れながら…今の現状では郡上郡が危ういかと。」


「郡上郡?なるほど、常慶のことか…」


 義龍がそばの肘掛けにもたれ掛かり、右肩を肘掛けに傾けながら半兵衛の意見に得心していた。義龍にしても、常慶ら東氏の内紛の噂は日々大きくなっていたのである。


「はい。東家一門の遠藤盛数は主家に取って代わる野心があり、信隆殿がそこに付け込むかと思われます。もしそうなれば、盛数は公然と信隆支持を表明する事でしょう。そうなれば…」


「美濃の国内情勢は悪化し、やがて独断で尾張に攻め込む可能性がある、か。」


 半兵衛の進言の続きを肩代わりするように、上座の義龍が半兵衛に向かってこう言うと、半兵衛は義龍の意見を聞いた上でこくりと頷いた。


「はい。そうならない為にも、我らは常慶殿と常堯殿を支援し、遠藤盛数に警戒させるように促した方が最善かと思われます。」


「…なるほど。よくわかった。ならば氏家直元(うじいえなおもと)に命じて、東家にもしもの事あらば直ちに郡上郡に入るように命じておこう。」


 その義龍の考えを聞いた半兵衛は、その意見に賛同するように深々と頭を下げた。それと同時に背後にいた守就と良通も同じように頭を深く下げた。すると、半兵衛は頭を上げて義龍にこう言った。


「それと…今後の事を見据え、秀高殿と一回話し合いの場を設けられては如何にございましょう?」


「そうだな。折角友好関係になったのだ。秀高の顔を一回拝んでおかねばなるまい。」


 義龍が半兵衛の意見を聞いてこう言うと、すぐさま背後にいた良通に向かって早速指示を飛ばした。


「良通!早速早馬を尾張へ飛ばし、秀高殿に面会を求める旨を伝えて参れ!」


「ははっ。然らば早速にでも早馬を出しましょう。」


「守就と半兵衛は人足を集めて参れ。そうだな…槍足軽四百に鉄砲足軽四百で良かろう。」


「足軽を招集なさるのですか?」


 その義龍の指示を聞いて驚いた守就が、義龍に聞き返すように尋ねた。


「そうだ。この面会は単なる外交ではない。尾張と美濃の血を流さない戦だ。双方意地と面子をかけての交渉になるだろう。それに負けない様にしなければならんのだ。」


「…畏まりました。では…より屈強な者どもを集め、出発の準備をさせまする。」


 その守就の発言を聞いた義龍は頷き、その返事を受け取った良通たちは義龍に向かって一礼してその場を去っていった。こうして義龍の方でも秀高との面会に向けて動き出し、美濃の国内は信隆と義龍。双方が水面下で覇権を争い始めたのである…






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