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1559年3月 統治への序章



 永禄二年(1559年)三月 尾張国(おわりのくに)那古野城(なごやじょう)




 高秀高(こうのひでたか)鳴海城(なるみじょう)からこの那古野に本拠地を移してからしばらく経った永禄(えいろく)二年三月。那古野城外では家臣団屋敷が山口盛政(やまぐちもりまさ)辣腕(らつわん)によって半数は完成していたが、未だ城外のところどころから、木材を木槌で打つ心地良い音が鳴り響いていた。




「よく来た。面を上げてくれ。」


 その遠くの方から鳴り響く気を叩く音が城内にも聞こえてくる那古野城の城内、本丸館の居間にて、城主の秀高は那古野移転後に伝手をたどって呼び寄せたある人物と面会していた。


「よく来てくれた。歓迎するぞ、貞勝(さだかつ)殿。」


 この、秀高の目の前にて座っている人物の名は村井貞勝(むらいさだかつ)織田信長(おだのぶなが)の父・織田信秀(おだのぶひで)の頃から仕える織田家家臣にして、織田家中随一の吏僚として名高い人物であった。秀高の尾張侵攻の際には津島(つしま)代官を務めていたため、織田家滅亡の際の混乱を逃れていたのである。


「お初にお目にかかります。村井貞勝にございます。」


 秀高への貞勝の挨拶を、上座に座る秀高の右脇で家臣の小高信頼(おだかのぶより)森可成(もりよしなり)が揃って聞いていた。


「うん。帰蝶(きちょう)様からの斡旋状は可成から受け取っている。そしてこの俺もお前の以前からうわさは聞いていた。お前が俺の家臣になってくれるのなら、これほどうれしい事はない。」


「ありがたきお言葉。今後は秀高殿を主君として仰ぎ、粉骨砕身の念で働きまする。」


 秀高の言葉に貞勝が頭を下げて礼を述べると、秀高はそれを頷いて受け入れた。そして話題を変えるように秀高は貞勝に向かってこう尋ねた。


「ところで早速尋ねたいことがあるんだが、俺たちはしばらくの間、尾張国内の統治を強化して、国力を増強したいと思っている。そこで貞勝、お前の忌憚のない意見を聞かせてくれないだろうか?」


「はっ、しからば言上仕ります。」


 と、貞勝は秀高からの発言の催促に応じ、頭を上げて秀高を見つめながら自身の考えを述べた。


「まず…第一に行うことは、先般の尾張侵攻によって戦禍を被った、領民たちの心を掴むことにございましょう。」


「領民たちの心、か…」


 その貞勝の意見を聞いて、秀高はぽつりと言葉を漏らすように言った。


「如何にも。特に尾張北部…旧織田家領内に住まう領民たちは、農村の働き手の男たちを信隆(のぶたか)に取られたばかりか、地域によっては田畑を踏み荒らされるなど深刻な影響を与えておりまする。このままの状況でいれば、いずれ領内で一揆がおきるのは時間の問題でありましょう。」


 この貞勝の意見は、秀高にとっては耳の痛い意見であったのと同時に、自分の心の中で秘めていた意見と一致することに感激していた。


「…確かにお前の言う通りだ。俺も戦禍を被った民衆をそのままにしておくつもりはない。早速に施しを与えたいと思うが、如何程を領民に施せばいいだろうか?」


「左様ですな…一つの村に対して金子を二十五貫、米を五十石分施せば宜しいかと思いまする。」


 この、金子二十五貫と米五十石分というのは、秀高配下の中流家臣たちの一ヶ月分の給金に相当する物であった。それに加え、旧織田家領内の村々の総数は、約百ヶ所以上あったのである。


「信頼、一石分の米俵ってどのくらいなんだ?」


「だいたい二俵半と言われているから…五十石だと二百五十俵辺りを支給することになるね。」


 秀高の尋ねに応じて、信頼がそばに置いてあった算盤(そろばん)を取り出して計算した数を秀高に言うと、それに可成が補足するように秀高に進言した。


「殿、被害にあった村々のうち、最も被害の大きいのは、清洲城(きよすじょう)稲生原(いのうはら)犬山城(いぬやまじょう)など、戦地となった場所の周囲の村々と言われておりまする。ここはこの被害の大きい村々に施しを多く与え、それ以外の場所には量を抑えて施すべきかと思います。」


 可成の意見を聞いた秀高は、その意見を聞くと首を横に振って否定した。


「…いや、それでは不公平が生じて領民たちの間に不信感が募り、やがて一揆の遠因にもなるだろう。ちょっと待ってくれ。」


 と、秀高は可成に向かってこう断りを入れると、立ち上がってその居間の後方に備え付けられていた小さな本棚から高家の帳簿を取り出すと、その項目を見つめながら席に戻り、その帳簿の中からある項目を見つけた。


「…ほら、先の尾張侵攻で金子や兵糧を使い込んだとはいえ、まだ余力がある。今のところ、この那古野の金蔵に銭五万貫、兵糧も十万石ほどの蓄えが残っているんだ。信頼、実際に貞勝の言ったとおりに分配すれば、どれくらいの出費になるんだ?」


 秀高が示した根拠を元に、信頼は算盤を駆使して計算を始めた。実は信頼は元の世界で算盤検定の資格を有するほど暗算が得意であり、数学においては優秀な成績を収めていたのである。


「そうだね…貞勝さんが言ったとおりに分配すれば、金が約二千五百貫に兵糧が約五千石分あれば十分だと思うよ。」


 すると、信頼の試算を聞いた秀高は少し考えこんだ後、自身の意見を決めて信頼にこう言った。


「信頼、分配する量をもう少し増やそう。一つの村に対して金五十貫、米を百石ほど分け与える。そうすれば、更に復興に弾みがつくはずだ。」


「なるほど…それだけあれば、村の民だけではなく、戦を避けるべく村から逃げ延びた流民たちも、施しを貰うべく方々から戻って参りましょう。」


 秀高の考えを聞いた上で、対面の貞勝が言葉を発して賛意を示すと、秀高はその言葉を聞いて頷き、更に言葉を続けた。


「それだけじゃない。領民たちに施しを多く与えれば、この先の俺たちの統治を受け入れやすくなるだろう。そうすれば、今後の統治政策を打ち出しやすくなるだろう。これも全て、無駄な一揆を未然に防ぎ、尾張の国力を増やす手立てにもなる。」


「さすがは殿にございますな。施すだけではなく、その先も見据えておられるとは…」


 秀高の思案を聞いて可成が感心してこう言うと、秀高は貞勝に向かってこう指示を出した。


「よし、貞勝。お前に早速最初の仕事を与える。先ほど取り決めた金と米を村々に分け与え、領民たちを安堵させてきてくれ。」


「ははっ。そのお役目、承りました。」


 貞勝はそう言うと、貰い受けた主命を受け取り、秀高に対して神妙に頭を下げた。


「そうだ、貞勝、他に申し述べたいことはあるか?」


 と、秀高は貞勝に対して具申を述べるように促すと、貞勝は頭を上げてこう言った。


「然らば、秀高殿の今後の国政のかじ取り、どのようになさるかを聞きたく存じまする。」


「…俺の方針か。」


 秀高がポツリとこう言うと、貞勝はその意見に対して頷き、更に言葉を続けた。


「はい。殿はめでたく尾張一国の国主と相成られました。今後の国内への政治…その方向性は如何なる物かを知りたく存じます。」


 貞勝のこの言葉を聞いた秀高は、徐に後方の本棚の下に置かれてある小机に向かい、そこに座ると机の上の筆を取り、白紙を取り出してそこに大きく四文字の漢字を書き、書き終えると元の場所に戻ってその用紙を一同に見せた。


「…俺の国政の方針は、この様にしたい。」


 すると、その秀高の言葉と同時に出された、用紙に書かれた文字を見て一同は驚き、同時に感嘆していた。


「なるほど、「富国強兵(ふこくきょうへい)」…僕は良いと思うけど、可成さんたちはどうかな?」


「うむ…国を富ませ兵を強くす。まさに戦国大名の基本であり原点でもある。これほど素晴らしい方針は他にはなかろう。どうか?貞勝よ。」


「ははっ。可成殿が申された通り、とても良きお言葉かと思いまする。」


 貞勝や可成、そして信頼の言葉を聞いた秀高は、それに頷くと可成達に向かってこう言った。


「うむ。これからはこの言葉を元に尾張を周辺諸国…いや日本の中でも一番の国にしていく。その為にはお前たちの力が必要だ。今後もよろしく頼むぞ!」


「ははっ!!」


 その秀高の言葉を聞くと、可成達は力強い返事を発し、頭を下げて神妙にその考えに従うことを示したのだった。




 こうして秀高はその後、尾張北部の旧織田領を中心に、尾張国内の村々にも範囲を広げて施しを行った。その総数は百四十ヵ所の村落に広がり、使った銭は七千貫、米は一万四千石分の米が配られたという。これによって、領内の不穏な空気は落ち着き、領民たちは施しをくれた秀高に感謝するようになったのである。





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